おまけ その1 夏休みの後

「おは……」

「はよー……」

「なんで夏休みってこんだけしかねえんだよ……」


 夏休み明け。皆という訳ではないが、憂鬱な生徒が多い。


「おはよ、とーや」

「おはよう、ミア」


 そんな中。どこかテンションが高かった俺とミアは目立っていたと言えるだろう。


 窓際に居るミアへ近寄ると、凄く嬉しそうにミアは手を振ってきた。そしてちょんちょん、と自分の隣を指で叩いた。こっちに来てと言っているのだ。


 珍しい事だと思いながら隣に行くと――そっと手を握って。自分の後ろに隠すようにした。


 ミアは『これならバレないし良いでしょ?』とでも言いたげにしていた。いや、めちゃくちゃ見られていたのだが。……言うのは野暮か。


「とーや」

「ん?」

「……呼んでみただけって言ったら怒ったりする?」

「怒らないよ、別に」

「そっか」


 ぎゅっと手を繋いで。ミアが笑う。


「学校。楽しいね、とーや」

「ああ、そうだな」

「ふふ」


 楽しそうに。ミアは笑う。


 きっと、罪悪感というか。そういうものがあったのだろう。……夏休み前まで俺とミアの恋人関係は『偽』だった訳で。周りに嘘をついていたという形になる。


 心の引っかかりが消えたのだ。


「ね、とーや」

「なんだ?」

「今日のお昼、とびっきり美味しいの作ってきたから。楽しみにしててね」


 ミアは俺の肩に寄りかかって、頭を乗せてきた。


「ああ、楽しみだ」


 セミはまだ鳴いていて、日差しは強く。


 でも、暑いというよりは暖かい。


 ひんやりとした空気の教室はどこか暗い。それが対照的だった。



 そんな中、日差し側に居た俺とミアは目立ち続けたのだった。……ずっと。放課後になるまで。


 ◆◆◆


「……なんかすっごい見られてない?」

「何かあったのか? ……いや、ないよな」


 お昼休み。なぜか教室の前に人だかり……は出来ていない。

 ただ、普段の三倍くらい人通りがある。よくぶつからないなと感心するほどだ。


「という事で俺が説明しよう」

「うおっ……俊。お前生きてたのか!?」

「生きとるわ。はっ倒されるぞ」

「はっ倒される側なのかよ」


 いつものやり取りに俊がカラカラと笑う。夏休みはあれからチャット以外はしていなかったが、いつも通り元気そうである。


「先に言っておくが、悪い意味で見られてる訳じゃ……いや。好奇の目と言や好奇の目なんだが」

「凄く不安になったんだが」

「や、前みたいな奴ではねえから安心してくれ」


 その言葉にホッとする。……今またミアに変な噂を流すような輩が出てきたら、どうしてしまうか分からない。


 具体的には家まで乗り込んで親御さんとお話を三日くらいしてしまいそうだ。暴力は後々紫苑達三人に顔向け出来なくなるのでやらない。


「まあ、要はだ。……いや、なんつうかよ」

「いきなり歯切れが悪くなったな。どうした?」

「ぶっちゃけるぞ」


 じっと、俊が俺達を見て。


「お前らが学校で一番イチャイチャしてるから目立ってる」

「……ん?」


 そう言われ。思わず困惑してしまった。しかし、俊は真面目な表情をしている。


「悪い。ちょっと理解が追いつか――」


 俊が指をさした。それと同時に俺の口からあー、と声が漏れた。


 そこは机の下。上からだと分からないが。



「……あ」


 ミアが気づいたようで、ばっ! と脚を離した。


 そう。俺の右脚がミアの脚に挟み込まれていたのだ。


「つ、つい癖で」

「ちょ、ミア」


 ミアの言葉に周りの……特に女子がざわめき出した。特にあの三人。


「癖……!?」

「家ではずっと挟み込んでるの……!? その御御足おみあしで!?」

「まさか……そういうへき!?」


 すごく誤解が生まれてる気がする。


 そして、ミアの言葉に心当たりもあった。ミアとは隣同士で座る事が多いが、三人が居る時は対面に座る事もよくある。


 その時は紫苑や茜、柚は俺とミアの隣か上に座るのだが。よくミアが足でつついてくるのだ。

 時には足をくすぐったりしてきて、三人にバレたりもする。


 現実逃避にその事を思い出し。教室の外を見る。



 ……丸見えだっただろうな。あそこからだと。


「なるほど」

「ちなみにそれ以外でも色々。いや、まさか普通に恋人繋ぎで校内歩き回るとか俺も思わなかったからよ」

「あー」


 こちらも癖である。紫苑達とも手を繋いで歩くが、ミアとは……いつから指を絡めて繋ぐようになったんだったか。


「しかもなんなんだよあの会話。『あ、悪い。あれ忘れたから取りに行ってくる』『もう、やっと気づいたの? ほら、持ってきてるよ』って。夫婦か。大事な書類忘れがちな事を見越して先に鞄に書類入れる妻か」

「例えが具体的……しかし、まあ。癖だな」

「聞かないようにしてたけどどんな生活してんの!? あんま恋バナしない俺でも気になるんだけど!?」


 みんなで出かける時とか、三人の荷物を確認して自分が忘れ物をするとか。いつからかミアが俺よ荷物を確認してくれるようになってしまったのだ。


「あとあれだ」

「まだあるのか」

「俺のセリフだわ。なんでまだあるんだよ」

「……ごもっともです」


 今日一日でどれだけやらかしてるんだ、俺達。


「二十分三十五秒。これがなんの数字か分かるか?」

「皆目見当もつかないが」

「お前達が授業中見つめ合ってた平均時間らしいぞ」

「待て。ツッコミどころが多すぎるんだが」


 いや、そんなに見て…………。


 板書以外は割と見ていた気もするな。

 だとしてもだ。なんでその時間計った上に平均時間計算してるんだ。


「まあ、そんなところだな。授業はちゃんと聞いてるっぽいから先生が注意しにくいって言ってたぞ」

「……気をつける」


 おうよ、と笑う俊。……この男は本当に。


「ありがとな、俊」

「おうよ、親友。んじゃ俺も飯残り食ってくるわ」

「ああ」

あずま君」


 立ち去ろうとする俊をミアが呼び止めた。


「あー、その。ありがと。教えてくれて」


 ミアが言えば、俊はニカッと気持ちの良い笑顔を浮かべた。


「おうよ、親友の妻」

「言い方」


 良い感じで締まりそうだったのに、余りにもな言い方にミアが突っ込んだのだった。


 ◆◆◆


「とーやにぃ!」

「おにーちゃん!」

「茜、柚。楽しかったか?」

「たのしかったー!」

「おひるねいっぱいしたー!」


 元気いっぱいな二人に思わず笑顔になってしまう。二人を抱きしめながら頭を撫でると、えへーと笑ってくれる。可愛さが限界突破してきたな。


 そして、茜と柚は今度は紫苑とぎゅーをした。


「えへー。あかねとゆずだー!」

「えへへー」

「しおんもたのしかったー?」

「たのしかったよー!」


 なんだこの光景。天国か? 写真撮っても良いか? もうミアが連写してたな。


 三人は大人になっても仲良しで居て欲しい。中学高校生になってもぎゅーをしている三人とか……破壊力やばいだろうな。


「えへー! ふたりともすきー!」

「ぼくもー!」

「だいすきー!」


「なんか泣きたくなってきた」

「分かる。可愛さがもうやばい」


 なんか、心の疲れとかそういったものが全て浄化されそうだ。


「だめー! なかないでー!」

「とーやにぃもおねーちゃんもだいすきだよー!」

「わたしもだいすきだよー!」


 可愛すぎて溶けそう。


 ミアと共に三人を抱きしめていた時だ。


「あー! あかねのおにーちゃんだー!」

「ん?」


 保育園の方から小さな女の子がてててーっと走ってきた。保育士さんが慌てて追いかけてきている。


「あかねとゆずのおにーちゃん! あそぼー!」

「こ、こらこら。ごめんなさい」

「いえい……え?」


 少しくらい、と思ったものの。足にひしっと抱きついてきた感触に言葉が詰まった。



 見ると、茜と柚が両足に抱きついていた。紫苑はぷるぷるとしながら手をぎゅっと握った。


「だめー!」

「おにーちゃんはわたしたちのー!」


 その言葉にああ、と声が漏れる。


 頬が緩んでしまった。


「あー……ちょっと彼、昔手伝いに行った保育園で人気者だったみたいで。その話、この子達が聞いたのが結構最近の事でして」

「ふふ、そうだったんですね。……可愛い」


 分かる。めちゃくちゃ可愛い。


「むー!」

「……ごめんね。ちょっとこの後、みんなでお出かけしないといけないから遊べないんだ」

「そーなんだー! ざんねん!」


 良かった。どうにか柚と茜が嫌われてしまうという未来はなくなったようだ。


「おでかけ!」

「わーいー!」

「やった!」


 ……ついお出かけと言ってしまっていたな。


「ふふ。行きたいとこある?」

「えっとねー!」

「うんとねー!」

「いっぱい!」


 茜と柚が悩み、紫苑の言葉にハッとしてうんうんと頷いた。


 ミアは三人の頭を順番に撫でている。


「今日はバイトもないし、お外でご飯食べよっか」

「やったー!」

「わーい!」

「ひさしぶりー!」


 どうやらお出かけはおっけーのようだった。三人に嘘をつく事にならずホッとした。


「じゃーまたあしたねー! あかねちゃん!ゆずちゃん!」

「またあしたねー! せんせーもさよーなら!」

「ばいばーいー! さよーならー! せんせー!」

「はい、さようなら。また明日ね、茜ちゃん。柚ちゃん」


 先生達に挨拶をして、柚と手を繋ぐ。今日は紫苑と茜はミアと手を繋ぎたい気分らしい。



「さ、どこ行こっか?」

「あ! としょかんいきたい!」

「いきたい!」

「よみきかせー!」


 三人の言葉にミアが笑顔で頷いた。


 きっと、こんな日が続くのだ。いつまでも、という訳にはいかないだろうが。



 せめて、三人が反抗期に入るまで。甘やかし続けたいなと思い――


 三人の頭を撫でたのだった。

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