おまけ その8 茜と柚の親子遠足

「天海茜ちゃーん。天海柚ちゃーん」

「はーい!」

「すやぁ……」

「ゆーず、よばれてるよ?」

「はっ! はーい!」

「ふふ。遠足が楽しみで早起きしちゃったのかな?」

「いっぱいねましたー!」


 柚の言葉に先生が微笑む。柚は本当に眠るのが好きだ。


 次々に名前を呼んでいく先生を見て、次に俺を見てにこー! っと笑う柚。可愛い。



 今日は茜と柚の通う保育園の親子遠足だ。

 紫苑はお義母さんと一緒に過ごしている。たまには俺とミアが行っても大丈夫だよと言われたのだ。思い出になるだろうから、と。

 あと、またお義母さんが少し腰を痛めてしまったことも関係している。体は大事にして欲しい。


「柚。今日はどこに行くんだっけ?」

「おっきーこーえん! こんちゅーとおはなのかんさつー!」

「ありがとうな、教えてくれて」

「えへー! どういたしましてー!」


 覚えてて偉い。

 頭を撫でると柚はすぐ眠る体勢に入りそうになったので、ほどほどにしておく。


「茜と柚はバス酔いとか大丈夫か?」

「だいじょーぶ!」

「げんきー!」

「ん、そだね。今のとこ酔った事ないはずだから大丈夫だと思うよ。一応酔い止めは持ってきてるけど」

「それなら大丈夫か」


 帰りは疲れて眠るかもしれないし、あまり気にしなくて良さそうだ。



 そうして、茜と柚の親子遠足が始まった。


 ◆◆◆


「みなさーん! 遠くに行く時は必ず保護者の方と一緒に行くんですよー」

「はーい!」

「はーいー!」


 バスから降りて、点呼を取って先生からそう注意があった。

 今はみんなスケッチブックを持っている。


「いこー! おねーちゃん!」

「おにーちゃんもー!」

「うんうん、今行くよ」

「ああ」


 仲良く手を繋いで歩く茜と柚。仲良しな二人を見ていると心が癒される。


「でも良いのか? お兄ちゃん達は遠くで見とくから、お友達と回っても良いんだぞ?」

「やー!」

「おにーちゃんとられる!」

「取られないよ、お兄ちゃんは」


 しかし、二人はぶんぶんと首を振った。それと同時にミアが握った手を指でちょんちょんとつついてくる。


「あっち」

「ん?」


 ミアが視線を向けた方を見て。思わず苦笑いをしてしまった。


「じー!」


 そこに居たのは、見覚えのある女の子。


 いつかのあの子である。

 二人を迎えに行った時に「あそぼー」と言ってきた子だ。


「こーら、人様のお兄さんをあんまりじろじろ見ないの」

「はーい」


 お母さんらしき人の言う事をちゃんと聞くところ、素直な子だと思う。何より二人の友達だし。


「……お昼くらいは一緒に食べても良いんじゃないかな?」


 折角の遠足なのだから、俺とミアだけでなくお友達とも仲良くして欲しい。


「ん、そだね。仲良くしてる茜と柚も見たいし。どーかな、二人とも」

「んー」

「むー」


 悩む様子の二人。その頭に手を置く。


「お兄ちゃんはいつまでも三人のお兄ちゃんだよ」

「えへー!」

「ずっといっしょー!」

「ああ。一緒だよ、ずっと」


 そして、二人はお互いを見て。うん! と頷きあった。


「しあちゃん!」

「おひるいっしょにたべよー!」

「……! うん! たべる!」


 しあちゃんと言うらしい。二人のお友達だ。


「じゃあおえかきー!」

「するー!」


 お昼がまた少し、楽しみになった。


 ◆◇◆◇◆


 一方紫苑とお母さん。


「あー、そこ。きもちいー」

「ここー?」

「うん、そこー」


 お母さんはうつ伏せになって、紫苑がその背中をふみふみとしていた。


「痛気持ちいい」

「いたいのー?」

「あ、ううん。気持ちいいんだよ。紫苑はどんどん踏むのが上手くなってるわね」

「えへー!」


 気持ちよさそうに目を細めるお母さんに、紫苑は嬉しそうに笑う。

 その笑顔も癒しの一つ。


「お昼はデリバリー頼んじゃおっか」

「わーい!」

「食べたらどうしよっか。紫苑、行きたいところとかあるかな?」

「んーん! おうちでごろごろするー!」

「ふふ、じゃあそうしよっか」


 まったりとした時間を過ごす二人。


「お昼食べたら絵本読もっか?」

「よむー! わーい!」

「紫苑は絵本好きだね」

「すきー! しあわせなはなしすきー!」

「お母さんと一緒だ」


 そこで紫苑はゆっくりとお母さんの背中から降りる。

 気持ちよかったし終わりかなとお母さんが思っていると。


「ぎゅー!」

「!」


 紫苑も横になり、お母さんを抱きしめた。


「だいすきー! だいすきだよー? おかーさん!」

「……お母さんちょっと泣きそう」

「えー! ぎゅーするから! なかないでー!」


 目頭が熱くなる母親をぎゅーっと。強く抱きしめる紫苑。


「お母さんも大好きだよ、紫苑」

「えへー! おかーさんひとりじめー!」


 明日も休んで茜と柚との時間も作ろうと思うお母さんなのであった。


 ◆◇◆◇◆


「かまきりさんかっこいー!」

「むしさんこわいー!」


 茜は昆虫とか結構好きだが、柚は苦手である。


 ちなみに紫苑はどっちでもない。触ろうと思えば触れるが、好んで触りはしない。でもカブトムシは好きらしい。かっこいいもんな。


「かぶとむしさんいないかなー?」

「カブトムシさんは夜に起きてくるから、ちょっと難しいかもしれないね」

「ざんねん! でもかまきりさんかっこいーからかまきりさんかく!」


 茜が虫取り網を構え、じりじりとカマキリさんに近づく。


「えい!」

「お、一発で捕まえたか。お兄ちゃんが虫かごに入れよっか?」

「おねがい!」


 俺も虫は大丈夫な方のため、網の中に居るカマキリを傷つけないよう優しく掴み、急いで虫かごに入れる。


「かっこいー!」

「ああ。かっこいいな、カマキリさん」


 スケッチブックと色鉛筆を取り出す茜を見つつ、柚達の方を見る。


「おはなさんきれーだねー!」

「うん、すっごく綺麗で可愛いね」


 向こうも向こうで凄くほんわかする光景であった。


 虫が苦手な子は柚のようにお花や木を描いて良いらしい。


 しばらくはお花やカマキリを観察する二人を見て過ごしたのだった。


 ◆◆◆


「あかねとゆずのおにーちゃん! おにーちゃんさん?」

「いいよ、どんな呼び方でも」

「じゃあおにーちゃん!」

「だめー!」

「おにーちゃんはわたしたちのおにーちゃん!」


 お昼時。しあちゃん親子と食べていたのだが……。


「や、ほんとモテモテだね。なんかそういうオーラ出てる?」

「なんか子供に懐かれやすいんだよな。昔から」

「……ふーん。良いけどね、別に」


 そう言いながらもちょんと服の裾を掴んでいるミア。これは帰ってからが少し大変そうである。


「うふふ。良かったわねー。時亜しあ

「よかったよかったー」


 しあちゃんはどこかのほほんとしている女の子だ。かと思えばいきなり動き回ったりする。緩急のある子だ。


「むー!」

「おにーちゃんはわたさないもんー!」


 独占欲丸出しな二人も可愛い。


 横から抱きついてきて、膝の上に頭を載せる二人。頭を撫でると少し眠そうに目をとろんとさせた。


「わたしもー」

「むー」

「むむー」


 そして、しあちゃんも二人にならうように寝転がってきた。


「こ、こら、時亜」

「良いですよ、重くないですし」


 いや、良くないのかもしれないが。……でも二人とも、明確に拒絶してる訳でもなさそうだし。


「おにーちゃん! かえったらちゅーじごくだからね!」

「それは地獄と言えなさそうだが……」

「満足するまでちゅーするからねー!」


 有無は言わせてくれないらしい。

 ……しかし、さすがにあれかな。よその子を甘やかしすぎだろうか。


 そう思ってミアを見る。ミアが少しでも嫌そうな素振りを見せていたらやめようと思って。

ミアは少し、そわそわしたように俺を見ていた。


「ミア……?」

「ちょっと耳貸して、とーや」


 ミアが四つん這いになって耳に口を寄せてきて――



「三人とは別で。私もいっぱいちゅーするからね」

「み、ミアさん?」

「ふふ」


 ミアが小さく笑い、茜がんー! と声を上げた。


「おねーちゃんおっぱいおっきー!」


 ミアの胸が茜の顔に乗っかってしまっていた。茜が小さな手で持ち上げるようにしていた。


「あ、ごめんごめん」

「だいじょーぶ!」


 ミアはにこー! と笑う茜の頭を優しく撫でるのだった。。


 ◆◆◆


「楽しかった人ー?」

「「「はーい!」」」


 帰りのバス。先生の言葉にみんなが元気よく返事をした。


 いや、返事をしてない子達もいる。遊び疲れて電池が切れたように眠っている子達だ。


 そして、柚と茜も今すぐそちら側に行きそうである。


「んぅ……?」

「えへー……おねーちゃんすきー」


 柚は今にも眠りそうで、顔がとろとろだ。

 茜も半分眠りながらミアにもたれかかっている。


 帰りのバスは先生の配慮もあって、四人で一番後ろの方に座っていた。


「いいよ、柚。眠って」

「……やー」


 その言葉に思わず驚いてしまった。

 柚がお昼寝を拒否したのだから。


「ど、どうしたんだ? 体調悪いか?」

「んーん……」


 柚が顔を擦り付けながら首を振る。


 その手がぺたぺたと俺を触って、ぎゅーっと抱きついてきた。その力はいつもより弱い。


「ふふ。柚はね。ほんっとうに、もうこれ以上ないってぐらい楽しかった時は眠りたくないって言うんだよ」

「そうだったのか?」

「ん。とーやが見てないだけで、とーやが帰る直前とかは頑張って起きてるんだよ。ねー、柚」

「んー」


 ミアの言葉に返事のようなものを返して、そのとろとろとした瞳で俺を見上げた。


「おにーちゃんー」

「なんだ?」

「あのねー」


 眠たげな声を出しながら、柚は柔らかく微笑む。


「おにーちゃんができてねー。すっごくうれしーのー」

「……」


 可愛すぎないか。

 思わずほっぺたを両手で包んでしまった。


「すっごく嬉しいよ、柚。俺も柚達のお兄ちゃんになれて」

「ぼくはー?」

「もちろん茜のお兄ちゃんで……紫苑のお兄ちゃんにもなれて本当に嬉しいよ。誇らしい」


 手を伸ばして茜の頭を撫でると、嬉しそうに笑った。


「……ミアの恋人になれて、嬉しいよ」

「ふふ。一緒だ」


 ミアも嬉しそうに、楽しそうに笑う。


「柚」

「んぅ……?」

「みんなでまた色んなところ行けるよ。今度は紫苑もお母さんも一緒にね」

「ほんとー?」

「うん、ほんと。いっぱい色んなところ行こうね」

「いくー!」

「わーい!」


 その言葉に満足したからか、柚は瞼を閉じ始めた。


「柚、おやすみ」

「……みなさいー」


 その言葉を最後に、柚はすやすやと眠り始める。


 茜も程なくして、眠り始めた。ミアにぎゅっと抱きつきながら。


「大好きだよ、柚、茜」「大好きだよ、茜、柚」


 ミアと言葉が被り、目を合わせて笑う。


 帰ったら、あの子にも言おうとその目は告げており、俺は頷いた。



 肩を寄せ、バスが着くまでの短い間。

 俺とミアは二人の頭を撫で続けたのだった。

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