第30話 天海さんの妹達はとってもなかよし

「ばたばた!」

「そうそう、上手だよ」


 ビート板を使ってバタ足をする茜。少しずつ前に進んでいる。

 バタ足で水面を蹴る音より、口から発する擬音の方が大きいのはご愛嬌だ。


「しおんもー!」

「ばたばたー!」

「そーそ、じょーずじょーず」


 その隣では、ミアに手を引かれて紫苑と柚がバタ足をしている。


 ビート板ありとは言え、ここまで泳げるなら茜は大丈夫だろう。

 紫苑と柚も浮き方も覚えたので、水難事故の確率も減ったはずだ。


「……ミア」

「んー?」

「ちょっとだけ泳いできて良いか?」


 泳いでいる三人を見ていると泳ぎたくなってきてしまった。


「いーよ、見とく――あ、そーだ」


 何かを思いついたように。ミアが三人を見た。


「お兄ちゃんの泳ぎ見たい?」


 と。


「みたいー!」

「みるー!」

「みよー!」


 三人は喜んでバンザイをしていたのだった。


 ◆◆◆


「おにーちゃんがんばれー!」

「とーやにぃー! がんばってー!」

「がんばってー!」


 三人の応援がこそばゆい。

 クロールをしている横で、三人がてくてくとプールサイドを歩きながら俺の応援をしていた。


 いや、嬉しい。めちゃくちゃ嬉しいんだけど。


 ほんの少しだけ恥ずかしい。別に大声で応援されてる訳ではないのだが。周りからめちゃくちゃ視線を感じる。


 しかもだ。


「えへー!」


 息継ぎをする際に紫苑達と目が合うのだが、その度に三人が可愛く笑うのだ。危うく呼吸を忘れそうになる。何のために息継ぎをしているのか分からない。


「にへー!」


 ああもう、可愛い。今すぐ抱きしめて頭を撫でたい。


 そうしていると、とん、と。指先が端に着いた。25m泳ぎきったのである。


 ふうと息を吐き、ゴーグルを上げる。――その瞬間だ。


「ん、頑張ったね」

「ああ……げほっ!?」


 顔の水を拭いながら顔を上げ――思わず噎せてしまった。


 ミアはすぐそこでしゃがんで、俺を見ていたから。


 プールサイドでしゃがんで見ているという事はつまり。そういう事であり。


 顔を上げると。すぐそこにミアの真っ白な太腿があって。

 まだ、ショートパンツも履いていなかったから。とんでもなく、目に毒な事になっていた。


 加えてミアはラッシュガードの前を開けてい。そこから覗く水着がめちゃくちゃに刺激的な事になっており……。


 目を逸らそうとしても、上手くいかず。ミアがくすりと笑う。


「えっち」

「ちょ、俺は……そんなに悪くないぞ。多分」

「ふふ。悪いなんて一言も言ってないけど?」


 ミアが手を伸ばし。つんつんと頬をつついてきた。


「それに、言ったっしょ? 柊弥なら良いって」

「お、お前なぁ」

「おにーちゃーん!」


 話していると。紫苑が俺を呼び。三人がとことこと近づいてきた。


「おにーちゃんすごかったー!」

「うん! すごかった!」

「すごーい!」


 キラキラと目を輝かせる三人に心が浄化されていく。

 プールから上がると、三人が飛びついてきた。


「こらこら、滑りやすいんだから。一人ずつにしてね」

「はーい!」


 さっ! と三人が離れる。聞き分けが良すぎる。


 一人一人の頭を撫で、どうにか意識を切り替えた。


 さて、と三人を見た。


「次。したい事あるか?」


 と聞くと。三人はキラキラと目を輝かせる三人。あっちー! と指をさした場所は――


 ウォータースライダーであった。


 ◆◆◆


「わーーーー!」

「柚、しっかりお兄ちゃんに捕まってるんだよ」

「はーい!」


 ここのウォータースライダーは身長制限がない。三歳以上なら保護者が付いていれば良いと書かれていた。

 身長制限がない分、他のウォータースライダーに比べれば傾斜が緩やかだったりする。


 しかし、それはそれとして三人はまだ幼い。大丈夫だとは思うが、しっかり体と首を固定して。ウォータースライダーを滑っていた。


 ウォータースライダー。こうしたアトラクションは嫌いでは無い。というか好きである。


「ちゃんと鼻から息出すんだよ」

「はーーい!」


 楽しそうに笑って、柚は大きく息を吸い込む。


 ばしゃん! と、大きな音を立てて水に入った。しっかりと柚を抱き抱える。


「ぷはー! たのしー!」

「……ああ。楽しかったね」


 柚が目を瞑って笑い。その顔の水を手のひらで拭う。


 紫苑、茜に続いて柚とウォータースライダーを滑った。三人とも全然怖がらなかったのは、事前に俺かミアが泳ぎを教えていたからだろう。


 こちらのプールは幼児向けではない。柚は足が着かないので、抱えながらゆっくり歩く。


「お疲れ、柊弥」

「ああ。ありがとう……とは言っても俺も楽しかったけどな」


 プールから上がろうとすると、ミアから手を差し出される。遠慮なくその手を取り、プールサイドへと上がった。


「たのしかったー?」

「たのしかったー!」

「たのしかったねー!」


 三人がニコニコと笑って、お互いをぎゅーっと抱きしめ合っている。


「ここが桃源郷か?」

「天国より天国してるよね。……いやまじでめちゃくちゃ可愛いな私の妹達」



 三人はくっつくのが好きである。もちろん俺やミアだけでなく、三人でくっつく事も多い。


「えへー!」

「ゆずつめたーい! きもちー!」

「しおんとあかねあったかーい!」


 ぎゅーっとして、もちもちなほっぺたをもちもちとする紫苑、茜、柚。


 なんだろう。なんと言えば良いのだろう。


「……良い」

「ウォータースライダーで語彙力落としてきた? や、気持ちは分かるけどさ」


 思わず感嘆の息を漏らしてしまう程度に良い。可愛いとかそういうレベルを超越している。


 そんな事を考えていると。三人がもちもちなほっぺたをくっつけたまま、俺とミアを見た。


 ニコニコと、とても可愛らしい笑顔である。


「つぎはおにーちゃんとおねーちゃんがのるばんだよー!」


 そう言われ。一瞬だけ、脳が理解を拒もうとした。


 三人を見るも。凄くニコニコとした顔を俺とミアに向けるだけであった。

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