おまけ その11 柊弥とミア、大学生になる

「あった、あったよ! とーや!」

「ああ! 俺もあった!」


 飛びついてきたミアを抱きとめる。強く、強く抱きしめられ。それに応えるように俺も抱きしめた。


「やったねー!」

「やった!」

「やったー!」

「泣きそう」

「もう泣いてるでしょ……私もだけど」


 そして、俺とミアを見て三人がバンザイをして。お母さんとお義母さんは泣きながらスマホのカメラを俺達に向けている。



 そうして――無事。俺とミアは受験に合格する事が出来た。


 良かった。本当に。



 ◆◇◆◇◆


「とーや。そっちも今終わったとこ?」

「ああ。ミアの所も終わったんだな」


 俺とミアは学科こそ違うものの、共通科目が被っていて一緒に講義を受ける事も多かった。


 加えて、今日は偶然講義の教室が隣だったのだ。


「今日はどこで食べよっか」

「そうだな。天気もいいし、あそこのベンチはどうだ?」

「あ、それ良いかも。空いてたらそーしよ」


 ミアが流れるように手を繋いできて、俺達は歩き始めた。


 ◆◆◆


「人居なくて良かったね」

「ああ。ここ人気スポットだもんな」


 陽射しは木々の葉によって遮られる。でも、全ては遮断される訳じゃない。


 葉によって弱まった木漏れ日が全身を包み込んできて、ほんのりと暖かい。


 まるで――


「私に似てる、よりもさ。本物の方が良いって思わない?」

「……気軽に頭の中を読んでくるんだな」

「なんとなく分かるようになってきたよ。最近はね」


 横から抱きついてきたミア。その体は陽射しよりも暖かい。


「ね、本物の方がいいっしょ」

「そうだな」


 少しの間、そうして。ミアも俺も満足出来たので離れた。幸い、周りに人は居なかったので見られていない。


「そういえば。PCの扱いはそろそろ慣れてきたか?」

「あー? えっと、まあまあ?」


 ミアはスマートフォン以外の電子機器には全然触れてきておらず……というかスマートフォンもカメラと動画サイトくらいしか使っていなかった。動画サイトも、みんなで猫や犬などの可愛い動物を見るくらいだ。


 しかし、大学生になれば必然的にPCに触れなければならなくなる。レポートやプレゼンなど作らなければいけないから。


「か、帰ったらちょーっとだけ教えて欲しいかも」

「良いよ。三人もお絵描きしたいって言ってたし」


 最近の三人はお絵描きにハマっている。紙に描くのも好きみたいだけど、電子の方も楽しいらしい。時々俺かミアのPCを借りて描いてるのだ。


「三人がお絵描きしてる間にまた教えるよ」

「ん、ありがと」


 ミアはそう言いながら、カバンからお弁当箱を取り出した。


「はい、とーやの分」

「ありがとう。いつも持ってきて貰って悪いな」

「ううん。私がそーしたいからね。持ってきたらとーやと会える理由も出来るじゃん?」


 ミアの頬が桃色になり、そして赤へと変わっていく。


「……いいじゃん。とーやと会いたいんだから」


 その言葉を聞いて――頬に熱を帯びていくのが分かった。


「べ、別に理由がなくても会いに来て良いんだけどな」

「分かってる、けど。なんかさ、ちょっと恥ずかしい……ではないけど。照れるから」


 ポリポリと頬をかくミア。


 もう、ミアと付き合って三年近くになる。

 それだというのに慣れない。ミアの可愛さに。


 三人も居たら、簡単に言えるのに。二人きりでも、いつもなら言えるのに。


 それなのに、今は唇が固まっていて上手く話せない。


 それでも、どうにか言葉を紡ごうとした。


「ミア――」


 言葉を遮られて。唇を重ねられた。


「いーよ、今更言葉にしなくても」


 そっと、手が胸に触れてきた。


「伝わるからさ。こうやって、触ってても」


 その緑色の瞳が俺を見つめる。


「目ぇ合わせても。全部、伝わってくるから」


 ニコリと微笑むミア。



「好きだ」


 だからこそ、俺は言いたくなった。


「……ふぇ?」

「言葉にしなくても伝わるんだったら、言葉にしたらもっと伝わる……と思った、いや、違うな」


 そこまで言って、俺は首を振る。


「俺が言いたくなっただけだ」

「……ふーん、そっか」


 ミアは小さく呟いて。耳元に口を寄せた。


「だ、大好き」


 そう自分で言っておきながら――ミアは更に頬を紅潮させた。


 気づけば、その手を取っていた。


「……ミア」

「ん」

「今週、いつ空いてるっけ」

「土曜、おかーさんが三人つれて映画とかショッピングするって言ってた」

「そっか」


 土曜日。……土曜日。


「悪い。我慢、出来ないかも」

「いーよ、我慢しなくて。……恋人同士なんだしさ」


 手を握られ、ぐっと引き寄せられる。


「今日おかーさん、残業で帰って来れないみたいな事言ってたから。三人が寝てから、ね」


 また耳元で囁かれ――背筋を伝うゾワゾワとした感覚と共に、俺は一つとある事を考えてしまった。



 まるで、二人目が欲しいと考えている夫婦のようだ、と。


 ◆◆◆


「お兄ちゃん! おかえり!」

「おかえり! おにいちゃん!」

「おかえりー!」

「ああ、ただいま、紫苑、茜、柚」


 帰ってきたら、紫苑から茜、茜から柚へと順番にぎゅーをされた。可愛い。


「三人とも、変わらず甘えんぼさんだな」

「そーだよ!」

「そー!」

「あまえるー!」


 今日のぎゅーは二週目に入るらしい。そうしていると、もう一つ足音が近づいてきていた。


「おかえり、とーや。バイトお疲れ様」

「ああ、ありがとう。ミア」


 エプロン姿のミアが出迎えてくれた。


「アルバイト!」

「そう、アルバイトだ」

「うわきしてないー?」

「……! うわき!」

「だめー!」

「してないしてない」

「知ってるー!」


 三週目に入りかけたところで、ミアがちょいちょいと止めてきた。


「もう、お姉ちゃんの番抜かされたら寂しくなっちゃうよー?」

「……! ごめんなさい!」

「ふふ、いーよ。別々で返ってくるの久々だもんね」


 紫苑達の頭を十分になでなでしてから、俺を見て。


「おかえり、とーや」

「ああ。ただいま、ミア」


 ハグをした。ふわりと、クッキーのような甘い匂いが漂ってきた。


「クッキー焼いたのか?」

「あ、分かった? 三人のおやつにね。とーやとお母さんの分も残してるから。ご飯食べたら食べる?」

「ああ、食べたい」


 ミアはよくお菓子を作るようになった。三人のおやつになるからと。そして、みんなの誕生日にケーキを作りたいという理由から。


「……ミア、長くないか?」

「ふふ。二回分はぎゅってしたかったからね」


 甘い香りが漂い続ける中、ミアは俺の背をしっかりと抱いて。俺もそれに応えられるよう、ミアの背中をぎゅっと抱きしめた。


 そして――


「ん」

「あー! お姉ちゃんずるい!」

「ぼくもちゅーする!」

「わたしもー!」


 最後に流れるように唇を重ねられた。


「ん、次は三人の番ね」

「お姉ちゃんにもちゅーする!」


 反抗期が来たら、ちゅーどころかハグも頭なでなでも出来なくなるのだろう。

 それまで存分に甘やかさなければならないというのが俺とミアの結論だ。


 三人にほっぺたをちゅーされて、そしてちゅーをして。


「お風呂とご飯、どっち先にする? おすすめはお風呂かな。お腹すいてるならご飯急ぐけど」

「じゃあ先にお風呂入ろうかな」

「おっけ」

「お兄ちゃんお兄ちゃん」


 紫苑にちょんちょんと服をつつかれた。どうしたのだろう。


「かけざん! おぼえたの!」

「本当か! 凄いな」

「えへー。あとで聞いてー!」

「ああ、分かった」


 紫苑の頭を撫でていると、続いて茜と柚が俺にひしっと抱きついてきた。


「ぼくねぼくね! どっじぼーるでひとりだったのに、そこからみんなあてたんだよ!」

「わたしねー! きょうはっぴょうしてほめられたよー!」

「そっか! 二人とも凄いな、偉いよ!」

「えへー!」

「えへへー!」


 続いて二人の頭を撫でる。


 ふと三人を抱きしめたくなって。また抱きしめた。


「……? どうしたの?」

「いや、なんとなく。幸せだなって思って」

「しおんもしあわせ!」

「ぼくも!」

「わたしもしあわせー」


 家に帰ったら、ミアが居て、三人が居て。日によってはお義母さん達も居て。



 ――これが幸せでなくて、なんと言うのだろう。


 これからもこんな日が続くのだ。そう考えると嬉しくなる。



「三人と、ミア。お母さん達も居るから、お兄ちゃんは明日も頑張れるんだよ」

「しおんもだよ!」

「ぼくも!」

「がんばれるー!」


 三人がもちもちなほっぺたを押し当ててくれた。すっごくもちもちだ。


「……よし」

「もういいのー?」

「もうちょっと!」

「ぎゅーしよー!」


 ……じゃあもうちょっとだけ。


「んー? 私はー?」

「ああ、ミアもな」


 そして、三人の次にミアを強く――強く、だきしめて。



 明日も頑張ろうと強く思ったのだった。

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