おまけ その5 ハロウィンとクリスマス

 十月三十一日


「とりっく!」

「おあ!」

「とりーとー!」


 今。よく俺は意識を保てているなと思う。もう本当にやばい。


 猫耳カチューシャと猫しっぽを付けている紫苑。

 マントを羽織った茜。よく見たら付け牙なので吸血鬼なのだろう。

 そして、真っ赤な衣装に身を包まれた赤ずきん柚。


 三人とも、手にはパンプキンバッグを持っていた。


 今この世で一番可愛らしく愛くるしい子供達だと思う。


「……と、トリックオアトリート」


 そして、その三人を引率してきた彼女。


 とんがり帽子と黒いローブを身につけ、その手には杖を持っている美少女。ミアである。


「三人もミアも、すっごい似合ってるな」

「えへー!」

「かわいいでしょ!」

「ふふんー!」

「あ、ありがと……」


 四人の言葉に頬が緩む。すると、三人がお互いに目を合わせた。


「おかしくれなきゃ!」

「いたずらするぞー!」

「おひるねもするぞー!」

「……いたずらもお昼寝もされたいな」


 何されるんだろう。顔に落書きとかされるのもやぶさかではない。ちょっと可愛すぎると思う。


「ちなみにいたずらって何するんだ?」

「えっとねー! ぎゅーってする!」

「ちゅーもするもん!」

「こんしゅーおひるねのけい!」


 いたずら? ご褒美の間違いなのでは? とか思わなくもないが、少し変態っぽく聞こえてしまいそうなのでやめておいた。


 何にせよお菓子は用意していた。お菓子セットである。


「はい、お菓子だよ」

「わーい! ありがとー!」

「ありがとー! とーやにぃ!」

「ありがとー! あしたおひるねしよーね!」


 柚は相変わらずお昼寝が大好きなようだ。


 三人のパンプキンバッグにお菓子を入れて。ミアのものにも入れようとして――少しだけ気になってしまった。


「ミアは何をするつもりだったんだ?」

「……ふふ。内緒かな」


 ミアはくすりと笑い、三人を一度見て。耳に顔を寄せてきた。


いて言うなら――三人の前だと言えない事、かな」

「ッ……」


 一瞬、呼吸が詰まった。ミアは俺を見て微笑み、そっと胸を撫でてきた。


「し、心臓に悪いから」

「ごめんごめん」


 ミアは俺から離れ――る事もなく。そのまま、三人を呼んだ。


 茜と柚を抱き上げ、ミアが紫苑を抱き上げる。

 距離が近くて、紫苑が両手を伸ばすと茜と柚がぎゅっと手を握った。


「えへー! あかねもゆずもかわいーねー!」

「しおんもかわいーよー!」

「かわいー!」


 そして、三人はミアを見た。


「おねーちゃんもかわいー!」

「かわいーねー!」

「きれー!」

「何この子達持ち帰ってで倒したい」

「いつもやってるだろ……」


 ミアの次に三人は俺を見た。


「おにーちゃんはかっこいー!」

「すっごくかっこいー!」

「ねー! すきー!」

「持ち帰って眠くなるまで撫で倒したい」

「いつもやってるでしょ……」


 なんなんだこの可愛い生物達は。可愛すぎてどうにかなりそうだ。


 ミアと視線を交わし、三人まとめて抱きしめる。……いや。三人を挟んでミアを抱きしめると言った方が正しいのかもしれない。


 俺とミアでサンドイッチになるが、当然苦しくないよう調節する。


「ふふ」


 ミアは俺を見て笑う。


「どうした?」

「嬉しいんだ」


 ミアの手がそっと、俺の頬を撫でた。


「これから先、ずっと一緒に居るんだなって思ったらさ。すっごく嬉しくなった」


 その顔が近づいてきて――一瞬、唇を重ねられる。三人の前だとあんまり唇でのキスはしない。お互い、抑えられなくなってしまいそうだから。


 だから、今のキスは好意というか。もっと健全な意味を持つものだ。言うなれば、三人から向けられる好意と似ているものだと思う。


「大好きな人達と居られるの。嬉しくて、楽しくて……もう、さ」


 ミアの瞳にはうっすらと膜が張っていて。瞬きをするとその膜が一粒の雫となって、頬を流れ落ちる。


「……幸せだよ」


 ミアは顔を滑らせ、頬を押し当てる。涙で湿った肌は、ぴとりと俺の頬にくっついて。離れる事はなかった。


「俺も、幸せだ。みんなと一緒で」


 二人を落とさないようにしっかりと胸に抱いて、指でミアの濡れた頬を撫でる。


「しおんもしあわせー」

「ぼくも!」

「わたしもー!」


 その下で三人は、俺とミアの真似をするように柔らかいほっぺたを擦り合わせていたのだった。


 ◆◆◆◆◆


 十二月二十五日



 ちく、たく、と。静かな部屋に時計の音が鳴り響く。


「……」

「……」


 会話はない。でも、嫌な間ではない。


 ベッドに座って、ミアはこてんと頭を肩に置く。



 紫苑と茜、そして柚はお義母さんとお出かけをしている。こんな時間は度々訪れていた。


 俺とミアは三人と毎日居る。だから、二人きりの場面はほとんどない。学校では他の生徒が居り、二人だけの場面はほとんどないし。


 だから、お義母さんが時々休日に三人を連れて出かけてくれている。いや、お義母さんも三人との時間が出来るのでウィンウィンの関係でもあるか。


 一応というか、俺とミアは恋人同士という訳で。三人には決して見せられないような一面を持っていたりもする。


 しかし、だからと言って毎度そういう事をする訳でもない。

 単純に二人の時間は心地好い。こうして一緒に居るだけで、心は安らぐ。幸せで心が満たされていく。


「とーや」


 普段より少しだけ高い声。意識してやっているのかどうかは分からないが、その声は耳をくすぐるようなものだった。


 その指がそろりそろりと手を駆け上がり、肩に来て。

 どさり、と。俺は押し倒された。


 一切抵抗をしない俺に満足したのか、ミアは微笑み。ぎゅっと、俺を抱きしめた。


「とーや」


 名前を呼ばれる。その目は優しく俺を見て、嬉しそうに微笑んでいた。


「ふふ」


 その唇の端から笑い声が漏れる。

 ミアの頭が胸の上に置かれた。手が何かを探し求めるように動く。


 そっと手を差し込んでみると、ミアは即座に手を取ってきた。

 きゅっと、指を絡めるように握られる。


「……」


 ただ無言で。じっと、その緑色の瞳に見つめられる。


 その握った手が胸の上に置かれ……俺は目を逸らした。


 視界の端で、ミアが笑うのが見えた。


「み、ミア?」

「んー?」

「なんでいきなり立ち上がったんだ?」

「ちょっと位置ずらそうかなって」

「……俺ごとか?」

「そ」


 ミアがしゃがみ、俺に動いてと催促してきた。大人しく動いてベッドの枕の方に体を動かす。


「あ、もうちょい下で」

「……凄く嫌な予感がするんだけど」

「気にしない気にしない」


 しかし、ミアの言葉に逆らう理由もなく。少し下がると、ミアは枕の方に頭を置いた。



 そして――俺の背中に手を差し込み。もう片方の手を前から回してきて。


「よい……しょっと!」

「うおっ!?」


 ぐわん、と視界が揺れ――柔らかい場所へと抱き込まれた。


「み、ミア!?」

「んー?」

「な、何してるんだ?」

「とーやの事ぎゅーってしたいなって」

「し、しかし。重いだろ」

「そりゃね。でも、嬉しいの方が強いかな」


 ミアは言葉通り、嬉しそうに笑っていた。


 手が伸びてきて、頭を撫でられる。


「ね、とーや。一つお願いがあるんだけど」

「……なんだ?」

「私の事、『お姉ちゃん』って呼んでみない?」


 何を言われたのか、一瞬分からなかった。じーっと見つめて微笑むミアを見て、やっと頭が働き始めた。


「おかーさん達がかえってきたらいつもの呼び方でいーよ」


 その手が滑り落ちて、耳をくすぐられる。自分でも赤くなっているのが分かるくらいそこは熱くなっていた。


「おねーさん、好きだもんね?」

「……ノーコメント、は出来ないか」

「ふふ。一番最初で聞いちゃったからね。忘れないよ」


『どちらかというとお姉さんの方が好きだ』


 初対面でこんな事を言う俺もどうかと思う。


 熱くなった耳を手の甲で冷やすように挟まれ、親指で頬をくすぐられる。


「忘れられる訳ないよ」


 その目は絶対に俺の目から離そうとしない。

 俺の目を捉えて逃がそうとしない。


 少しの間、無言が続き――


「……お姉ちゃん」


 そう言うと、ミアの目が見開いた。


「んふふふ」


 ミアが嬉しそうに笑い声を漏らす。


「み、ミアさん?」

「もー、違うでしょー?」


 ミアが俺の脇に手を入れ。一息で俺を上へとずらし――目の前に、ミアの顔が来た。


「……お、お姉ちゃん」

「んふふふふふー」


 ミアが嬉しそうに笑って。


 そっと、口付けをしてきた。一度ではなく何度も。


 ――紫苑達は、まだまだ帰ってこないようだった。

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