おまけ その3 紫苑の運動会 前編

 秋。紫苑の幼稚園で運動会が開かれた。


「しおんがんばれー!」

「がんばれー!」


 てててー! と走る紫苑を二人が応援している。

 今はかけっこ大会の最中だった。


「紫苑、頑張れー!」

「紫苑がんばー!」

「紫苑、頑張ってー」

「がんばるー!」


 俺とミア、お義母さんも応援して、紫苑が走りながらにこー! と笑う。


 本当はお母さんも来たいと言っていたのだが、今日は保育士が特に足りない日だったらしい。後で写真と動画見せてねと言われていた。

 今の紫苑の笑顔もばっちり撮れている。


 そして――


「いちいー!」

「紫苑、凄いじゃないか!」

「紫苑すごい!」

「頑張ったね、紫苑。凄いよー」

「えへー!」


 凄い。めちゃくちゃ凄い。紫苑が一位だ。


「しおんすごーい!」

「すごかったー!」

「えへへー!」


 可愛い。天使の祝福である。


「紫苑。お母さんに向けて報告してみて」

「わかったー!」


 紫苑が笑顔でピースをする。折り紙で作られた金メダルをもう片方の手で持った。


「おかーさん! いちーとったからいっぱいぎゅーしてね!」

「やばい可愛すぎる」

「や、お義母さんにぎゅーしてって言ってるのにとーやがぎゅーしてるんだけど。……次私の番だからね」


 思わず紫苑を抱きしめ、ミアが俺のスマホを取って俺と紫苑へとカメラを向けた。


「ちゅー!」

「紫苑の可愛さは世界を救えると思う」

「分かるけどテンションおかしくなってるね?」


 紫苑は次にミアとぎゅーをしてから自分達のクラスへと戻っていったのだった。


 ◆◆◆


「あー、可愛い。映像越しでもこんなに可愛いってどうなってんのさ。もう国宝でしょ」

「ミアもテンションおかしくなってるな? めちゃくちゃ分かるけど」


 ミアも俺同様にテンションが高くなっていた。


 見ているのは紫苑達のダンスの動画である。可愛い。可愛すぎる。なんでこんなに可愛いんだ。


「えへー。紫苑かわいー?」

「世界一。ううん、宇宙一」

「えへへー」

「ぼくはぼくはー?」

「わたしはー?」

「もちろん茜と柚も宇宙一可愛いよ」


 三人まとめてぎゅーっとするミア。凄く微笑ましい光景だ。


「にへー」

「んー」


 紫苑は嬉しそうにしながらも、オードブルを見つめていた。お昼だしお腹が空いたのだろう。


「唐揚げ食べるか?」

「たべるー!」


 小さい唐揚げをお箸で一つ摘んで、紫苑の口へと運ぶ。


「おいふぃー!」

「とーやにぃ、ぼくも! みーとぼーる!」

「わたしはぽてとー!」

「ああ、順番こな」


 ミアに抱きしめられてる三人に次々とご飯を食べさせる。


「おいしー!」

「じゃがじゃがー!」


 ポテトはそんなふうに鳴かないと思うけど、可愛いので良いと思う。


「あ、じゃあとーや。私も」

「分かった。何食べる?」

「んー。あ、アスパラ食べたいかも」

「了解だ」


 そうしてご飯を食べさせていると、小鳥に餌をあげているような気分になってしまう。いや、それは失礼か。


 でも可愛いのは確かである。


 ある程度食べさせ、ミアが三人を離して。改めてお昼を食べる。


「午後は保護者参加型だっけ」

「ああ。紫苑と一緒に出ようって話したからな」

「そー! おにーちゃんとでるー! いちいいっぱいとるー! あ、でもおねーちゃんともでたいー!」

「ふふ。じゃあ私も一個くらい出ようかな」

「お母さんはここで撮ってるからね」


 意外と体力を使う種目が多い。最初はお義母さんも出たいと言っていたが、最近腰を痛めたらしいので無理をさせる訳にはいかない。だから俺とミアが出る事になったのだ。


「最初は……保護者参加型の障害物競走だっけ」

「最後以外は俺が紫苑をおぶれば良いんだよな?」

「わーい!」


 ぴょん! と背中に飛びついてくる紫苑。まだ早いが良いか。


「紫苑」

「なあに?」

「やるからには一位、取ろうな」

「……! おー!」


 天高く拳を突き上げる紫苑。


 紫苑達にかっこいい所を見せなければいけない。


 ◆◆◆


「色々あるな」

「たのしそー!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる紫苑に微笑みつつ、周りを見る。


 周りを見て思った。

 ……殺伐としている。


 息子や娘と一緒にいるパパさんが多い。精神統一をしていたり、子供を抱っこしながらコースを見回したりしている。


 かっこいいとこ、見せたいんだろうな。


 反対にママさん方は子供達と手を繋ぎながらほんわかしている方達が多い。


 もちろん、ほんわか楽しそうなパパさん方も、真剣な表情をしているママさん方もいる。



「……頑張ろうな、紫苑」

「がんばるー!」


 そこそこ茨の道となりそうだ。



 すると、一人のパパさんが近づいてきた。

 紫苑がむー! とほっぺたを膨らませてぎゅーっと俺に抱きついた。どうしたのだろう。


 パパさんが抱っこしてるのは男の子である。


 男の子がびしっ! と指を俺に向け……パパさんに行儀が悪いからやめなさいと叱られていた。


「しおんちゃんはぼくがもらう!」

「ほう?」


 思わず低い声が出てしまった。紫苑がびっくりしたように俺を見ている。


「あ、ごめんごめん。怖がらせるつもりは……なかったんだ」


 男の子が涙目になってしまったのでそう弁解する。……うん。怖がらせるつもりはなかった。少なくとも意識的にはない。


「いきなりごめんね。はやてがどうしてもって聞かなくて」

「いえいえ、別に大丈夫ですよ。……ええ」


 ああ。はやて君。この子だったのか。紫苑に告白してきた子。


 なんとなく分かった。紫苑に良い所を見せたいのだろう。あと、俺を敵対視してる。宣戦布告みたいなものだろう。


 しかしだ。


「俺としても、妹にかっこいい所は見せたいですからね」

「……ああ。気持ちは一緒という訳だ」

「んー? おにーちゃんはいつもかっこいーよー?」


 紫苑。颯君が凄い表情で見てきてるんだけど。


「ぼくにはかっこいーっていってくれないのに」

「つーん!」


 パパさんが苦笑いである。紫苑は俺の胸に顔を埋めてきた。


「準備はよろしいですかー?」


 そんなやり取りをしていると、どうやらそろそろ始まるようだ。



「ぱ、パパもかっこいーんだから! ぼくもおんなじくらいかっこいーもん!」

「おにーちゃんのほーがかっこいーもん!」


 紫苑が手を広げてきた。抱き上げると、ほっぺたにちゅーをしてくれた。颯君に大ダメージである。


 パパさんも羨ましそうに見てきて、自分の子供を見つめた。……いつか俺もこういう目を三人に向ける日が来るのだと思うと、複雑な気持ちになる。


「それではみなさん、位置についてー」

「ほら、颯。掴まってね」

「うぅ……はーい」

「紫苑。抱っことおんぶ、どっちが良い?」

「だっこー!」

「分かった。しっかり掴まっててな」

「はーい!」


 紫苑をしっかり抱えて。なるべく前の方へ行く。


「よーい……どん!」


 紫苑をしっかり抱え、走り出す。



 少し迷ったものの、全力で走り出して良かった。これ、思った以上にみんな本気である。



 若いパパさんが多いからだろうか。

 そして、子供達はみんな楽しそうだ。


 走ると言っても数十メートルの距離。すぐに最初の障害物に辿り着いた。


「紫苑」

「はーい!」


 障害物は子供と一緒にクリアしないといけない。

 最初の障害物は平均台だ。いくつか並べられた平均台の端の方に紫苑を下ろした。


「転ばないようにな」

「はーい! おかーさんのせなかふみふみしてとっくんしたもん!」


 とことことことこ。

 両手を広げてバランスを取りながら歩く紫苑。俺もその後ろを歩く。


 体幹は良い方だ。紫苑達によく抱きつかれるから。


「いこー! おにーちゃん!」

「ああ」


 手を広げてくる紫苑を抱き上げ、また走る。今のところは俺が一番らしい。


 しかし、そう思ったのもつかの間。すぐ隣に颯君親子がついてきていた。

 紫苑がぎゅー! と強く抱きついてくる。


 次は……網くぐりか。



「しおんさきいくねー!」

「分かった」


 紫苑が先に入り、すいすいと進んでいく。めちゃくちゃ身軽だ。


「意外と身動き取りにくいな」


 下にはブルーシートが敷かれているので、服が汚れたりはしない。……後から来る人達は多少汚れそうだが。



 どうにかほふく前進をして進んでいると、紫苑が戻ってきた。


「にこー!」

「……もちもちして良いか?」

「わーい!」


 ちょっと可愛すぎると思う。目の前でニコニコされたらもちもちせずにはいられない。


 ちょっとだけほっぺたをもちもちむにむにして、またほふく前進で進む。紫苑は隣でずりずりと俺に合わせて這った。


「……ふう。意外と大変だったな」

「たのしかったー!」


 紫苑が抱きついてきたので抱き上げ、走る。……まさかとは思ったが、あの二人に先を越されてしまっていた。いや、もちもちしていたので当たり前かもしれない。


 最後の障害物は――あれ。名称なんて言うんだろうか。あの、アーチ状のジャングルジムのようなものである。


「紫苑。支えるぞ」

「だいじょーぶだよー! いつもあそんでるもん!」


 今回は子供がそのアーチを渡りきらなければならない。俺の場合は紫苑である。


 ただ、運動が苦手な子は保護者が補助したり、上の方から渡っても良いらしい。


 しかし、紫苑はだいじょーぶ! と胸を張って答えた。正直不安だが……ここで見守るというのも保護者の役目か。


「分かった。見守るよ」

「うん!」


 万が一には備えるが。紫苑が言うのなら見守ろう。


 紫苑が手を掛け――自分の体を持ち上げた。


「おお!」

「えっへん!」


 可愛い。


 そのまま紫苑が器用にすいすいと進んでいく。天才か?


「みてみてー! すごいでしょー!」

「ああ。凄い。めちゃくちゃ凄い。やばい。天才。あとめちゃくちゃ可愛い」

「えへー!」


 可愛い。


 ……待て。なんか俺、三人が絡むと著しくIQが下がってないか?


「できたー!」

「凄い。偉い。可愛い」

「えへへー」


 ……まあ、嬉しそうだし良いかな。


 そして、俺達は颯君親子に少し遅れて走り出したのだった。



 ――――――――――――――――――――――


 作者からのお知らせ


 おまけ、5話では終わらなさそうなのでもう少し続きます。多分10話以内では終わります。多分。

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