第36話 天海さん達は何かを考えている

「ね、とーや」


 ベッドの中でミアと話す。決していかがわしい事ではない。


「とーやの小さい頃ってどんなだったの?」

「どんな、って聞かれてもな。普通の子供だよ」


 普通の子供。……いや。少し違うか。普通がとんな感じなのか分からない。


「家族の仲は良かった。凄く。休日は三人で遊びに行ったりな」

「どんなとこ行ったの?」

「よく行ったのは公園だが……水族館とか好きだったな。お父さんが色んな所に連れて行ってくれたんだ」

「へえ、水族館。良いじゃん」


 懐かしい。本当に。

 色んな魚を見るのが好きで。水族館によって魚の種類が違ったりして、楽しかった。


「水族館、か。じゃあ今度皆で行こうよ」

「……行ってみたいな」

「そういえば三人も行った事なかったし。お母さんも誘ってみようかな」

「ああ。そうしよう」



 あの日から、ミア達は家に泊まりに来る頻度がぐんと上がった。

 そして、ほぼ毎回――ミアがこうして話をしに来てくれる。


 そして、話をする。お互いの両親の。昔の話を。


「私はね。あんまり遊びに行った事、なかったんだ。お父さん、ずっとお仕事だったからさ。どこか行こうって誘ってくれたんだけど、いっつもお父さん疲れてそうでさ。言えなかったんだよね」

「……なら。色んなところ、行こう」

「ん、そだね。みんなで色んなとこ行こ」


 その言葉に頷く。


 話が尽きる事はない。

 思い出は全く、色褪せていないから。


「とーや」


 その白く綺麗な指がそっと、頬を撫でてくる。


「とーやってさ。八月二十日が誕生日、ってお母さんから聞いたよ」

「……ああ、そうだ」

「その日。お母さん達が亡くなったって話も」

「……そうか」


 ふう、と小さく息を吐く。ミアのお母さんから聞いたのだろう。


「私が居るからね。寝るまでさ」



 毎度思うが。身の危険とか感じないのか?



 その言葉は飲み込んだ。感じていたのなら、この場には居ないだろうと思ったから。


 目を瞑り。考える。



「ミア――」

「あ、ちょい待って」


 口を開こうとするも。ミアの人差し指が唇へと当てられた。


「とーやさ。色々変わったでしょ」

「……少し。心境に変化はあった」

「見てて分かるよ。でも、まだ迷ってる」


 ミアの言葉に俺は……小さく頷いた。


「色々。考えちゃってるでしょ。考えて、迷って、悩んでる」


 その言葉を聞いて……俺は目を瞑った。


「私がその迷い。断ち切ってみせるよ。その為に――とーやの夏休み、ちょーだい。前半……後半に差し掛かるまで、かな」

「……何、するつもりだ?」


 そう聞くと、ミアが小さく笑って。ウインクをして。


「ふふ、今のところは秘密かな」


 そう言ったのだった。


 ◆◆◆


 とあるコンビニの駐車場にて。三人が甘えてきていた。


「おにーちゃん!」


 紫苑が「えへー!」と笑い、手を伸ばしてくる。抱き上げるととても暖かい。すりすりとほっぺたを擦り合わせて甘えてくる姿は非常に愛らしい。


 あの日から、紫苑はより一層甘えんぼになった。隙あらばぎゅーっとしてくるし、なんならほっぺたにちゅーをしようとしてくる。


 茜や柚も真似してしてくるようになった。反抗期になった時の反動が怖いが……。


 何にせよ、紫苑もどうにかメンタルが戻ったようで何よりである。


 というか最近、三人とも何かやる気に満ち溢れているようであった。


『とーやの夏休み、ちょーだい』


 ふと、数日前。ミアに言われた事を思い出した。紫苑達も何か知っているのだろうか。


 少しだけ気になったものの、聞くのは野暮だと首を振った。


 すると、紫苑の手がぺたぺたと頬に触れてきた。顔を止めると、紫苑が嬉しそうに顔を合わせてえへー! と笑う。可愛い。


 そのままおでこをひっつけられる。


「すきー!」


 可愛すぎて溶けそう。


「とーやにぃ! ぼくも!」

「わたしもー!」

「ああ、順番こな」


 紫苑の頭を最後に一度撫で、下ろす。……しかし紫苑はぎゅっと俺の脚にしがみついていた。


 本当に甘えんぼで可愛らしい。そう思いながら茜を抱き上げる。


 茜はおひさまのように元気だ。抱きしめる力も二人より強い気がする。


「えへー! とーやにぃすき!」

「ああ、俺も好きだよ」

「えへへー!」


 可愛い。


 顔を突き出してくる茜。ほっぺたをもちもちしてくれと催促をしているのである。


 そのほっぺたは手に吸い付くようだ。むにむにとしたりもちもちとしたりする。柔らかすぎて世界平和が訪れそうである。茜のほっぺたは世界を救うだろう。


「つぎわたしー!」

「うんうん、次は柚な」


 最後に茜がぎゅーっとだきついてきて。ちゅーっとほっぺたにちゅーをしてくれた。可愛い。


 茜を下ろし、最後に柚を抱き上げる。柚は俺の胸に顔を擦り付けて、目を瞑った。


「えへー。おにーちゃんのにおいすきー」


 撫でていると、茜はとろとろと眠りに落ちそうになる。可愛い。


 このまま揺すると本当に寝てしまいそうだ。そう考えてると――


「……あれ? 柊弥? 三人も」

「ああ、ミア。迎えに来たよ」


 コンビニから現れたのはミアである。俺達を見てきょとんとしていた。


「もう日も沈むからな。三人に迎えに行くか聞いたら即答されたよ」

「そっか。ありがと」


 紫苑と茜がわー! とミアに近寄って。ミアが嬉しそうにしゃがみ、二人を抱きしめた。


「おねーちゃんおかえりー!」

「おかえりー!」

「ただいま……って言っても全然家じゃないんだけどね」


 二人の言葉を聴きながら、しかし。ミアがじっと俺を見つめてきた。


「……おかえり、ミア」

「おかえりー! おねーちゃん!」

「ん、ただいま」


 それで合っていたらしい。ミアがニコリと柔らかく微笑み、手を伸ばして柚の頭を撫でた。


 そして、流れるようにその手が――頭へと伸びてくる。


 頭にぽんと手を乗せられて。わしゃわしゃと撫でられる。


「やっぱりとーや、撫でやすいね」

「そーなのー?」


 柚がこてんと首を傾げて。えい! と手を伸ばし、頭にぺたぺたと触ってきた。


「たのしー!」

「た、楽しいのか?」

「なんかたのしー!」

「ん、そうだね。なんか楽しい」


 なんか楽しいらしい。紫苑と茜も目をキラキラさせて見てきているので、後で撫でられそうである。


「んじゃ、行こっか。買い物して帰ろ」

「ああ。荷物持ちは任せてくれ」

「ん、任せた。三人は今日食べたいのある?」

「からあげー!」

「からあげ! たべたい!」

「からあげー」


 三人の言葉にうんうんとミアが頷いた。


「ちょっと夜ご飯遅くなるけどだいじょぶ?」

「だいじょぶ!」

「だいじょーぶだよ!」

「だいじょーぶー!」

「よし、任せて。美味しいの作るから」


 その言葉に三人が喜び。茜がぎゅっと脚を掴んで俺を見上げてきた。


「あのねあのねー!」

「んー? どうした?」

「おねーちゃんのからあげ、すっごくおいしいよ!」

「そっか。楽しみにしておくよ。ありがとう、教えてくれて」

「えへー! どーいたしましてー!」


 髪留めがずれない程度に頭を撫でる。本当に……永遠に撫でていられるな。


「わたしもー!」

「しおんもー!」


 柚を下ろしながら二人を撫でる。さて、行こうかとミアを見た時である。


「……私は?」


 俺よりも三人が早く、「あ!」と大きな声を出した。


 一瞬固まってしまっている間に、三人がじっと見てきていた。


 ミアがニコリと笑って近づいてくる。


 一度目を瞑ってから。手を持ち上げた。


「……ん」


 その頭の上に手を置く。

 ……こういうの。女子は嫌がるってどこかで聞いたはずなんのが。


 しかし――ミアは目を瞑って。大人しく頭を撫でられていた。


 ……その口元が緩んでいるように見えるのは、俺がそうであって欲しいと思っているからなのだろうか。


 色々と考えてしまいそうだったので、そこで手を外した。ミアはくすりと笑った。


「じゃあ帰ったら柊弥の番だね」

「……? いましないのー?」


 柚の言葉にミアはんー、と小さく息を漏らしながら俺を見る。


「……とーやは膝枕されながらの方が好きだからね」

「み、ミア!?」

「そーなのー!?」


 柚の純粋無垢な視線が突き刺さる。痛い。心が痛い。

 しかし……違うと言う事も出来ない。


「ふふ。じゃあ帰ったら四人でとーやの事撫でよっか」

「はーい!」

「ちょ……」

「ふふ。さ、行こ。とーや」


 ミアが笑い、手を差し出してきた。


「……分かったよ」


 俺は何も返す事が出来ず、その手を取るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る