第29話 天海さん達とプール

「おにいちゃーん!」

「こーら、紫苑。走らない」

「はーい。おにいちゃーん!」


 とことこと慎重に歩いてくる紫苑。

 そして俺の前まで来て。「えへー!」と手を広げてきた。可愛い。


 その姿は水着姿だ。以前買った、紫色の。


 紫苑を抱き上げつつ、ミア達を見る。



 その姿に改めて俺は……息を飲んでしまった。



 真っ白な肌に金色の髪。その肌に荒れは一切見られない。

 そして……目を惹かれてしまう。今まではなるべく気にしないようにと思っていたのに。


「ふふん、どーよ。改めて見ても凄いっしょ」


 ミアが胸を張り、その拍子にぶるんっと揺れた。


 ぐ……だめだ。目が奪われる。


 こうなったら紫苑で癒されよう。


 しかし。


「やー!」


 紫苑に拒否されてしまった。死か?


 違う。反抗期か。これが反抗期なのか。


「おねーちゃんほめてくれないとやー!」

「……そう来るか」

「ほめるまでなでなできんし! ぎゅーはする!」


 なんと……それはつら……ん? 別に辛くはないな?

 撫でられないのはそれはそれで辛いが。ぎゅーっとしてくれるのなら別に良いのでは?


 ……まあ。ここで何も言わないのも違う気がするから良いか。


 一つ咳払いをして。ミアを見た。


「似合ってるよ。凄く」

「ん、ありがと。最近ちょーっと体重増えてたから怖かったんだけどね」

「……それって」


 言いそうになって。しかし、俺は首を振った。さすがにセクハラである。


 桃色のビキニに身を包んだ彼女は、凄く目を惹いている。下はショートパンツとは言えだ。


「……ミアはめちゃくちゃスタイル良いぞ」

「ありがと」


 しかし、と俺はミアの顔をじっと見た。


「調子は大丈夫なのか?」

「だいじょーぶ。お陰様で完治してるよ。柊弥もだいじょぶ?」

「ああ。俺も大丈夫だ」


 今日はプールに行こうと先週から約束していた。しかし、ミアも俺も病み上がりである。


 レジャープールではあるが、室内プールなので日差しはない。お互い無理はしないと決めて来たのだ。


「分かった」

「んじゃ、行っちゃお。茜達も目ぇキラキラさせてるし」

「そうだな。……その前に」


 紫苑を下ろして。俺はラッシュガードを脱いだ。ゆったりしていて、機能性というよりはおしゃれさに比重を置いたもの。


「これ、着けといてくれ。……見られるの、嫌だろ」


 それを渡すと、ミアがきょとんとして。小さく笑った。


「ん、そだね。とーや以外の人に見られるのは嫌かな」



 そう言いながらも、ミアがラッシュガードを羽織るように着ていく。


「……あまりからかわないでくれ」

「べつに。からかってないけど」


 心臓がバクバクとうるさい。顔が熱くなっていく。


「とーやにぃ! いこー!」

「……そうだな」


 茜がとことこあるいてきて、手をぎゅっと握ってきた。


 ミアの隣に並び、子供用プールの方へと俺は歩いたのだった。


 ◆◆◆


「ばしゃばしゃー!」

「つめたーい!」

「きもちー!」


 水をかけあったり、ぴょんぴょん飛び跳ねたりする三人。可愛い。


「癒される……」

「だな。可愛い」


 ミアは縁に座って三人を眺めている。足でちゃぷちゃぷと水面を叩いていた。


「おにーちゃん! ぎゅー!」


 その時、柚がぴょんぴょん水の中を跳ねながらこちらに来た。外でも相変わらず甘えんぼである。


 プールの中なので、その体はいつもみたいに熱くない。

 甘えるように胸に抱きついてきた柚の背中をぽんぽんと軽く叩きつつ、ばしゃばしゃとしている二人も見る。


 子供用プールとは言え、油断はしない。溺れる時は足の着く場所でも溺れるものだ。


 その時茜があ! と声を上げた。


「とーやにぃとーやにい!」

「どうした?」

「およぎたい! おしえて!」


 泳ぎ方を知りたいのか。

 まだ四歳とか五歳だもんな。水遊びはしても、泳いだ事はなくてもおかしくない。


「三人とも、まだちゃんと泳いだ事はないか?」

「うん!」

「まだー!」

「およぎたい!」


 各々の言葉を聞いて、頷く。柚を下ろし、まずは茜の手を取った。


「じゃあ茜。浮く練習からしてみようか」

「わーい!」


 嬉しさの余り抱きついてくれる茜。しかしこれでは泳ぎの練習が出来ない。


 思う存分撫でてから離し。両手を繋いだ。


「とーやにぃのおててすきー!」

 可愛い。


 すると、となりにぽちゃんと。ミアが降りてきた。見ると、ショートパンツを脱いでいる。ラッシュガードも脱いでいて、縁に畳んで置いていた。


「折角だし、紫苑と柚は私が見ようかなってね」

「……そうだな。二人は頼む」


 それにしてもめちゃくちゃ目に毒である。周りには親子連れしか居ないので、あまり見られていないのが救いだ。じろじろ見ようとしてきた男の子はお母さんに注意されていた。


 そのままミアがぴとりと。俺の隣についた。


「み、ミア?」

「んー?」


 ふにふにと。その柔らかい二の腕が当たる。名前を呼ぶも、気づいてない……訳では無いのだろうが。


「なーに? どした?」

「ちょ、ミア!?」


 更に近づき――ふにょんと。柔らかなそれが形を変えた。腕が幸せな感触に包まれる。


「どーしたのー?」

「い、いや、なんでも……あるにはあるんだが」


 言葉にするには茜達の教育に悪い。


 そっと。半歩右に寄った。

 ミアが半歩近づいてくる。ふにゅんと当たる。

 もう半歩寄る。ミアが一歩近づいて――


「み、ミアさん?」

「……なに」

「あ、当たってるんですが」

「いーじゃん。減るもんじゃなし」

「ミアが言う事じゃなくないか?」


 普通男側が言いそうな事である。茜がぐいぐいと腕を引っ張ってきた。


「とーやにぃ! およぐ!」

「ああ、分かった分かった」


 一旦ミアの事は…………忘れられないが。やるしかない。


「よし、じゃあ茜。お兄ちゃんの手をしっかり掴むんだ」

「つかむ!」


 ぎゅっと手を握られる。うんうんと頷いて。一つずつ進めていく。


「よし、じゃあ茜。手以外から力を抜いて横になるんだ」

「が、がんばる……」

「大丈夫だよ。お兄ちゃんがしっかり掴んでるから」


 茜が緊張した面持ちで頷いた。


 しかし。


「……や、やっぱりこわい」


 その言葉に少し考える。初めてなら怖くても当たり前だろう。

 水遊びで顔に水を掛けられるのと水に顔をつけるのはまた別だから。


「茜、おいで」


 名前を呼ばれてピクリとするも。茜は近づいてきた。


「お兄ちゃんと一緒にやってみようか。大丈夫だ。乗ってるだけで良いからな」


 茜はこくりと頷いて。ぎゅっと俺に抱きついた。


 片手を茜の背に手を回し。そのまま俺は斜めになっていく。


「大丈夫。大丈夫だからね」


 緊張を解すように、頭を撫でる。


 そうして、ぷかぷかと浮いた。気持ち沈んでるような気もするが。茜が水に入りすぎないようにしなければ。


「わぁ……! 浮いてる!」

「な? 大丈夫だった」

「うん! たのしー!」


 しっかり抱きつく茜。気分はラッコである。


「ちゃぷちゃぷー!」


 水面を手で叩く茜。見ていると凄く和む。


 ……しかし。一つ、大きな問題があった。


 ミアは俺のすぐ隣に居たのだ。そして俺は背泳ぎのような体勢で浮いている。


 自然と上を見上げる形になってしまうから。……見えてしまうのだ。下から。凄い迫力が。



 どうにか。無理やり、意識を茜へと持っていくが。そろそろ色々と厳しいところがあった。


「……じ、じゃあ、もう一回泳げるかやってみよう、茜」

「がんばるー!」


 その言葉に頷いて。ほっとしつつ……。



 ――隣に居たミアはニコリと笑いながら、俺をじっと見ていたのだった。

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