第26話 天海さんの家族

「ごめんね、ミア。遅くなって」

「ううん、仕事場遠いって分かってたし。……というか紫苑。お母さんにも連絡してたんだ。や、当たり前か」


 ミアは顔を洗い、また布団に横になった。

 ミアのお母さんは……その隣で心配そうに覗き込んでいた。


 そして。その顔が俺へと向いた。


「君が柊弥君……よね」

「は、はい。世良柊弥と言います。ミアさん達とは仲良くさせて貰っています」

「話は聞いてるわ。……凄く、凄くお世話になってる。大切なお友達が居るって」


 緊張していたが……とても優しそうな人だった。


 ミアと、紫苑。そして茜と柚のお母さんなのだから、それも当たり前の事なのかもしれない。


「ありがとう、柊弥君。ミアの事を見てくれて」

「い、いえ。俺も心配だったので」


 むしろ、頼って貰えて嬉しいくらいである。

 話していると、ミアが目をお母さんへと向けた。


「それよりお母さん。仕事は大丈夫なの? いつも休まないし休めないって言ってたし」

「仕事なんかよりミアの方がずっと大切よ。上司が止めてきたけど振り切ってきたわよ」

「それ、本当に大丈夫なの……?」

「大丈夫よ。ミアが気にする事は一つもないからね。同僚にも優しい人がいっぱい居るから。お願いしてきたのよ」


 その手が、ミアの頭に伸びて。優しく頭を撫でた。


「……ごめんね。これだけミアに頑張らせて。一番辛い時に傍に居る事も出来なくて。お母さん失格ね」


 その表情はとても辛そうで……自分を罪責するように、唇を噛み締めていた。


「そんな事ないから」


 ミアはその手を取って。ぎゅっと握りしめた。


「お母さんの頑張りは知ってるよ、誰よりも私が。私達のために働いてるって事も分かってるから。そんな事言わないで」

「ミア……」

「お母さんは私達のお母さんだよ。紫苑も、茜も、柚も、それで私も。お母さんの事が大好きなんだから。帰ってきてくれて、すっごく嬉しいんだよ」


 その言葉にミアのお母さんがきゅっと。強く、手を握る。


「ありがとう、ミア」



 気がつけば。俺は目の前が見えなくなっていた。

 視界がうっすらと滲み始めていて。静かに目を瞑った。


 ダメだ。こんな事を思ってはいけない。


 全部、ミアが頑張って……ミアも、俺以上に辛い思いをしていたはずだ。


 良かった。それで良いじゃないか。

 今はこうして、仲良くしているのだから。


 だから、思ってはいけない。



 ――羨ましい、なんて。


「とーや」


 ふわりと。


 暖かいものに身を包まれた。


「……み、ミア? ね、寝てないと」

「うっさい。寝てる場合じゃないっての」


 まだ、目は開けられない。気を抜けば――その肩を濡らしてしまいそうだったから。


「いーい? よく聞いてよ。……聞こえなかったら何度でも言ったげるけど」

「……ああ」


 そのせいか、そのお陰か。ミアの言葉を聞き漏らす事はなさそうだ。


「私は。ううん、私達は――」


 ぎゅっと、抱きしめられ。手を取られて。



「とーやの事、もう家族だって思ってるから」



 ――そう、言われた。


「もう、家族だから。家族と同じくらい大切にしてる……んじゃなくて。家族だから、大切にしてる」



 ふっと、暖かさがなくなって。静かに目を開けると。すぐ目の前にミアの顔があった。


 その手がぽんと、頭に置かれる。


「辛かったら、いつでも吐き出して。ずっと傍に居るから。嫌な夢見たら電話して。そっこーいくから」

「……ミア」

「私はお母さんが大好きだし、すっごく頼りにしてる。でも、今日起きて。しんどくて。一番最初に思い浮かんだのが、とーやの顔だったんだよね」


 わしゃわしゃと頭が撫でられて。また、抱きつかれる。


「私はとーやに迷惑をかけていい、って思うくらいには信頼してるよ。だからさ。とーやも私に迷惑かけていーんだよ。いくらでもさ」


 そっと、俺も手が伸びてしまって。ミアの背中へ回していた。


「まあ、迷惑って言っても。お互い迷惑なんて思ってないと思うけど。でしょ?」

「……ああ」

「そ。だから、しんどくなったら言って。いつでも居るから。また膝枕してあげるし、こーやってハグしたげる」


 ミアの小さく笑う声が耳へと届いた。



「私も寄りかかるからさ。とーやも寄りかかってよ。頼りにしてるから、私も頼りにして」

「……ああ」


 また、視界が滲んでいく。先程とは違う。



 暖かい、日差しに包まれるような。そんな感覚で――


 ミアがいつもあそこに立っている理由が少し、分かった気がした。


「ありがとう、ミア」

「どーいたしまして。……ちょっとしんどくなってきたから寝るね」

「ああ。ゆっくり休んでくれ」


 ミアを軽く抱きしめ。改めて布団へと寝かせる。


 すぐにミアはすやすやと寝息を立て始めた。その寝顔を見て――その手を握る。


「……ありがとう、ミア」


 一言そう呟いて。よし、と息を吐く。



 どうしよう。ミアのお母さんと二人きりになってしまった。



「……ミアと本当に仲が良いのね」

「えっと、はい。仲良くさせて貰ってます」


 緊張のせいか喉が渇く。水を飲んでいた時だ。


「偽の恋人、だったかしら」

「げほっ!? ……ごほっ、ごほ」

「あ、ごめんなさいごめんなさい。今言う事じゃなかったわね」


 水が変な所に入り、噎せ込んでいると。ミアのお母さんが背中をさすってくれた。


 数分ほどして、落ち着いてから。


「ミアから、聞いたんですか?」

「ええ。『もう終わった事だから心配しなくていい』って前置いてね。……びっくりした。すっごく」


 話していた事に驚きつつ。ミアなら……話してもおかしくないかと思い直す。


 一応、解決した、と言っても良いだろうから。


「ありがとう、柊弥君。ミアを。私の娘を救ってくれて」

「俺の為でもありましたから。ミアにあんな噂が流れるのは……俺が嫌でしたから」


 そう言って。ふと、思った事があった。


「ミアから俺の事。どれくらい聞いてるんですか?」

「……さっきの事と、紫苑達が懐いてる事。優しくてかっこいいって事くらいかな」


 となると……。


「事情とかは聞いてないよ、何も」


 そう、なるか。いや、ミアが誰かに話すとも思えないな。



 一度、目を瞑り。手のひらにあるミアの体温を感じて。



「俺も。両親を亡くしてるんです」


 そう言った。

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