おまけ その13 天海ミア

 私はずっと『お姉ちゃん』だった。


「おねーちゃん!」

「おねーちゃん」

「おねーちゃんー!」


 それが嫌だなんて一度も思った事なかったし、これからもずっと三人の『お姉ちゃん』であり続けたいって思った。


 学校でずっと一人だったとしても、帰ったら三人が居るから。


 寂しさもなかった。楽しさしかなかった。



 そのはずだったのに――


「おにーちゃん!」

「とーやにぃ!」

「おにーちゃんー!」


 私を変えてくれる存在が出てきた。……ううん。私だけじゃない。


 私と、紫苑と、茜と、柚。そしてお母さんまで。


『彼』が来てから、毎日がもっと楽しくなった。


 ダメだって分かってたのに。彼の存在が心地好くて、私はずっと居て欲しいと思ってしまった。


 そんな時、ある噂が流れ始めた。


「世良柊弥は天海ミアを買ってる」


 誰が言い始めたんだろ。いや、もう誰でもいっか。


 それで、私と『彼』の関係は終わりだって思ってた。

 申し訳なさでいっぱいになった。でも、今謝りに行ったところで『彼』の評判を悪くするだけだって分かってた。


 自責するように、自分に向けて呟く事しか出来なかった。

 あの子達、悲しむだろうなって思って。私は唇を噛み締める事しか出来なかった。



「俺は、天海と付き合っている」


 だから、私は『彼』の言葉に驚いた。戸惑った。



 話を聞いてみると、私の心の中に『嬉しさ』がいっぱい出てきて。それでまた、『どうしてそこまでしてくれるの』って思った。



 その日から明確に、『彼』を、『世良柊弥』を見る目が変わった。



 それからは楽しい日々が続いた。家でも学校でも。



 帰ったら、可愛い妹達が居て。学校では柊弥が居た。

『偽装恋人』だって分かってたのに。それでも彼と過ごす日々は楽しかった。


 水着を買いに行ったり、私が風邪を引いたり。それだ看病して貰ったりなんかして……反対に、看病をしに行ったりもした。


 またみんなでプールに行って。それから――



 柊弥の過去と向き合った。

 絶対に柊弥を家族にするんだって決めた。


 紫苑と茜、柚を連れてお皿とかコップとか、お茶碗を作る工房に行った。


 慣れない事だから手間取った。でも、先生は優しくて、懇切丁寧に教えてくれた。


 紫苑はずっと真面目な表情で作ってた。だけど、必死かというと、少し違う。


『お兄ちゃんのために』


 その一心で作ってるんだって伝わってきた。茜と柚も同じ気持ちだった。


 本当なら、彼に対して『姉』として嫉妬するべきだったのかもしれない。

 こっちはもう四、五年お姉ちゃんをしてるんだぞ。たった半月でこんなに慕われるようになるなんてずるいぞ、って。


 それなのに、私は三人にとっても柊弥をそれだけ大切に思ってくれた事が嬉しかった。


 夏休みは今でも忘れられない思い出だ。


 海に行って、動物園に行って、博物館に行った。他にもみんなでいっぱい遊んだ。


 そして、柊弥と私達は本当の意味で『家族』になった。


 決して切れない絆。これからも一緒に居るんだという証。


 目には見えないけど、分かっていた。


 絶対に、柊弥とは一生――ううん。来世になってもずっと、一緒になるんだろうって。


 ◆◇◆◇◆



 高校を卒業し、大学に入った。

 その年のクリスマスの日。



「ミア」



 彼に――とーやに名前を呼ばれると、体がぽかぽかする。暖かくなる。


 その手に握られると、もっと暖かくなる。ぎゅってされたら、心の底まで暖かくなる。


 唇を重ねたら――心から溢れてしまうくらい、幸せで満たされる。



 ほう、と白い息を吐く。入ってくる空気は冷たいのに、体が冷たくなる気配はない。


「どしたの、とーや」


 私を呼んだ彼の表情はいつもと違って、凄く真面目で――ううん。緊張してるようだった。


 その空気を察して、でも私はそれ以上言わない。彼の覚悟を踏みにじるような事はしない。


 ただ、待つ。彼の言葉を。……ああ、だめだ。ニコニコしちゃいそうだ。


「ミア」

「……はい」


 とーやはカバンの中から、一つの箱を取り出した。


 それは小さな箱。


 ドラマとか映画、漫画で見た事があるようなもの。



 その箱が開かれ――



「俺と、結婚して欲しい」



 中に入っていたのは、指輪だった。


 ブルーダイヤモンドの指輪。



 高校三年生になって。私と柊弥は結婚。籍を入れようか迷った。

 お母さんもお義母さんも、私達の意思を尊重するって言ってた。でも、とーやは悩んでた。


 それは――指輪が用意出来ていなかったから。


 とーやはまだバイトはしてなかった。お義母さんに、バイトは大学生になってからって言われてたから。


 だけど、私と家族になってからは別にバイトをしても大丈夫って言われてた。

 それでもバイトをしなかったのは、三人の存在があったから。


『もし三人に何かがあった時、すぐ迎えに行ける人が一人くらいは居ておかないとな』


 彼の言葉はとっても嬉しかった。


 嬉しかったけど、結婚するなら指輪は欲しいってとーやは話してた。

 とてもではないけど私一人のバイト代で買えなかったし、とーやもそれを望んでいなかった。


 だから――指輪が買えるようになるまで、結婚はお預けとなっていた。



 なっていたのだ。


「俺はこれから先もミアと。そして、みんなと歩んでいきたい。……どう、かな」


 とーや、すっごく緊張してる。

 返事は分かってるはずなのに。それでもやっぱり緊張はするんだろう。



 だから、その緊張が解れるように――


「はい!」


 出来るだけ笑顔で、私は頷いた。


 とーやはホッとしたように息を吐き、その前に私は左手を差し出した。


 その手を見て、とーやは頷いた。指輪を取り出し――薬指に嵌めてくれる。


「ぴったりだね」

「ちゃんと測っておいたからな」


 柔らかく微笑むとーやに私も笑い――


「とーや」

「なんだ?」

「私からも、あるよ」



 カバンの中から、小さな箱を取り出す。とーやは驚いた顔をしていた。


「私もさ。とーやの為にいっぱい考えて選んだんだ」

「そう、だったのか」

「でも、まさか――ううん」


 その箱を開けて、とーやに見せる。


「きっと、とーやもこれ選ぶって思ってたからさ」


 ブルーダイヤモンドの指輪。


 意味は『永遠の幸せ』


「とーや、指出して」

「ああ」


 左手を出てきたとーやの薬指に、指輪を嵌める。


「うん、ぴったり」


 指輪の嵌まった手を見ていると、思わず笑顔になり。その手に自分の手を合わせる。


「ね、とーや」

「ああ」


 その手を握って、引き寄せて。顔が近づく。


 嬉しくて、もう。


 嬉しくて、たまらなくて。



「大好き、だよ」


 涙が零れてしまいそうになるくらい嬉しい。ううん、溢れてた。


 その中、とーやにキスをする。少ししょっぱい。


「俺も、大好きだよ」


 手をきゅっと握られる。指輪があるから、いつもより少しだけ弱い力で。


 そうして、しばらく抱きしめあってから。とーやの唇が動いた。


「ミア。一つ、相談があるんだけど良いか?」

「いーよ。言ってみて」

「その、だな。……俺は結婚式、挙げたいって思ってる」


 私はその言葉に強く頷いた。


「私も着たいかな、ウエディングドレス。お母さん達にも、三人にも見せたい」

「ああ。でも、その。……まだ待ってて欲しい」


 その言葉に何が言いたいのか、なんとなく予想ができた。


「確かに、学生でってなったらまだ早すぎるもんね。来れない人とか出てきそうだし」

「ああ。まだお金も足りない、って事もある」

「うん! 全然だいじょぶ。いつでもいーよ。五年後でも、十年後でも」


 とーやの指に触れ、そっと手をくすぐる。


「一緒にお金、貯めよーね」

「うん、頑張ろう」


 短い返事だけど、それが凄く嬉しくて。凄く楽しみで。



 本当に――


「柊弥」

「なんだ?」

「私。柊弥に会えて良かった」



 心の底から強く、そう思った。


「俺だって、ミアに会えて良かった。……本当に良かったよ」


 柊弥も同じ。そう聞けて嬉しくなる。


「生まれてきた中で一番嬉しかった事だ」

「ふふ。紫苑達は?」

「同じく一番でタイだな」

「一緒だ」


 私と同じくらい三人の事を大切にしてくれてる。それが言葉だけじゃないって、心の底から分かってる。


 柊弥を抱きしめながら、自分の指に光るリングを見つめた。


「大事にする」

「うん。俺も大事にする」

「ん」


 その指輪を見つめて。



 ――見つめ続けて。


「そろそろ帰ろっか」

「ああ、そうだな。みんな待ってるもんな」

「ん。お母さんもお義母さんも居ることだし。美味しいご飯食べよ」



 柊弥と手を繋いで、帰り道を歩き始めたのだった。






 ――私達が結婚式を挙げたのは、それから五年後の事だった。

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