第24話 天海さんの妹は告白された

「……なんか凄く見られてないか?」

「あー。多分プールのかなぁ」


 次の日。学校にてお昼を食べていると、周りから凄く見られていた。主に女子生徒達から。


 いつもと少し違うような視線に呟けば、ミアがそう答え。俺は首を傾げた。


「プール?」

「んー、私さ。普段着替える時、更衣室じゃなくてトイレとかで着替えてるんだよね。……すっごい見られるから」

「あー、なるほど」


 ミアはめちゃくちゃスタイルが良い。それはもうめちゃくちゃに。そこらのモデルに負けないくらいに。


 だからこそ見られるのだろうし、本人も目立つのはあまり好きじゃない。


「痩せてるって言っても、ご飯食べてなかっただけなんだけどね。今はちゃんと食べてるし」

「それなら良いんだけどな」


 話していると。ミアが自分のお腹に手を置いた。


「でも太るのはヤかなぁ……」

「大丈夫だろ、ミアなら」


 なんせ常に体を動かし続ける二人と、動くか眠るかの一人が居るのだから。


「……一応かんがえとこ」

「無理はしないようにな」


 結局は本人が決める事でもある。俺はその間紫苑達を見ておこう。


「ありがと。それじゃ食べよっか」

「……ああ。いつもありがとう」


 そうして今日も。平和な一日を過ごしたのだった。


 来週末にはもう――夏休みだ。


 ◆◆◆


「あのねあのねー! きょー、はやてくんにすきっていわれたー!」



 空気が止まる。時間が止まる。



 俺とミアは紫苑を凝視していた。


「は、はやてくん?」

「そー! あしがはやいこー!」


 なるほど。はやて君か。


「よし。会ってくるか、ミア」

「そだね。紫苑に相応しい子かどうか見極めないと」

「やー!」


 ミアと一緒に立ち上がるも、紫苑に止められた。脚にぎゅっと抱きついてきたのだ。


「紫苑。私はお姉ちゃんとして紫苑に幸せになって欲しいの。だから相手が良い子なのかどうか見極めなきゃ」

「ああ。大丈夫だ。ちょっとお話をするだけだから。ちょっと。ついでに向こうの親御さんに挨拶してくるだけだから」

「やー!」


 しかし紫苑が止めてくる。これはあれだろうか。

 そのはやて君が好きだから、意地悪をしないでという事なのだろうか。健気すぎる……だがしかし。譲る事は出来ないのだ。


「しおんはなんていったのー?」


 その時。茜が紫苑へとそう聞いた。そういえば紫苑はなんと返したのだろう。


「わたしはねー! あかねと、ゆずと、おねーちゃんと、おにーちゃんがすきっていったー!」


「……え?」

「……ん?」


「それでねそれでねー! おにーちゃんのこといっぱいはなしてたらはやてくんがないちゃって! たいへんだった!」

「ああ、うん……そうか」

「そーゆー感じね」


 はやて君、大丈夫だろうか。

 その歳で告白はかなりませてるのだが。その歳で失恋もかなり辛いだろう。いや、まだ『お兄ちゃん』が血縁だと思い込んでる可能性もある。


「それでねー! けっこんしてー! っていわれたんだけど、しょーらいはおにーちゃんとけっこんするからむり! っていったの!」


 はやて君にトドメが刺されてしまった。


「えへー!」


 凄い純粋無垢な笑顔。そのまま紫苑が手を広げてきて。抱っこをしてと伝えてきた。


 紫苑を抱き上げると、ぎゅーっと抱きついてきた。可愛い。


 しかし、これがあれか。『将来お父さんと結婚するー!』と言われるお父さんの気持ちか。めちゃくちゃ嬉しい。

 しかし、そうなるとあと十年もすれば反抗期に……!?


「どーしたのー?」

「……いや。加齢臭対策とかしないといけないなと思って」

「かれー? かれー! すきだよー!」

「うんうん。カレーは美味しいもんな」


 すると。茜と柚がててーっと走ってきて。そのまま足にぎゅーっと抱きついてきた。


「ぼくも! とーやにぃとけっこんする!」

「わたしもー! けっこんするー!」


 三人の言葉に苦笑した。可愛らしいものだが、将来が怖い。


 三人に彼氏など出来ようものなら……まあそれは良いとして。嫌われようものなら。

 考えるだけでしんどくなってきた。子離れが出来ない親だ。完全に。


 いや、今はこんな事は考えないでおこう。十年後の事は十年後考えれば良いだけだ。加齢臭対策はしておくとして。



 茜と柚の頭を撫でようと、右手を伸ばした時だった。



「だめ……」



 手を、取られた。


 誰に?



 ミアに、である。



「だめ、だから」



 小さくそう呟いて。手を、ぎゅっと。


 ぎゅっと、握られる。



 じっと。その緑色の瞳が俺を見つめていた。



 いつになく真剣な表情で――


「み、ミア?」


 名前を呼ぶと。ミアがハッと顔を驚愕の方へと切り替えた。


 そして。


 少しずつ頬に赤みが差していき。すぐに顔はリンゴのように真っ赤になった。


 その薄い桃色をした唇がぱくぱくと動いて。

 しかし、言葉は出てこず。


「おねーちゃんもけっこんしよーねー!」


 紫苑の言葉にピクンと。体を跳ねさせた。



 ぶんぶんぶんぶんと首を振るミア。


「や、ちが、その、と、とーや、ちがう。ちがうからね」

「待て待て。落ち着け」

「こ、これ、あれだから。とーやに三人を渡さないとかそーゆー感じだから。ね、そーだからね」


 必死に伝えようとしてくるミアに何度も頷いた。


 そう、だろう。ミアからしてみれば、三人は自分の娘と呼んでも良いくらい大切にしているはずだ。



 でも、本当に?



 心の中に生まれたその言葉が直接心臓を揺さぶった。


 もし――三人ではなく。



「おにーちゃん! どきどきしてるー!」

「し、紫苑」


 紫苑がぐぐっと胸に耳を押し当ててきた。これがミアがよく言っていた『意地悪』か。


 怒ったふりをしてぎゅーっと抱きしめる。紫苑も「ごめんなさーい!」と言いながら、ぎゅーっと抱きついてきた。



 ミアはただ、俺の手を握っていた。



 その顔は真っ赤で、しかし口を引き結んで何も話さない。


 その緑色の目はじっと、俺の事を見ていたのだった。

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