エピローグ

「とーや、また見てるの? や、私も毎日見ちゃうけどさ。遅刻しちゃうよ」

「ああ、もうそんな時間だったか」


 見ていたのは、去年行った結婚式の写真。


 結婚式の写真はたくさんあった。


 新郎新婦の入場や、みんながご飯を食べている所の写真など。他にも色々。


 この日は楽しくて、嬉しくて。忘れられない日となった。


 特に――この写真達。


 紫苑と、茜と、柚がミアにキスをしている写真。

 三人も、ミアもすっごい良い笑顔。とても良い笑顔だ。

 そして、写真をスクロールすると今度は三人が俺の頬にキスをしてくれた写真が出てくる。


 それらの写真と――一番最初に撮っていた写真、紫苑にミアがキスをしている写真を見比べる。


 あの時の俺は、彼女の笑顔がとても綺麗だと思った。


 単純にミアが綺麗だという事もあるが。今なら分かる。


『家族』に向けられる、一切偽りのない笑顔。無防備な笑顔。

 あの頃の俺は『家族』というものを久しぶりに。本当に久しぶりに見て、綺麗だと思ったんだ。

 羨む事すら烏滸おこがましいほど純粋で、無垢な笑顔。


 そんな笑顔を向けられる紫苑と、そして笑顔を向けるミアがとても綺麗だったんだ。


 それが――この写真の中では。

 『家族』に向けられる笑顔がミアに。そして、俺へと向けられている。『家族』への愛が伝わってくる。


 今更だとは思う。もうとっくに俺達は家族なのだから。

 それでも、嬉しくて嬉しくて仕方がないんだ。


 この写真を見ていたら、自然とやる気が出てくるのだ。


「よし、行こうかな」

「荷物はだいじょぶ?」

「ああ。多分大丈夫だ」


 改めて荷物を確認し、頷く。


「じゃ、後はおべんとだね。はい」

「ありがとう」


 ミアから黒色の包みを受け取って、慎重にカバンの中へと入れた。


「あとネクタイゆがんでるよ。直したげるから、ほら」

「ご、ごめん、助かる」


 無意識の内に慌ててしまっていたのかもしれない。いや、全部写真を眺めてた俺のせいなんだが。


 一度落ち着こうと呼吸を整え、ふうと息を吐く。


「とーや、急ぎすぎ。焦ったら良い事ないよ。事故とか巻き込まれたら大変じゃん」

「……そうだな。すまなかった」

「ん、よし。はい、ネクタイもおっけー。ほんとーに忘れ物ない?」


 ミアに言われ、もう一度チェックをする。


「ああ、大丈夫だ」

「おっけ。もし忘れ物あったら届けに行くからね」

「ありがとう。でも無理はしないようにな」

「分かってるよ。ありがとね」


 そのままミアと共に玄関へと向かう。すると、ドタドタと上から駆け下りてくる足音が聞こえてきた。


「お兄ちゃん!」

「行く前には声掛けてって!」

「言ったよー!」


 怒ってるものの、全然怒っているようには見えない三人。そして、少し遅れてお義母さんが降りてきた。


 一番前に居るのは紫苑だ。


 紫苑は目がくりくりとしていて、人懐っこい印象がある。愛嬌があると言っても良い。

 その目鼻立ちは整っていて、とても綺麗に育った。

 しかし、笑う時は小さい頃と変わらず『にこー!』と笑う。そのギャップも武器にしかならない。ポニーテールにしてるのも可愛い。


 あの髪留めは、数年前に壊れてしまった。

 しかし、髪留めは紫苑にとって、一番大切な物。同じくらい――十年前、博物館で買った恐竜のキーホルダーも大切にしている。


 だから、俺はミアと協力してその髪留めを加工し、花の部分をキーホルダーにした。


 今では紫苑の筆箱に二つともぶら下がっている。


 茜と柚も髪留めが壊れる前に……と、こちらもキーホルダーにした。

 ミアの髪留めは部屋の飾りにしており、観賞用へと変わっている。


 紫苑を後ろから抱きしめ、肩に顎を乗せているのは茜だ。


 茜は茶色の髪を肩につくかつかないか程度の長さで、ボーイッシュな感じにしている……ものの。その可愛さが隠れる事はない。

 茶色の髪と瞳は目を惹くし、その顔立ちはとても愛くるしい。

 しかし、スポーツをする時はとても真面目な表情で、凄くかっこよくなる。



 そして、茜に抱きつきながら頭の上に顎を乗せているのは柚。柚は髪を背中まで伸ばしている。かなり長めだ。


 柚はパッと見どこか儚げな印象を覚える。その眠っている姿は妖精が眠ってるのか見紛うほど可愛らしい。

 しかし、その実マイペースなのだ。どれだけ振り回されてきた事か。……それも柚の可愛いところなんだが。

 今でもお昼寝は大好きで、俺とミアが休みの時は時々付き合ってる。それか紫苑か茜、お義母さんと眠ってる事も。



「ああ、悪い。みんな忙しいかと思ってな」

「むー!」

「怒るよー!」

「お昼寝の刑にするよー!」


 懐かしいな、お昼寝の刑。強制的にお昼寝を一緒にしないといけないという刑だ。全然刑罰じゃないし、睡眠も取れるのでなんならご褒美である。


 お義母さんは俺達をニコニコと見ていた。


「ごめんごめん」


 ぐりぐりと頭を撫でると、紫苑の頬が緩む。茜の顔も緩む。柚は眠りそうになる。


 それにしても――来年でミアと交際を始めて十年になるのか。


 三人とも、かなり。めちゃくちゃ美人さんになった。



 三人は頭を撫でられてニコニコとしている。髪は……そこそこぐしゃぐしゃだ。


 髪型が崩れないように、と三人が中学生に上がった頃は軽くにしていたのだが。三人とも「撫でられてる気がしない!」と抗議してきたのだ。


「お母さんは今日はゆっくりなんだよ」

「ええ、そうね。午前はお休み貰って、ちょっと家の事やってから行くつもりよ」

「ああ、なるほど」


 お義母さんとは一緒に暮らす事になっている。お母さんはこちらには来なかったが。よく週末には遊びに来る。

 最近は職場の人と良い感じらしい。俺のせいで、というとまた怒られるかもしれないが。

 それでも昔、俺が居る間は多分結婚しないと言っていた。お母さんももっと幸せになって欲しい。



「とーやにぃ、今日は何時頃帰ってくるの?」

「そうだな……まあ、いつも通りだろうな。定時には帰るから、遅くても七時までには帰るよ」

「じゃあさじゃあさ! 僕今日部活終わるの六時過ぎだから迎えに来て!」

「あー! 茜ずるい!」

「じゃあ私も待つよー!」


 いつもと変わらぬ会話を繰り広げる三人。凄く微笑ましい。微笑ましいのだが。


「さすがに時間が無くなってきたからな。帰り、学校に寄れば良いか?」

「うん!」

「やった!」

「わーいー!」


 結局三人を迎えに行く事になりそうである。


 ミアは俺達を見て、優しく笑っていた。


「じゃあ行ってきま――」

「お兄ちゃん!」


 紫苑が腕を広げた。


「行ってきますのハグ、まだだよ!」

「……反抗期が来た時の事が怖くなるんだが。お兄ちゃんいきなり三人に『嫌い』とか『臭い』とか言われたら耐えられなくなるんだが」

「来ないよ! 言わないよ!」

「大人になってもするからねー!」

「それはそれで色々アレな気がするんだけども」

「お兄ちゃん。時間ないんでしょ?」


 紫苑の言葉にうぐっと喉が詰まる。


 ふう、と一つ吐いて。紫苑を抱きしめた。ついでに髪を軽く整えておく。


「……本当に大きくなったな。それと、綺麗になった」

「えへー! まだまだおっきくなるし、綺麗になるよ!」


 これからの成長も楽しみだ。もっと背も高くなるだろうし、もっと美人さんになるんだろうな。


 続いて茜である。


「僕はおっきくなったー?」

「ああ。大きくなったし、綺麗になってるよ。それにかっこよくもなってる」

「えへへー!」


 同じく髪型を整え、ぎゅーっと抱きしめた。


 最後は柚である。


「……」

「柚もおっきくなったが。まだまだお兄ちゃんには勝てそうにないな?」

「……! そーだねー!」

「それに、モデルさんみたいで綺麗だよ。だから自信持ってな」

「えへへへー! ありがとー!」


 柚は少しばかり、二人より大きくなってしまった。本人からするとそれがコンプレックスらしい。


 柚は大きくなっても柚である。それに、俺も背は高いので、追いつかれる事もないと思う。今のまま背が伸びたとしても五、六年は大丈夫だと思う。


「それじゃあお義母さん、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね」

「はい!」


 お義母さんともハグをして、そして――


「最後は私ね」

「ああ」


 ミアの顔が近づいてきて――軽く、キスをした。


「ふふ。私もおっきくなった?」

「そうだな。あの頃より少し背も伸びたし――」



 続いて、下の方へと目を向けた。


「お腹もそうだな。おっきくなってきてる」

「ふふ。この子にも挨拶していって」

「そうしようかな」


 お腹は少しずつ、大きくなっていた。

 そこに手を合わせると――


「あ、蹴った」

「蹴ったね。ふふ、行ってらっしゃいって言ってるみたいだよ。?」

「そうだな」


 お腹の子は女の子だ。ミアの血筋は女の子が産まれやすいのだろうか。


 そして、もう名前も決めている。



すず。行ってきます」


 すず。スズランエリカという花から取った名前だ。


 花言葉は【幸福】とか【幸せな愛】である。


 無事に産まれてきて、幸せな人生を送れますように。

 そう祈って――


「ミアも体、気をつけてな」

「もちろん。何かあったらすぐ電話するよ」

「お母さんも飛んで帰ってくるからね」

「ふふ、ありがと」


 数年前、お義母さんは転職した。ホワイトな企業に無事就職出来たのだ。

 そして、かなり家から近い職場だ。もしミアに何かがあったとしても、すぐ帰ってこられるように。あと、今日みたいに半休を貰って家の事をやってくれたりする。


「それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。今日は唐揚げだからね」

「やったー! 行ってらっしゃい!」

「わーい! 行ってらっしゃい!」

「楽しみー! 行ってらっしゃい!」

「ふふ、お母さんも手伝うからね。行ってらっしゃい」


 見送られながら外へと出て。扉を閉める。



 俺は空を見上げた。



「行ってきます。お父さん、お母さん」


 きっと、この言葉も聞こえているだろう。


「これから先も、ずっと幸せに暮らしていくよ」


 みんなで一緒に。精一杯、人生を生きていくよ。


 後悔のないように。


 だから、見守っていてくれ。


「二人の息子として。百年後くらいにあの世で『幸せで、悔いのない人生だったよ』って言えるように」


 そう呟いていると、思わず頬が緩んだ。



 ――行ってらっしゃい



 その言葉を背に受けて。俺は会社へと向かったのだった。









 誤解をされやすい天海さんは、実は超絶可愛くて家庭的なヒロインでした[完]

 ――――――――――――――――――――――


 あとがき


 作者の皐月です。


 初めに、感謝の言葉を述べさせてください。



 誤解をされやすい天海さんは、実は超絶可愛くて家庭的なヒロインでした。ここまで読んで頂きありがとうございました。

 読者様方のお陰でここまで書き切る事が出来ました。

 暖かいコメントや応援など、とても励みになりました。


 私の力不足な面も目立ってしまいましたが、ここまでお付き合いして頂けた読者の方々には心より感謝しております、



 さて。天海さんが終わってしまいました。終わる終わる詐欺をしてしまいましたが、本当に終わりです。


 このお話のコンセプトは【暖かいお話】です、家族愛。そして恋愛。または友愛。それらのお陰で、柊弥君が過去を乗り越えられる。そんなお話です。


 個人的に、主人公はヒロインと同じくらい魅力的であって欲しいと思っております。柊弥君はそんな『主人公』になれたなと思います。寧ろ、『主人公すぎる』と言っても良いかもしれません。


 ミアちゃんの『恋人』であり、紫苑ちゃん、茜ちゃん、柚ちゃんを導く『お兄ちゃん』である。とても大変な役回りでしたが、彼はその高いハードルを軽々と飛び越えてしまいました。


 これからどうなったのかは、読者の皆様にご想像して頂けたらなと思います。



 少なくとも。みんな家族が大好きで、これから産まれてくる鈴ちゃんはたっぷりの愛を注がれながらすくすくと育つはずです。

 もしかしたら、このタイミングでわんちゃんとかねこちゃんを家にお迎えするかもしれませんね。


 長々と続けてしまいそうなので、想像もこの辺りにしておきます。


 改めて。ここまで読んで本当にありがとうございました。


 また、読者様方の人生も愛が溢れたものになるよう、心から祈ります。既に愛で溢れているのなら、それが続くよう心から願います。



 それでは、またどこかでお会い出来たらとても嬉しく思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る