第一部 2話 自称『神様で良いや』

 目を開くと、目の前に扉があった。

 何故か俺は真っ白い空間に立っていて、扉に手をかけた状態で止まっていた。

「その扉は開かないよ。君はそこから出てきたんだ」

 突然の声に振り返る。まるで通りすがりのような調子だった。

 声の主は大きな机で事務仕事をこなしていた。

 見た目は中肉中背の中年サラリーマン。白髪交じりの髪で四角い眼鏡を掛けている。全体的に四角い印象だった。

「あなたは?」

「うーん、表現が難しいのだけれど……魂の管理をしている魂、かな」

「神様、とか?」

「厳密には違うかもだけど、神様で良いや。別に上下はないんだけどね」

 会話をしながらも自称『神様で良いや』は事務作業を続けていた。視線だけは時折ちらっと俺へ向ける。

 なんだか胡散臭いんだな、と思いながらも俺はひとまず黙ることにした。

「さて、君は死んだ。この自覚はあるかい?」

「はい」

 頸動脈を切られて腹をめった刺しにされた挙句、喉を一突き。ダメ押しに家の崩落に巻き込まれた記憶がちゃんとある。

 ……あんまりでは?

「本来なら君の記憶はここで消えて、生まれ変わる」

「――本来なら」

「ああ、今回は特例でね。一つ頼みがあるんだ。まずは説明をさせてほしい」

 軽く頷くと、相手も頷いて話し始めた。

「あちこちに扉があるだろう。それらはすべて別の世界だ。君が出てきた扉は君のいた世界で、隣の扉はまた別の世界があるということだね」

「?」

「重要なのはね。全ての世界には決まった数の物質と魂があり、始まりから終わりまでどう動くのか、全て予定があるということだ」

「???」

「はは。要するに扉の中で何が起こるのかは全て決まっているんだ」

「運命というやつですか?」

「ああ、その認識で良いよ。扉ごとに運命が決まっていると分かってくれれば良い」

 頷いた。それだけであれば何となく理解できる。

「特に、世界にとっての『分岐点』は絶対に変えられない」

「はあ」

 変えられないのであれば、問題はないのでは? と思ったが、聞いておく。

「当然、運命を変えたいと考える奴が現れる。それ自体は問題ない。よくある話だ。しかし、ある人間が魂と運命の関係性を見つけ出してしまった。そして、こう考えた」

 自称『神様で良いや』は苦々しい顔を浮かべながら溜息を吐いて、ゆっくりとした口調で続けた。

「別の世界――扉の外から魂を呼び出せたら運命が変わるかもしれない、と。忌々しいことに、それは正しい」

「あの、俺と何か関係が――?」

「ああ、長くなって悪いね。ここからが本題だ」

「そいつはつい先ほど、一つの魂を自分の世界へと呼び出すことに成功した」

 そこで初めて自称『神様で良いや』は手を止めて、俺を真っ直ぐに見た。

「――最も人殺しに適した魂を。それが君のお兄さんだ」

「!」

「おそらくは『分岐点』に関わる人が死ねばそれで良いのだろう。少しでも多く殺してくれってところか」

 別の世界で、兄さんがまた人を殺す? なんだそれは。

「そこでお願いだ。君もその世界へ行って、お兄さんを止めてほしい」

「……」

 兄さんの殺人を止めるというのであれば、望むところだ。言ってやりたいこともある。このまま死ぬよりはずっと良い。ただ――。

「兄さんを止めることは構わない。でも一つ条件がある」

「何だ?」

「兄さんに殺された加奈も連れていってほしい。あいつの人生が、あれで終わるのは駄目だ」

 自称『神様で良いや』はしばらく俺を眺めていたが、小さく頷いた。

「条件を飲もう。ただし、できる限り『分岐点』とは関わらないように」

「約束する」

「契約成立だな。その扉から出て行ってくれ。別世界に生まれ変わる」

 一つの扉を指で示す。

「お兄さんの魂は見れば分かるようにしておくよ」

 俺は扉へと歩き、手をかける。ドアノブをゆっくりと回すと、意識が薄れていく気がした。

「なあ、どうして俺なんだ?」

 ふと、疑問が口から漏れた。俺よりも優秀な人間も賢い人間も強い人間も山ほどいるのに。何の実績もなく死んだ俺なのに。

 期待していなかったが、返事はあった。

 ――何を言っているんだ?

 ――ついさっき、あの殺人鬼を止めただろう。これ以上の実績があるものか。

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