第43話 紫苑・茜・柚からの贈り物

 お母さん達が部屋から出ていってから。ミアが息を吐いた。


「……ふー。凄かったね、二人とも」

「すごかった!」

「すごかったね!」

「すごかったー!」


 ミアの言葉に三人がこくこくと頷いた。ミアは三人を見て……そして、俺を見て笑う。


「とーやも、良かったね。お母さんと仲良くなれたみたいでさ」

「ああ。……全部、ミアと。紫苑、茜、柚のお陰だ。ありがとう」

「それは違うよ」


 俺の言葉にしかし。ミアは首を振った。


「とーやが頑張ったんだよ。前、向けたんだよ。……凄いんだよ、ほんとに。頑張ったのは私達じゃなくてとーやなんだから」

「それでも。俺がああ言えたのは、ミアの。そして、三人のお陰だよ。……特に紫苑」


 しゃがんで、手を広げると。紫苑がきょとんとしながらも抱きついてくれた。


「紫苑は当たり前のように呼んでくれたけど。俺の中では凄く勇気づけられた事なんだよ」


 叔母とか、その辺の呼び方が分からなかっただけなのかもしれない。


 それでも。あそこで叔母の事を「おにいちゃんのおかあさん」と呼んでくれたから、俺は言えたのだ。


 紫苑が背中を押してくれたのだ。


「ありがとう、紫苑。本当に……ありがとう」

「どーいたしまして!」


 にこー! と笑う紫苑に癒され。そわそわとしていた茜と柚も呼んで、ぎゅっと抱きしめる。


 強く。しかし、苦しくないように抱きしめてから俺は三人を離した。


「そんじゃ、誕生日のやついこっか、紫苑、茜、柚」

「はーい!」

「わかった!」

「わーい!」


 ミアの言葉に三人が頷いて。少しそわそわしたように、自分のリュックへと走り出した。


 それにしても、三人から誕生日プレゼントか。


 ……少し想像がつかなかった。なんなのだろう。


 そして、三人が自分のリュックから取り出したのは――綺麗に包装された箱。


 紫苑が持っているのは長方形の箱。

 茜が持っているのも長方形だが……紫苑のものより高さがあり、香水の入っていた箱と形が似ているが、それより少しだけ大きい。

 そして、柚が持っているのは少し大きめな、正方形の箱。


「おにーちゃん」


 紫苑が出てきて。俺の前に立った。


「おさら、わってごめんなさい」


 その言葉にあの時の記憶がフラッシュバックし……しかし、すぐに掻き消えた。


「おにーちゃん」


 紫苑がその箱を小さな手で持って。差し出してきた。


「がんばって、つくったから! うけとって、ください!」

「……作った?」


 その箱を受け取り――思っていたより重かった。


「開けても良いかな?」

「うん!」


 頷く紫苑を見て、包装を丁寧に解く。箱は無地で、開けると――


「――そう、来たか」



 新聞紙に包まれたもの。つまりは割れやすいもので……というか、形状で何なのか分かった。


 その新聞紙を取る。



 小さなお皿だった。お皿の真ん中に、雪だるまが描かれたお皿だ。そしてぶどうも描かれている。ぶどう、好きなのだろうか。


「もしかして――」

「しおんがかいた!」

「……そう、か。そうなのか。でも、いつの間に」


 そう言いながら。一つ、心当たりを思い出した。


 夏休みが始まってすぐの事。俺が俊とカラオケに行っている間、四人は用事があると行っていた。


「お皿が割れちゃった後ね。急いで探して、お皿作りとかが体験出来るところ探したんだ」

「……なるほど」

「出来れば今日に間に合わせたかったからね。一ヶ月あれば出来るみたいだったから。向こうの人にもお願いして、ちょっと急いで貰ったんだ」


 そうか。


 ……そっか。


「職人さんに教えて貰いながら形整えてね。色付けまでやってから後は任せる感じで」

「……そうだったんだな」


 そのお皿を。俺は割れないよう、慎重に扱いながら。胸に抱いた。


「紫苑」


 紫苑の名を呼んだ。でも、その声は震えてしまって。


 伝えないといけない。この気持ちを。


「ありがとう、紫苑。大切にするよ。凄く大切にする」


 ゆっくりとそのお皿を机に置いて。腕を広げる。


 紫苑がえいっ! と。抱きついてくれる。


「大好きだよ、紫苑。……本当に。大好きだ」

「しおんもね、だいすきだよ! おにーちゃんのこと、だいすきだよ!」


 紫苑の目が潤み始める。俺も視界が滲み始めていた。


「しおんね、おにーちゃんがだいすきだよ。ほんとだよ」

「ああ、分かる。分かってるよ」

「ほんとだからね! うそじゃないよ!」

「ああ。分かってるよ。疑ってないよ。本当に……俺も大好きだよ」


 紫苑の頭を撫で、抱きしめて。いつかぶりに流れ落ちた涙で、紫苑の肩を濡らしてしまった。


「大切にするよ、紫苑」

「うん! でも、われちゃったら、またつくるから!」

「ああ。ありがとう、紫苑」


 少し離して。紫苑の額にキスをすると、紫苑はえへーと、泣きながら笑った。



 俺の心は暖かく。じんわりと、何かが溶かされていくようだった。


 ◆◆◆


「ぼくはねぼくはね! あ、だめ! さぷらいず! とーやにぃあけて!」

「ああ、分かったよ」


 紫苑と一緒に泣いて、抱きしめて。次は茜の番であった。


 自分で何が入ってるのか言いそうになって、ハッとなって口を手で閉じる茜。可愛い、


 そして、茜から渡された箱には――コップが入っていた。


 そのコップには、雪だるまとリンゴが描かれていた。


「あのねあのねー! せんせーにおしえてもらいながら、がんばってかいたよ!」

「ああ。とっても上手だよ」


 凄く、とても上手でかわいらしい絵だ。


「ありがとう、茜。大切にするよ。……大切にするよ」

「えへー! ぼくも、もしこわれちゃってもまたつくりにいくからねー!」

「ああ。ありがとう」


 また涙が溢れそうになって。茜を抱きしめ、その額にキスをする。


「大好きだよ、茜」

「ぼくも! だいすきだよ、とーやにぃ! だいすきー!」


 ぎゅーっと。音が出そうなくらい強く抱き締めてくれる茜。自然と、涙は零れ落ちていた。


「おーきくなったらおよめさんにしてねー!」

「……きっと、十年もしたら茜にも好きな人が出来るよ」

「もーできてるもん! とーやにぃがすきだもん!」


 茜の言葉に小さく笑う。「ほんとだよー?」と言ってくれる茜。


 ハグから解くと、茜は少しだけ不満そうにむー、とほっぺたを膨らませていた。可愛いのでほっぺたをもちもちすると、すぐにえへー! と可愛らしく笑った。


「じゃーつぎはわたし!」

「ああ。柚は何だろうね?」

「えへー! みてみてー!」

「ああ、ありがとう」


 柚から箱を貰う。包装を解いて、箱を開けると……


「お茶碗か」

「そー! おちゃわんー! ごはんいっぱいたべてー!」

「いっぱい食べるよ、柚。ありがとう」


 お茶碗には雪だるまとみかん……じゃないな。


「柚、か」

「そー! かいてみたのー!」

「ふふ。柚らしいな」

「えへー!」


 みかんではなく柚。果物に自分の名前を持つ特権だ。


 その時俺は気づいた。


「……ああ、そうか。みんな自分の色の果物を描いてたんだな」

「やっときづいたー!」

「そーなんだよ!」

「えへー! やっぱりわたしのできづいたー!」


 てっきり自分の好きな果物を描いてるのかと思ったが、そうだったのか。


「オシャレだね」

「えへー!」

「えへへー!」

「えへへへー!」


 三人の言葉にほっこりしながらも……やはり。三人を見ながら、俺は泣いてしまっている。


「柚」

「すきー!」


 腕を広げると、柚が飛び込んでくる。その頭を優しく撫で、抱きしめる。


「大好きだよ、柚」

「わたしもだいすきー!」


 大切にしよう、全部。……大切に。


「わたしも! こわれちゃってもまたつくるからねー!」

「ああ。……ありがとう、本当に。本当に……」


 上手く言葉が出てこない。


 それでも、伝わって欲しい。

 この嬉しさが。少しでも良いから。いや、出来る事なら全部、伝わって欲しい。

 この気持ちが。全部。全部、伝わって欲しい。


「大好きだよ」


 この一言で、伝わるのだろうか。伝わって欲しい。


「わたしもー! だいすきだよー!」


 その言葉に微笑みながら、強く。優しく抱きしめたのだった。

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