第31話 天海さんとウォータースライダー
「……どうしてこうなった」
「んー。なんでだろうね」
今、俺はミアと共に列に並んでいる。……ウォータースライダーの列に。
紫苑達に言われたから……以外に理由は無いのだが。
『おねーちゃんだけうぉーたー? んー? すべりだい! のってない!』
という事だ。しかも俺と乗って欲しいと。そうなると色々と問題が出てきてしまう。
一番の問題は三人から離れてしまうという事。
三人から離れるという事は、三人……子供達だけになってしまう。
最初はそれを理由に断ろうとしていた。
『スタッフの人に見てもらえばいいじゃん。あっちの人とか』
思わぬ方向から援護射撃が来たのである。いつかのように。
……しかし。三人は人見知りである。きっと断ると思っていた。
『……うー。わかった!』
『おねーちゃんがたのしー! ってなるなら!』
『いいこでねるー!』
どうしてこういう時に限って頑張ってしまうんだ。
というかさすがにプールで寝るのはダメなんだが……それは置いといて。
そうして、三人は女性のスタッフの人に見ててもらっているのだ。スタッフさんも快く引き受けてくれた。
そして、列はどんどん進んでいき。前の人がウォータースライダーを滑り降りた。
下の方を見下ろせば、プールサイドに三人が居た。
ぶんぶんと手を振っている紫苑、茜、柚。可愛い。
「じゃあそちらの方に座ってくださーい」
スタッフさんもこれで四度目である。女性の方だが、ミアを三度見していた。まあ、目を惹く姿をしているし仕方がない。
しかし仕事はちゃんとするらしく、声掛けをしてくれた。
「言われてるよ、とーや。前座って」
「……ミアが前かと思ったんだが」
「いーからいーから」
ミアに背を押され、俺は座った。
「それとも――柊弥がこうしたかった?」
「っ……」
ふわりと。後ろから抱きすくめられる。
「離れないようしっかりくっついててくださいねー」
「はーい。……んで? どうなの?」
「の、ノーコメントで」
頭の中が真っ白になっていて、俺はそう返すことしか出来なかった。
「……ふーん」
「み、ミア?」
「ま、いいけど」
そう言いながらも。良くなさそうに口を尖らせるミア。
背中に伝わってきていた幸せな感触がより一層強くなった。
「んじゃ。行こっか」
「えーと、だな。ミア。色々――」
「気づいてない訳ないっしょ」
その言葉と同時に。ミアが女性のスタッフさんに背中を押された。
「おー! 早い早い!」
「うおっ!」
思わずバランスを崩しそうになって。ミアが手を握ってきた。
「ほーら。ちゃんと掴んで。私も掴んどくからさ」
ミアの吐息が耳元にかかり、ゾクゾクとしたものが背筋を這い上がった。
「手ぇ、離さないでよ。私も絶対離さないから」
片手を握られ、片手で抱きしめられ――
俺の心臓はやけにうるさく鳴り響いていた。
これだけ密着しているのだから、ミアにも聞かれているはずだ。更に顔が熱くなる。
そんな事を考えていたら、もうウォータースライダーは終わる。
俺達はプールへと飛び込んでいた。
「ぷはー、楽しかった」
「そう、だな」
そう言いながらも。俺はミアから視線を外す事が出来なかった。
……話には聞いていたが。浮くんだな、と。
「さ、行こ。とーや」
「あ、ああ」
ミアに言われ、俺は意識を取り戻し。ぶんぶんと頭を振った。
最近。ミアの事をそういう目で見てしまう事が多くなっている。ミアと出会うまで、そんな事はなかったはずなのに。
三人の教育に悪いのは言わずもがな。彼女は以前、そういう目で見られるのを嫌がっていた。
だから、ダメだと分かっているのに……。
『いーよ、とーやなら』
以前言われたその言葉が、耳にこびりついていたのだった。
◆◆◆
少し御手洗に行っていた。その油断が良くなかった。
「なあ、遊ばね? そこの子達一緒で良いからさ」
「……悪いけど彼待ちなんで。あとこの子達怯えてるんで、さっさとどっか行ってくれませんか」
「そう硬い事言わずにさ」
……どこにでもこういう輩は居るんだな。
あの馬鹿な男を思い出してしまった。一つ息を吐いて。彼女の前に向かう。
「おにーちゃん!」
「とーやにぃ!」
「おにーちゃんー!」
紫苑達が俺の名前を呼んだ。三人はミアの後ろに隠れていたのだ。
彼女の前に立つ。視線を遮るように。
そしてただじっと、話しかけてきた男を見る。
じっと。……じっと。
すると、男は後ずさりをした。
今。俺は非常に機嫌が悪い。
紫苑と茜、柚を怖がらせたから、という思いもめちゃくちゃある。これだけでブチギレる理由は十二分にある。
しかし、それ以上に。凄く嫌であった。彼女が『ナンパ』をされたという事実が。なんとなく、嫌だった。
「……」
言葉は発さない。いつかの二の舞となってしまいそうだから。
それに、声を荒らげては三人を怖がらせてしまうと思ったから。
だからじっと、目の前の男を見る。すると……さすがにいたたまれなくなったのだろう。
男はすごすごと退散していった。何も言う事なく。何も言わないのはどうなんだ、とか思わない訳でもないが。それはそれで構わない。
それを見届けてからふう、と一度息を吐いた。
「ありがと、とーや。また助けられたね」
「……いや。俺は何もしてないよ」
本当に。俺は何もしていない。
というか予想出来た事だ。ミアはこれだけ綺麗なのだから。紫苑と茜、柚もめちゃくちゃ可愛いし。
三人に、そしてミアに怖い思いをさせてしまった。
「とーや」
名前を呼ばれるも。俺は後ろを振り向く事が出来なかった。
「とーやがそんな反応するなら――」
そろり、と首筋が撫でられ。手が前へと回ってきた。
「私だって、やる時はやるんだからね」
耳元でそう囁かれ――嫌でも反応してしまう。もちろん嫌ではないのだが。
「ありがと、ほんとに。……怖かったからさ。嬉しかった」
ぎゅっと、後ろから抱きしめられ。背中が暖かく柔らかいものに包まれる。
そして、同時に。とてとてと、三人が前に回り込んできた。
「おにーちゃんありがとー!」
「とーやにぃかっこよかったー!」
「だいすきー!」
にこー、と笑ってぎゅーっと抱きしめてくる紫苑。
もちもちなほっぺたを太腿にもちもちとしてくる茜。
手を握って、自分のぷにぷになほっぺたへ持っていく柚。
「お兄ちゃんは別に……」
「やー!」
「とーやにぃ! こーいうときは『どーいたしまして!』っていうんだよー!」
「だいすきー!」
紫苑に言葉を遮られて茜が説明し。柚がマイペースに手のひらをむぎゅむぎゅしていた。
「どう、いたしまして」
「えへー! だいすきー!」
「ぼくもだいすきー!」
「にへー!」
可愛いの暴力である。
気がつけば、その笑顔に癒されていて。俺は頬を緩めていた。
「ふふ、どーよ。嫌な気持ちとか全部吹っ飛ぶっしょ」
「そうだな」
ミアの言う通り。先程まで心の中を渦巻いていた仄暗いものはすっかりと消え失せていた。
「ありがとうな、紫苑。茜。柚」
「えへー! どーいたしましてー!」
「どーいたしましてー!」
「いたしましてー!」
三人の頭を撫でると笑顔がより一層深いものになった。そして――
「ミアも。ありがとう」
「ん。どーいたしまして」
俺が言ってもミアは離れず。……少しだけ。そのままで居た。
それから少し泳いで――楽しかったプールも、終わりを迎えたのだった。また皆で行こうねと三人に約束をしたので、案外すぐ来る事になるかもしれないが。
また皆で行ける事が、少し。いや、かなり楽しみになっていた。
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