おまけ その9 柊弥とミアの授業参観
「なあ。今日どんぐらい来ると思う?」
「さてな。もう高校生なんだしそんなに来ないんじゃないか? 俺のお母さんは来るって言ってたけど」
「俺んとこは今日来ないって言ってたな」
日曜日。しかし今日は学校だ。普段は賑やかな教室も少し静かだった。
「授業参観なぁ。迂闊に寝れないんだよなぁ」
「そもそも授業で寝るな」
二年生に上がっても俊とは同じクラスだった。ミアも一緒だ。なんならミアと仲良くなったあの三人も同じクラスになっている。
「そういえば……」
お義母さんも来るらしい。という事は、もしかして――
「まあ、大丈夫……じゃないかもしれないな」
「どうしたどうした。そんな急に顔色悪くして」
「いや。もしかしたら今日天使の可愛さで死ぬ生徒が出てくるかもしれないと思って」
「本当にどうした。熱でもあるのか」
「天使……じゃない。ミアの妹達だ。いや、天使ではあるんだが」
「ああ。夏休みの時に言ってた」
俊の言葉に頷きつつ、まあ大丈夫だろうと思い直す。
ミアが懸念していた、あの噂はもう聞かなくなっているし。
「なるようになるか」
「学校はお前らのイチャつきで持ち切りだしなぁ……ま、なんかあったら言えよ?」
「ああ。ありがとな」
俊にあの三人を会わせたらどうなるのだろうか。三人は人見知りなので普通に怖がるかもしれないが……。
俊がどんな反応をするのか、少しだけ気になった。
◆◆◆
それは二時間目が始まってすぐの事であった。
「……ん? なんか他のクラスが騒がしいな」
先生の言う通り、他のクラスから悲鳴……ではなく、歓声のようなものが上がった。
思わずミアと目を合わせる。こくりと頷かれた。これは多分来たな。
「ここー?」
「ええ、多分ここで合ってるはず。みんな、お姉ちゃんとお兄ちゃんのお勉強の邪魔にならないよう静かにね」
「はーい」
子供ながらにちゃんと声の大きさが調節出来ている。そして、めちゃくちゃ聞き覚えのある声。
「か……」
その声は一人の声ではなかった。
「かわいい!」
「きゃー!」
「ど、どこの子!?」
すぐさま教室は騒がしくなる。主に女子生徒達。男子生徒達もそわそわし始めた。
そして、その歓声の中心にいたのは――
「?」
「あちゃー……三人が可愛すぎて騒ぎになっちゃった」
「えへー。しおん達かわいー?」
にこー! っと笑う三人の笑顔は全人類を虜にするかわいさだ。可愛い。
上手く理解出来なくてきょとんとしている茜と柚も可愛い。
やはりと言うべきか、教室の人間ほぼ全員が胸を押さえた。母性&父性スイッチが起動されたのだろう。気難しいで有名な数学の先生も胸を押さえて膝立ちになっている。
しかし、さすがは先生。すぐに立ち上がった。
「えー! みなさんお静かに……」
しかし、その言葉は途中から凄まじく小さくなった。
「ごめんなさい……」
すぐに騒動の中心が自分達だという事を悟ったのだろう。紫苑が茜と柚の前に出て、ぺこりと頭を下げた。
紫苑は三人の中でよりお姉ちゃんらしくなっている。……本人は無意識のうちなのかもしれないが。
紫苑がぺこりと頭を下げるのを見て、茜と柚もぺこりと頭を下げた。
途端に生徒達の視線が先生へと向かう。『こんな可愛い子に頭下げさせるだなんて何してくれとんじゃわれぇ』みたいな顔だ。いや、騒いだのは生徒達なのだが。
そして、お母さんとお義母さん達がぺこぺこと頭を下げ――
「あー、せんせ。三人の事でちょっと行って良いですか。とーやも」
「……良いだろう」
ミアが俺を見たので頷き、立ち上がる。授業、普段から真面目に受けていて良かった。
「ぁ、おねーちゃ。ごめ、さい。がっこーいってる、みたくて」
「うんうん、すっごく嬉しいよ。ありがとね。……怖がらせてごめんね」
「茜、柚、おいで」
ぷるぷると震えて涙目になっている二人を抱きしめ、頭を撫でる。
一分ほど抱きしめていると、二人も落ち着き始めたようだった。
「ごめんね。ここまで騒ぎになるって思ってなくて」
「もー、おかーさんは三人のかわいさを過小評価しすぎだよ」
一見おかしな会話に聞こえそうなものだが、実際その通りである。
可愛いは正義であり罪でもあるのか……?
「じゃ、お姉ちゃんとお兄ちゃんは授業戻ろうね」
「がんばってねー」
「一年ぶっ通しでも頑張れる気がしてきた」
「分かるけどダメ。三人が寂しがっちゃうでしょ。……私とお母さん達もさ」
ミアは小さく呟き、立ち上がった。その瞳が「早く戻ろ」と告げている。
それに頷いて、最後に三人を撫でてから席に戻ったのだった。
◆◆◆
休み時間は大変な事になっていた。
「か、かわわわわわわわわ」
「な、撫でていい?」
「だめ。あと三人は人見知りだからあんま近づかないでね」
近寄ってくる生徒達をミアが牽制する。
「むぅぅ」
「おにーちゃん」
「とーやにぃ」
まだまだ三人は人がたくさん……特に、自分に興味が持たれていると萎縮してしまうようだ。
「大丈夫、怖くないよ。お兄ちゃん達がついてるからね」
柚は俺の膝の上に座り、周りを見ないようにぎゅーっと抱きついている。
紫苑と茜はミアの後ろに隠れて、時折居なくなったかな? とみんなの方を見てまたさっとミアの後ろに隠れてを繰り返していた。
ミアと仲良くなった三人はミアの言葉を聞いて、あまり人が近づかないよう人払いをしてくれていた。
ちなみに俊は、かなり早い段階で他のクラスから三人を見に来た生徒を追い払ってくれていた。さすが俊である。後でご飯でも奢ろう。
そうしていると、クラスに人が集まってきたのを知ってか生徒指導の先生が来た。
俺は柚の耳を塞ぎ、ミアが紫苑と茜を胸に抱いて片方の耳を塞ぎつつ、両手でもう片方の耳を塞いだ。
しかし、それは杞憂だった。保護者さん方が居るという事もあってか、先生の声はほどほどに抑えられていた。
「どーしたのー?」
「あ、や、ううん。ぎゅーってしたいなあって思って」
「しおんも! えへー! おねーちゃんすきー!」
「ぼくもぎゅー!」
可愛い。
そう俺が言うまでも無く、周りの女子生徒達が呟いていた。分かる。
「むー?」
柚はいきなり音が聞こえなくなって不思議だったのか、こてんと首を傾げた。
続いて上を向いて俺を見てきて、にこー! と笑う。国民栄誉賞を受賞するべき笑顔だ。
「可愛い……」
「可愛い」
「天使」
わかる。
と、そうしていると俊が少しずつ近づいてきた。
「ああ。俊。色々ありがとう」
「気にすんな。子供に泣かれんのは嫌なんだよ」
すると、三人がだれー? と言わんばかりに俊を見た。俊がピクリとしてたじろいだ。珍しい。
「お兄ちゃんのお友達の俊って人だよ」
「おにいちゃんの」
「おともだちー?」
「なのー?」
「お、おう。お兄ちゃんのお友達の俊だ」
三人がじーっと俊を見る。
……ひょっとしなくても俊、子供慣れしてないな?
「やー!」
「とーやにぃはぼくたちのー!」
「むー!」
しかし、三人はどうやらお気に召さなかったらしい。
「……」
「ミア? 何か勘違いしてないか?」
「あ、や、別に羨ましいとか思ってないけど? そもそも私より先に仲良くなってたなぁとか。いつも仲良さそうに話してるの羨ましいとか思ってないけど?」
「……さ、さすが姉妹だな? 柊弥」
俊の言葉にうんうんと頷いた。
大丈夫かな、三人とも。おっきくなったら彼氏とか束縛とかし始めないかな。いや、多分大丈夫だろう。三人とも良い子だし。
それに、これだけ可愛いんだから束縛されるのも本望だろう。
そんな事を考えていると次の授業が近づいてきたらしく、現代文の先生が教室に入ってきた。
「どうしたんですか、そんなにあつまかわいっっっっっっ!? 天使!?」
二秒で墜ちた。早い。めちゃくちゃ早い。
確かに現代文の先生は可愛いもの好きで有名だったのだが。
しかし、まさか……三限の授業はミアと隣に座り、紫苑、茜、柚を順番に膝の上にのせて聞くことになるなんて、このときの俺達は思いもしなかった。
なんにせよ、この授業参観は俺達にとっても、もちろん三人やお母さん達にとっても良い思い出になったのだった。
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