第34話 天海さんとベッドで二人きり

「とーや。一緒に寝よっか」


 歯を磨いていると、ミアに唐突にそう言われた。

 ミアは先に寝かしつけておくね、と三人を連れていったのだ。


 口をゆすぎ、口の周りを洗ってから俺はミアを見る。


「寝るって……紫苑達、寝たんだろ?」

「ん、寝たね」

「俺、要らなくないか?」


 あの後。紫苑達と改めて話して、怒ってない事を伝えた。それからまた話していたものの……まだ紫苑は元気がなかった。だから、一度時間を取ろうと。今日は三人と別々に寝ようという事になっていたのだ。



「なんか勘違いしてるみたいだけどさ」


 壁にもたれ。ミアは小さく笑いながらも、俺をじっと見てきた。


「私がとーやと寝たいって言ってるんだけど?」



 一瞬、その言葉の理解を脳が拒んだ。


「えー……と?」

「YESかはいかで答えて」

「一択しかないな?」


 そう返すとミアはくすりと笑って。俺の手を取った。


「じゃあ行こ」

「ちょ、ちょっとま――」

「待たないよ」



 そのまま俺は手を引かれ。自室へと入る。


「み、ミア? どうしたんだ?」

「ん? どうしたって?」


 ミアはそう言いながらも、楽しそうな笑い声を漏らしている。俺の言葉の意図は伝わってるらしい。


「とーやともっと仲良くなろうかなって」

「な、仲良くって……もう十分仲良いんじゃないか?」

「仲の良さに際限はないよ。とーやは私とこれ以上仲良く出来ないと思う? それとも嫌だったりする?」

「嫌じゃない、けど……」

「じゃあいいじゃん、ほら」


 ミアは俺の手を引いて……電気は常夜灯のまま、ベッドへ連れていかれる。


 そのままミアが俺を一目見て。ベッドへと寝転がった。


「ほら、おいで」


 ベッドに寝転がったミアは腕を広げる。


「とーや」


 その声が優しく耳を撫でる。

 手が俺をこまねいて、早く来てと催促されている。


 常夜灯に照らされたその顔は、優しげな笑みを浮かべていた。


「……ミア」

「ふふ。困ってる顔してるね」


 そう呟いて。彼女は諦めたように腕を下ろし、仰向けに寝転がった。


「とりあえず横、来て。別に何もしないからさ」

「……普通、そういうのは男側が言うと思うんだが」

「んー? とーや、何かするの?」

「し、しないけども」


 そんなやり取りの中……変な想像をしていしまいそうになり、首を振った。


「そっか。ほら、早く」


 ミアに急かされ。……俺は横になった。


 少しだけ離れた位置に寝転がったのだが、ミアが体を捩って近づいてきた。


「もっと近寄って。仲良くなれないでしょ?」

「……そういうものか?」

「そういうものだよ」


 そう言いながらも、ミアは肩が触れる距離まで近づいてくる。

 そっと。手を握られた。


「……」

「……」


 無言の時間はそこまで長く続かなかった。


「私さ」


 手をぎゅっと。強く握られた。


「小さい頃、実は体が弱くてさ。よく風邪引いてたんだよね。季節の風邪とか、インフルエンザとか。毎年かかっちゃうタイプでさ」

「……そうだったのか」

「うん。でも、嫌じゃなかった」


 ミアの声は優しく、暖かいものだ。


「私が風邪を引いた日は、お父さんがお仕事を休んで看病してくれたから。辛かったには辛かったけど。嬉しかったんだ」

「……そうか」

「ん。私が心配を掛けたいって相手、お父さんかとーやかしか居ないからね」

「光栄に思っておくよ」

「ふふ、思っといて」


 心配を掛けたい相手、か。

 それだけ信頼されているのだと思っておこう。


「まだ話したい事はあるけど。とーやも話してくれない?」

「俺?」

「そ。お父さんとお母さんの話。話したくなかったら私が喋り続けるよ」


 ああ……そうか。そういう事か。


「こういう話。二人でしか出来ないからね」

「そう、だな」


 天井を見上げながら。俺は目を瞑る。


「サプライズが好きな両親だったよ。誕生日とか。家に帰ってきたら、プレゼントは家の中に隠されてるんだ。お父さんとお母さんから紙を渡されて、謎解きをしながら探すんだよ」

「へえ、楽しそう。どんな所に隠されてたの?」

「クローゼットの中とか、おもちゃ箱の中とか。冷蔵庫とか電子レンジの中にあったりしたよ」


 懐かしい。


「怪獣のフィギュアがキンキンに冷えてたりしてな。しかもそれが氷の怪獣で、凝ってて凄く嬉しかった」

「……そっか」

「炎の怪獣がお鍋の中に入ってた事もあった。それと、帰ってきたらテレビに欲しかったゲーム機が繋がれていて、お父さんがいきなり『柊弥! 対戦するぞ!』って、夜遅くまでゲームをした事もあった」


 懐かしい。本当に――懐かしい。



 ――ああ、そっか。俺、お父さんとお母さんの話、誰かにした事なかったんだ。叔母さん達にも。


 その事に気づいた瞬間、ミアがもっと近寄ってきた。


「とーやってさ。お父さんとお母さんの話する時、すっごい優しい顔するね」

「……そうか?」

「うん。紫苑達見てるのと同じくらい優しい顔」


 ミアの言葉は柔らかい。……普段から柔らかいのだが、今日はより一段と。


「もっと、聞かせて欲しいかな。柊弥のお父さんとお母さんの事」

「……ああ。ミアのお父さん達の事も、聞かせて欲しい」


 ん、と。小さく頷く音が聞こえて。ミアがこちらを向いた。


 手を取られる。両手で包み込むようにして握られる。


「お父さんね。お母さんにこうやって手ぇ握られるの、好きだったらしいんだ。あったかいでしょ」

「……あったかい」


 ミアの手のひらはあったかい。

 冷房の効いた部屋だからなのか、その手の暖かさはとても心地良かった。


「でもね」


 ミアがそう言って手を離す。どうしたのだろうと思っていると。


 ふわりと、花のように甘い匂いが漂った。


 全身が暖かく、柔らかいもので覆われる。


「私はこっちの方が好きかな」


 抱きしめられていたのである。


 全身がミアに包まれる。陽だまりのように暖かく……じんわりと、心が解されていくようだ。


「こーしてるとさ。お互い、気持ちが通じ合ってるみたいで。好きなんだ」


 耳元で囁かれ、くすぐったくて身動ぎをしてしまう。だけど、ミアは離そうとしない。


「とーや」


 名前を呼ばれる。その声音は優しくも真面目なもので、しっかりと俺の耳を掴んできた。


「私、もっととーやの事が知りたい。とーやの悩みが知りたい。とーやが心の底から笑えるようにしたい」

「……笑ってるよ、ちゃんと」

「『ずっと』って付けるの忘れてたね。とーやにはずっと、笑ってて欲しい。とーやにあんな顔させたくない、って言った方が良いのかな」


 ミアの手が上へと伸びて。優しく、頭を撫でられた。


「だから、教えて。もっと、とーやの事」


 俺は。小さく頷いた。


 あの日――両親が亡くなって、ずっと心の奥にしまい込んでいた記憶を掘り起こして。


 その夜は、俺も。そしてミアも。お父さんとお母さんの事を語り合ったのだった。

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