おまけ その7 四月一日
「……四月、か」
時が経つのは本当に早い。ミアと交際を初めてもう半年以上経っているのか。
今日もミア達の家に行く約束があった。
「紫苑も来年には小学生か」
思わず感慨深くなってしまいそうだが、紫苑含む皆とは一年未満の付き合いである。これから過ごす一年より短い。
しかし、それも今だけの話だ。五年もすれば、三人からすれば人生の半分かそれ以上は俺と居る事になる。
気の遠くなる話ではあるが。十年、二十年、三十年もすればこの数年は誤差みたいなものになるだろう。
「……よし。服装も髪も変じゃないな」
ミア達は気にしないと言ってくれるかもしれない。しかし、それに甘えてばかりも良くないと思う。
それに、三人の前でかっこ悪いお兄ちゃんは見せたくないから。
理想のお兄ちゃんであり続けないといけない。そうしないと、将来は三人に嫌われてしまうかもしれない。
反抗期、と理由づけるのは簡単だろう。それでも自分に非がないか考え、寄り添えるようにしないと。
……めちゃくちゃ気が早い話ではあるんだけどな。
「さ、行くか」
今日も一日が始まる。
◆◆◆
「おにーちゃん!」
「紫苑。おはよう」
「おはよー!」
部屋の前で紫苑が待ち構えていた。元気に挨拶をしてくれる。
そのまま抱きあげようと思って手を差し出すと――
「や、やー!」
「!?」
反抗期か!?
反抗期なのか!?
ついに来てしまったのか!?
……いや待て、落ち着け。
「し、しし紫苑?」
「や、慌てすぎじゃん。一回落ち着こうよ」
「そ、そそそうだな」
「なんで余計慌てんの……や、私も多分紫苑に同じ反応されたらそうなるんだろうけどさ」
だって、だって紫苑が反抗期に。
いや、確かにいつか来るとは思っていたが。まだ心の準備とか……
「お、おにーちゃん!」
「し、紫苑?」
紫苑がぷいーっ! と顔を背けようとし……ちらちらと俺を見た。
「え、えっとねー? うんとねー?」
「……ん?」
「あのねー? そのねー?」
何かをうんうん考える紫苑。どうしたのだろうか。
「んー!」
試しにその頭に手を乗せてみる。
難しい顔がどんどんニコニコへと変貌していく。可愛い。
紫苑が手を広げてきた。反射的に抱き上げる。
「おにーちゃんだいすきー! すきー! だいすきー!」
「……本当にどうしたんだ?」
可愛いけどとか思っていると、ミアが笑った。
「ほら、今日何の日か覚えてる?」
「あー。エイプリルフールか」
「そ。折角だし楽しみたいじゃん? 朝から『おにーちゃんにうそついてみる!』って言っててね」
「なるほどな」
嘘を考えようとしたけど思いつかなかったのか。めちゃくちゃ可愛いじゃないか。
「うそつきたかったー!」
「ふふ。来年はお兄ちゃんと一緒に考えような?」
「はーい!」
元気に返事をする紫苑。その頭を撫でると、嬉しそうににこー、と笑う。
「おにーちゃんだいすきー! ちゅー」
「俺も大好きだよ」
ちゅー! と唇をとんがらせてほっぺたに押し付ける紫苑。
非常に和む光景であり、ミアもニコニコと笑って俺達を見ていた。
「じゃあ中入ろっか」
「そうだな」
紫苑を抱きしめながら中へ入ると、とてとてと二人が走ってきた。
「おはよう、茜、柚」
「おはよー!」
「おはよー、ふわぁぁ」
茜は元気に答え、柚はおっきなあくびをした。
そして、抱き上げられてる紫苑を見てきょとんとして。ハッ! と目を見開いた。
「うんとねー!」
「えっとねー!」
うんうん唸って何かを考え始める二人。思わず笑ってしまった。
嘘をついたら抱き上げて貰えるとか思ってるのかもしれない。
「ばんごはんははんばーぐらしい!」
「きのーはいちにちじゅーおひるねしてた!」
可愛い嘘である。
「ふふ。晩御飯、本当にハンバーグにしようと思ってたんだけどなー? 嘘なら別のにしないとね!」
「……! やだ! はんばーぐがいー!」
ミアがそーしよーねーと言いながら茜の頭を撫でて、柚が『どうだ! うそをついたぞ!』と言わんばかりに胸を張った。
「一日中ではないけど、柚は昨日お兄ちゃんとお昼寝してたね」
「そーだった! うそってことがばれちゃう!」
「そろそろ可愛すぎて直視出来なくなりそう」
とりあえず柚も抱き上げ、二人まとめて頭を撫でる。
「じゃあ三人とも、遊ぼっか」
「わーい!」
「やったー!」
「だいすきー!」
◆◆◆
「すー、すー」
「すやぁ」
「むにゃむにゅ」
眠ってる子供ってどうしてこんなに可愛いのだろうか。
「えへ、すきー」
柚の頭を撫でると、嬉しそうにそう言葉を漏らした。手をぎゅっと掴んできて抱きしめられる。
「可愛すぎてどうにかなりそう」
「分かる」
手のひらにほっぺたが擦り寄せられて、手のひらがもちもちになってしまう。
むにっと軽く頬を摘むと、柚はくすぐったそうに笑った。
「柚と茜も二年後には小学生。となると俺達は大学生か」
「ん、だね。あ、そうだ。この辺話してなかったね」
ミアの言葉に顔を上げる。
「私さ。大学目指すよ」
「……! そっか」
「ん。元々は就職しようと思ってたんだけどさ。でも、大学行ってからでも遅くないって思ったんだ」
ミアの手が優しく紫苑を。続いて茜の頭を撫でる。
「大学を卒業してもこの子達はまだ小学生だからね。それに――」
その手が柚の頭を撫でた後。伸びてきて、俺の頭をくすぐった。
「とーやと一緒なら、大学生活も楽しめそうかなって」
「……それは嬉しいが。将来の夢とかないのか? あるならそっちを目指しても良いんだぞ」
「私の夢はみんなと暮らす事だよ。紫苑と茜と柚。とーやとね。出来ればお母さん達もだけどさ」
「そっか」
その言葉を聞いて。俺はミアの手に自分の手のひらを重ねた。
「今のところだが。俺はなるべくたくさんの資格が取れる大学に行きたいって思ってる。将来の幅を広げるために」
「じゃあ私も丁度いいかも」
ミアが微笑み、手を握ってきた。
それを見て――
「ミア」
俺は彼女の名前を呼んだ。「んー?」とミアは嬉しそうに聞き返した。
一瞬だけ俺は言葉を躊躇ってしまい……しかし、聞かなければならない。
「一つ、相談がある」
「なーに?」
「高校、卒業したらさ――」
一度、言葉が詰まりそうになって。
強く、ミアの手を握った。
ミアも手を握り返してくれた。
「俺の家、一緒に住んでくれないか。もちろん、みんな一緒に」
ミアは目を見開き、驚いたように小さく口を開けた。
「お母さんと相談しての事だ。幸い、余ってる部屋もたくさんある。三人が大きくなって、自分の部屋が欲しいって言っても大丈夫だ」
「……」
「三人にも後で聞こうと思ってるし、お義母さんからは承諾済みだ」
「とーや」
ミアが俺の名前を呼んで、立ち上がった。
少し性急すぎたかなと、目を伏せ――
「とーや」
気がつけば、ミアは目の前に居て。
倒れ込んできた。
「み、ミア?」
「とーや」
彼女を受け止める。
暖かく、柔らかく……不安を照らす、陽射しのような彼女を。
「私ね。前も言ったけど、恋愛は出来ないと思ってた。結婚も出来ないだろうなって」
「……」
「私さ。家族が一番だから。もし恋人が出来るんだとしたら、私と同じくらい三人の事も大切に出来る人が良いって思ってた。そんなの、夢だろうなって思ってた」
ミアの両手が頬を包む。その緑色の瞳が俺を柔らかく見つめた。
「現実だった。目の前に居たんだ。私と同じくらい、妹の事を大切にしてくれる存在」
「ああ」
俺はミアの事が大好きだ。
しかし、それと同じくらい紫苑と茜、柚の事も大好きだ。
そこには恋愛と家族愛の差があるが。大きさは同じくらいあると言って良い。
「もちろん、とーやは家族だから。一番の中に入ってるよ。……だからさ、とーや」
そっと、唇が重ねられる。
「三人と話してから、になるけど。私はとーやと一緒に居たい。一緒に住みたい」
「ミア!」
その言葉が嬉しくて。また唇を重ねてしまい――
ふと、じーっと。見られてるような感覚に陥った。
「じー」「じ!」「じーー!」
いや。見られていた。隣で寝ていたはずの妹三人に。
「しおんもちゅーする!」
「ぼくもー!」
「わたしもー!」
三人がぴょん! と俺とミアに抱きついてきた。
「ちゅー!」
「ちゅー!」
「ちゅー!」
三人が俺とミアのほっべたにちゅーをしてくれる。そして――
「ねえ、紫苑、茜、柚」
「なあに?」
「どーしたのー?」
「おひるねするー?」
「や、お昼寝はしないけど」
「えー!」
「夜眠れなくなっちゃうからね」
柚は本当にお昼寝が大好きである。
「お姉ちゃんとお兄ちゃんが高校卒業したら、みんなで一緒に暮らそうと思うんだけど。どうかな?」
ミアの言葉に三人がハッ! と目を丸くして。こてん、と首を傾げた。
「えいぷりるふーる?」
「ほんとの事だよ。三人が暮らしたいって思ってくれたらの話になる。どうだ?」
俺の言葉に三人が顔を輝かせた。
「しおんたちもいっしょにくらす!」
「すむー!」
「いっぱいおひるねできるー!」
その言葉に嬉しくなった。
「おにーちゃんといっぱいあそべる!」
「えほんもよめる!」
「みんなでおひるねできるー!」
「ああ。出来るよ、いっぱい」
三人の頭を撫で、強く抱きしめる。
「たのしみー!」
「ねー!」
「わーいー!」
そうして、無事にみんなの賛成を得る事が出来て。
高校を卒業したら、一緒に暮らす事が決まったのだった。
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