第44話 家族

「じゃ、最後は私だね」


 柚を離し、また三人を抱きしめ終わった頃。ミアがそう言った。


「ん、三人もよく頑張ったね。サプライズ成功だ」

「えへー」

「えへへー」

「えへへへー!」


 ミアはニコリと笑って、紫苑、茜、柚の頭を撫でた。三人とも可愛い。


 そして、ミアはリュックを取る。その中から――少し大きな箱を取り出した。


 綺麗な包装をされていて。三人はにこにことミアの事を見つめていた。


「とーや」


 ミアは俺の名前を呼んだ。柔らかく、暖かな瞳で俺を見て。箱を差し出してきた。


「誕生日おめでと。プレゼントだよ」

「ありがとう、ミア。開けても良いか?」

「もちろん」


 その箱を受け取る。やはり、三人のものより少し重い。


 大きいので机の上に置いて、ゆっくりと。丁寧に包装を解く。


 そして、箱を開け――



「――ぁ」


 思わず、声が漏れた。



 お皿だった。大きな。あの時割れた大皿と同じくらいの大きさ。


 そのお皿は――とても。とても、綺麗だった。



 大きな雪だるまに、ぶどう。リンゴ。柚が寄り添うように描かれていて。それらが大きな、黄色のハートで囲まれている。


 何を意味しているのか、すぐに分かった。


「雪だるまがとーや。柊弥って名前、冬に付けられたでしょ? それで、ぶどうは紫色で紫苑。リンゴは赤色で茜。柚は柚。……ハートは私。ミア。愛って事でね。自分で言うのはちょっと恥ずかしいけど」


 思わず見蕩れてしまうほど、そのお皿は綺麗だった。


 既に目尻が熱くなっていた。堪えていると、ミアが微笑んだ。


「ね、とーや。とーやに伝えたい事があるんだ。ずっと、伝えたかった事が」

「ミア――」

「お願い。私から言わせて。……今度は、私の番だから」


 俺の言葉を遮って、ミアは言った。頷き、口を閉じると、ミアの瞳はより一層暖かくなった。


「ありがと」


 ミアがそう言って。ふー、と長く息を吐いた。


「とーや」


 名前を呼んで、手を取られた。


「夏休みさ。いっぱい、色んなとこ行ったじゃん。楽しかった?」

「……ああ。凄く楽しかった」


 指を絡めるように、手を握られた。とても暖かい。太陽の光のようだ。


「私もね、楽しかったよ。すっごく。今まで生きてきた中で一番。三人もそうだよね」

「たのしかった!」

「いちばん!」

「みんないっしょー!」


 三人の言葉を聞いて。ミアは嬉しそうに笑う。それはもう、凄く嬉しそうに。



 ミアが一歩近づいてきた。


「ね、とーや」


 俺の名を呼んで、ミアが近づく。かなり近い……というか、体はほぼ密着していた。



 すぐ目の前に、ミアの顔があって――



「本物の家族、なろ」



 その瞬間。俺はミアに唇を重ねられていた。



 呼吸が止まった。頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなった。


 そして、同時に。真っ白になった頭を、心を。幸せが染め上げていく。


 じんわりと、溶け込んでくる。幸せが。心を満たしていく。



 ゆっくりと。唇が離された。


「私さ。とーやの事、大好きだよ」

「……じ、順番。逆じゃないか? せめて」

「ふふ。こっちの方がインパクトあるかなって」


 ミアが小さく笑って――また。唇を重ねてきた。


 やっと考えられるようになってきたのに。また、幸せで満たされて。何も考えられなくなってしまう。


「大好きだよ。家族になって、一緒に人生を歩んで欲しいって思うくらい。とーやの事が大好き」


 唇を重ねられた。これを挟まないと、続きを話さないとでも言いたげに。


「私ね。もう恋愛なんて出来ないって思ってた」


 おでこをこつんとぶつけて。ミアは言った。


「この子達が幸せになるなら、それでも良いかなって思ってた。そんな時に――」


 ミアの手に頬を撫でられる。白く綺麗な指が頬をくすぐってきた。暖かい。


「とーやに会ったんだよ。誰よりも優しくて、かっこいい、とーやに」

「俺はべつに――」


 そう返そうとして。ミアに唇を塞がれた。これで何度目だろうか。


「とーやがマイナスな事言おうとする度に私、割り込むからね」

「また強引な――」


 言葉を遮られ、唇を塞がれて。何を言おうとしていたのか分からなくなってしまう。


「ふふ。とーやは強引な方が好きなのかな?」


 その言葉に俺は何も返せなくなってしまった。


「とーやはかっこいーよ。誰よりも。それで、誰よりも優しい」

「……」

「でも、ちょっと甘えんぼな所とかは可愛くて。全部、全部ひっくるめて好きになった」


 ミアの鼻がつん、と鼻に当てられる。


「とーや」


 名前を呼ばれた。とても耳に心地の好い声。


「過去はもう、どうしようも出来ない。でもね、忘れる必要はないんだよ。おとーさんとおかーさんの事」


 目を、見開く。呼吸が止まる。心臓すらも止まったかのような錯覚を起こした。



「だけど、新しく家族の思い出は作れるよ。私達と家族になればね。本当の家族に」



 ミアの言葉はじわり、じわりと心に染み込んでくる。


「あ、一つ勘違いしないで欲しいんだけど。家族の思い出を作ってあげたいから言ってる訳じゃないよ」


 分かってる。


「あくまで副産物って言えば良いのかな。ただ同情して言ってる訳じゃないから」

「分かってるよ」

「ん。なら良いんだ」


 ミアがにっと笑って。


 唇を重ねられた。



「……マイナスな事は言ってないけど」

「したいからしたんだけど?」

「……そっか」

「そ。我慢、もうしないから」


 ミアの笑顔は心地良く、気持ちの良いものだった。


「ちょっと長くなっちゃった。本題に戻ろっか」


 ミアがそう言って、一度目を瞑る。


「私はとーやの事が大好きだから、本当の家族になりたい」


 その目が開いて。緑色の、暖かな。しかし、しっかりとした瞳が俺を覗く。


「とーやの事が大好きだから、一緒に歩み――」



 最後まで、ミアは言い切る事は出来なかった。



 今度は俺の番だったから。



 ゆっくりと、唇を離して。ミアの目をじっと見つめる。


「ミア」

「……はい」

「俺も、ミアと家族になりたい」



 視界が滲み始める。それでも、ミアの綺麗な瞳は輝きを放つのが見えていた。



「俺も、ミアが大好きだ。ミア達が大好きだ」

「……ん」

「待たせて、ごめん」

「いーよ。そんなに待ってないから。てか私が待ってって言ったんだし。夏休み序盤でさ」

「……ありがとう」


 また。今度は俺から唇を重ねる。抱きしめる。


「俺も、ミアと。ミア達と人生を歩みたい」

「……うん!」

「ミアと、本当の家族になりたい。……まだ、法律とかあるけど。二年後、結婚出来るようになったらしたい」

「うん! しよう、しようよ。きっとお母さん達も良いって言ってくれるよ」

「ああ。それで、ミアと。ミア達と、思い出をたくさん作りたい」

「作ろ。作ろうよ。いっぱいさ」


 自然と、涙が溢れ出てきた。


 あの日、流しきったはずの涙。……違う。もう、絶対に泣かないと決めたはずの涙。


 そのはずなのに。今日はたくさん、涙が溢れ出てくる。


「……ミアと、家族になりたい」

「ん。なろうね」


 でも、その前に。


「ミア」


 もう一つ、聞かなければいけない事があった。かなり、今更になるが。


「なーに?」



「俺と、本物の恋人になってくれ」



 滲む視界の中。見えたミアの顔は――


「はい!」



 とても、とても綺麗で。可愛かった。






 その日。俺はミアと、紫苑と、茜と、柚と。そして、ミア達のお母さんと、そしてお母さんと。



 本当の意味で、家族となったのだった。

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