殺人鬼転生
裏道昇
第一部 兄弟
第一部 1話 殺人鬼
思い返してみれば、俺の人生には誰かの死が多かった気がする。
まずは両親だ。俺を産んですぐに事故で死んだ。
俺と兄さんを引き取った遠い親戚も、七年後に死んだ。旅行先の急病だった。優しい夫婦だったのに。
親戚から相続した家は立派で、まるで幽霊屋敷のようだと近所では呼ばれているらしい。
今は中学一年生。兄さんと二人で保険金を切り崩しながら暮らしている。
その後も俺の周りで誰かが死ぬことは多かった。クラスメイトや先生、すれ違っただけの人もよく死んだ。
すぐ隣の家に住む親友も死んだ。強盗に襲われてしまった。
一人生き残った親友の妹とは、境遇が近いこともあって仲良くなれた。互いに穴を埋めるように俺たち兄弟と三人でいることが多い。
親友が死んだ後、クラスメイトに酷いことを言われる時期もあった。でも、兄さんが必ず助けに来てくれた。
兄さんは頭が良くて、誰からも好かれていた。大人だって兄さんの話だけは必ず聞いた。
兄さんは五つ年上で、恐らく有名な大学に入る。俺は凡人で、周囲からの評価は『善い人』だ。
それでも、俺たち兄弟は協力して生きてゆくのだろう。誰かの死がちょっとだけ身近な兄弟として。
――兄さんが殺人鬼でなかったなら。
バチッという何かが爆ぜる音で目が覚めた。とっさに時計を見ると深夜の二時。だというのに、窓の外は明るかった。
「ん?」
窓から外を覗いてみる。隣の家が燃えていた。
「なんだよ、これ……」
寝巻のままで家を飛び出した。外に出るとすぐに熱が伝わってくる。
「……加奈」
目に映ったのは、今にも崩れ落ちそうなほどに燃え盛る、幼馴染の家だった。
一瞬だけ足が止まり、再び走り出す。『何故か』開けっ放しの玄関へと一直線に向かう。
もう誰も死んでほしくない。その一心で炎の中へと飛び込んだ。
「加奈……加奈!」
ごほごほと煙に咳き込みながら、居間を目指す。長い付き合いだ。間取りはよく知っている。
居間を覗き込むと、そこには意外な顔があった。
「お、来たな」
「兄、さん? どうして……? いや、それより加奈は? 助けないと!」
整った顔立ちを楽しげに歪めて、兄さんは足元を軽く蹴った。
何気なく目を向ける。
「え」
兄さんが蹴ったのは、ぐったりと動かない加奈だった。
「これは、どういう」
いつの間にかナイフを取り出し、べったりと付いた血を眺めている。
「もう死んでるよ。俺が殺した」
「なんで? いや、何の冗談……」
「前は殺し損ねたからな」
「殺し損ねた?」
反射的に聞き返すことしかできなかった。思考を放棄したかったが、兄さんは答えを突き付けてくる。
「じゃあ、加奈の家族を殺したのは――」
「もちろん俺だ」
「加奈が……加奈が、何をしたって言うんだ?」
「? 何も?」
「何もって……なら! ならどうして!」
気が付けば理由を訊いていた。理由だけはどうしても知りたかったのだろう。あまりにも理解ができなかったからだと思う。
兄さんは困ったようにふっと笑い、
「だって、面白いじゃないか」
当たり前のように答えた。
兄さんがテレビゲームを好きな理由と同じだった。
「ふ、ざけるな!」
ほとんど反射的に体が兄さんへと飛び掛かった。大きく腕を振りかぶって殴りかかる。
兄さんは僅かに体をずらして、軽く俺の腕に触れる。ただそれだけで俺の腕は空振っていた。
どうにか勢いを殺して振り返る。すでに兄さんは俺から距離を取っていた。入口付近でナイフを軽く弄っている。
「たった二人きりの家族だったのに……!」
「それは違う。俺が二人きりにしたんだ」
その言葉の意味を理解するのに、十秒ほどかかってしまった。
「父さんと母さんも、殺し、た?」
「みんな、だ。みんな殺した。二十人くらいかな? 子供だから騙すことは簡単だった。その代わりに準備が難しかった」
「なんだよ、それ。馬鹿にしやがってッ!」
もう一度飛び掛かる。今度は必ず殴り飛ばす覚悟で走った。
とん、と兄さんが前に踏み込んだ。軽く速く鋭く、何よりも綺麗な一撃が流れていく。
逆手で握ったナイフが俺の首を切り裂いた。噴水みたいに血が噴き出て、体がぐらりと傾く。
「火事が原因で二人は死亡。通報者は俺。そういうことになっている」
声を無視して、兄さんの腕をがっしりと掴む。捕まえた。声に出そうとしたが、喉に詰まった血が零れただけだった。
傾く勢いは殺さずに、一歩だけ足を踏み込んだ。もう一歩だって歩けない。ドクドクと脈打つ音しか聞こえないし、喉が熱くて火事の熱すらも感じられない。
それでも兄さんを居間から引きずり出して、廊下の壁へと叩きつける。俺はその上に覆いかぶさった。
「――!」
兄さんが何かを叫びながら、俺の腹に何度もナイフを突き立てる。知ったことか。
俺は最期の力を一つ残らず振り絞って――その顔をぶん殴った。
兄さんの苦しそうな顔だけ見届けて、俺は仰向けに倒れ込む。
――ざまあみろ。
すかさず、兄さんが馬乗りになった。俺の両手を足で押さえつけて何か言っているが聞こえない。目も霞んできた。
こんな状態なのに「ああ、これが瀕死というやつか」なんて下らないことを考えていると、すぐに兄さんはナイフを振り下ろした。
最期に分かったのは、俺の喉にナイフが刺さったことと――
――廊下の天井が崩れ落ちてきたことだった。
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