第38話 天海さんは思い出を作りたい

「ぺんぎんさん!」

「かわいい!」

「かわいー!」


 ばんざいをして可愛さを体現する三人。本当に可愛い。


 思わず三人をずっと眺めてしまいたくなるが、今はあちらの方も見なければならない。


 俺達はペンギンショーに来ていた。運良くショーの時間に間に合ったのだ。


 飼育員さんに呼ばれ、てちてちと歩くペンギン。可愛い。


「てちてちあるいてるー!」

「うんうん、可愛いね」


 紫苑達もてちてち歩くのが可愛いのだが、言葉にすると怒らせてしまうかもしれない。


「ぼくもかわいいー?」

「ああ、可愛い可愛い」

「えへー!」


 うちの子達が一番可愛い。いや、うちの子達ではないんだが。そんな事を言ったらミアに……怒られなさそうではあるが。


「ではお次は写真撮影タイムとなりまーす! ぺんた君と写真を撮りたい御家族様はいらっしゃいませんかー?」

「紫苑。写真撮りたい?」

「とりたいー!」

「んじゃ、お姉ちゃんと手挙げてみよっか」

「はーい! あかねとゆずもー!」

「はーい!」

「はーい! おにーちゃんも!」

「ああ、分かったよ」


 みんなで手を挙げると、飼育員のお姉さんがおっと声を上げた。


「早かったねー! じゃあそこの仲良し家族さん! こちらに来てください!」


 三人とミアと共に、階段を降りていく。飼育員さんは三人を見てニコニコと笑った。


「ふふ。可愛いですね。妹さんですか? ……それとも娘さんですか?」

「い、妹です……一応、まだ高校生なんで」

「となると彼はお兄さんか弟さんなのかな? それとも双子?」

「あ、いえ。……彼はですね」


 確かに、今の俺の立ち位置は物凄く微妙なところではある。


 俺は……何なのだろうか。



「おにーちゃんはおにーちゃん!」


 その言葉に意識を引き戻される。


「うん! とーやにぃだもん!」

「んー! おにーちゃんはおにーちゃんだよー!」


 紫苑に続いて、茜と柚がそう言って。ぎゅっと抱きついてくる。


 その言葉は嬉しくて。心に染み込んでくるようだった。


 そうだ。俺は――


「俺は、この子達のお兄ちゃんです」

「ふふ、そうでしたか。これは失礼しました」


 続いて、飼育員さんが紫苑達にマイクを向ける。

 三人はさっと、俺とミアの後ろに回り込んだ。そういえば人見知りであった。つい忘れていた。


「ふふ、可愛いですねー。お名前、言えますか?」

「……し、しおん」

「……あ、あかね」

「……ゆ、ゆず」


 ちゃんと名前を言えた。本当に偉い。人見知りだけど頑張っている。


 頭を撫でると、緊張した面持ちが少しだけ緩んだ。


「紫苑ちゃんと茜ちゃん、柚ちゃんね! じゃあみんな、ぺんた君の事呼んでくれるかなー?」


 ぺんた君。それは先程のペンギン達のうちの一匹……否。一羽である。


 三人が小さくこくこくと頷いた。ミアが小さく笑って、しゃがんで紫苑達と顔の位置を合わせる。

 俺も同じようにしゃがんで――飼育員さんとも息を合わせて。


「「「ぺんたくーん!」」」


 そう呼ぶと、一羽のペンギンがてちてちと歩いてきた。三人が目を輝かせる。


「はーい、お利口さんだねぺんた君!」


 飼育員さんが近づいてきたぺんた君に魚をあげた。


「ぺんた君はお利口さんだからねー。噛んだりしないから安心してねー。あ、でもあんまりぺたぺた触っちゃうと怖がっちゃうからねー」


 飼育員さんの言葉に三人はこくこくと頷く。可愛い。


「じゃあ写真撮っちゃおうねー! お姉さんとお兄さん、スマホの方でも撮りますかー?」

「あ、じゃあお願いします」

「はーい!」


 ミアのスマホを丁寧に受け取って少し離れる。ぺんた君も慣れているのか、てちてちと俺達の前で止まった。


「ぺんたくんだー!」

「ぺんたくん!」

「ぺんたくんー!」


 紫苑が嬉しそうにミアの服を引っ張り。茜と柚は俺の服を引っ張った。

 可愛かったので撫でると、茜と柚はにこー! と笑った。ミアも同じように撫でていて、紫苑もにこー! と言いながら笑う。


「ふふ。じゃあ写真いきますよー! さーん! にー! いーち!」


 ◆◆◆


「……いっぱい写真、撮ったな」

「だね。合計で百枚近く撮ってるかな。ほら、クラゲフェアしてた所とか凄い撮ってる」

「ほんとだな」

「ふふ。三人とも、綺麗なの見たらすぐ撮りたがってたからね」


 帰りのバス。

 一番後ろの椅子に座りながら、小さな声でミアと話す。ミアのスマホにはたくさんの写真が保存されていた。

 三人は疲れてしまったのか眠っている。


「ね、とーや」


 その写真から俺へと目を移して。ミアがそう言った。


「なんだ?」

「これさ。アルバムにしようと思ってるんだ」


 その言葉にお、と思わず声が漏れてしまう。アルバムか。


「良いな」

「でしょー? 出来たら一緒に見ようね。そっち持ってくから」

「ああ、ありがとう。楽しみにしてる」


 小さくそう返し。俺は背もたれに体重を預けた。


 その事も考えながら。今日の事を思い出す。瞼を閉じて。じっくりと。


「ありがとう、ミア。今日は楽しかった」


 凄く――凄く楽しかった。

 とても楽しかった。


「ん、良かった。私も楽しかったよ」


 そっと、ミアが俺の手を取り。握ってきた。


「これからさ。色んなとこ行こ。それでまた、アルバム作ってさ。本棚、いっぱいになるくらいまで詰め込もうよ」

「……やってみたいな」

「やるよ。夏休み、まだまだ行きたいとこあるからね。お金が許してくれる限り、だけどさ。バイト代でちょっと良い感じだから。多分、行きたいとこ全部行けるよ」


 目を開けてミアの方を見る。

 ミアは、自分に抱きついている柚の頭を撫でていた。


 すー、すー、と寝息を立てる柚。紫苑と茜は俺の隣でぎゅーっと抱きしめ合いながら眠っていた。


「次はどこ行こっか」

「……海でも行くか?」

「行きたいね。他にも、動物園とか遊園地。三人が興味あるなら博物館とか美術館とかもさ」

「ああ、行こう。また三人と相談して。ミアのお母さんとも相談して」

「ん」


 ミアが俺を見て。微笑む。頭に手を置かれる。



「たくさん、思い出作ろ」



 そう言って、ミアがまたもたれかかってくる。ミアの吐息が肩をくすぐった。


「とーやが嫌って言っても連れ出すからね」

「……嫌な訳ない。喜んで、いくらでもついて行くよ」

「一緒に行くんだよ。ついて行くんじゃなくて」

「……そう、か。そうだな」


 ん、と頷いて。ミアはゆったりと目を瞑る。


「私。この時間好きかも」


 バスが家の近くに着くまでの間――


「俺も。好きだな」


 そうして。お互いに体を預け合うのだった。

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