第22話 天海さんはおしゃれをしたい

 ミアが試着を終え。しかし、もう一つ試着をしてみたい水着があると言って。水着を取ってまた試着室に入っていった。


 まだ頭の中がくらくらとしていた。酸欠だろうか。ちゃんと息が出来ていなかったのかもしれない。


「おねーちゃんかわいかったねー!」

「そ、そうだな」

「かっこよかったー!」

「すきー!」


 三人は純粋無垢な笑みを向けてくる。

 痛い。心が痛い。


「もちろん三人も可愛かったぞ」

「えへー!」

「えへへー!」

「えっへー!」


 三人の頭を撫でて浄化される。心が純白に染まっていく。


 あぁ……癒される。


 髪はサラサラで、ほっぺたはもちもちだ。むにゅむにゅとほっぺたを撫でると、嬉しそうにするのがまた可愛い。


 しかも、三人ともほっぺたをもちもちしていると、その小さな手を重ねてくる。手もちっちゃくて可愛い。


 そうしていると。カーテンの奥から声が聞こえてくる。


「き、着たよ。さっきと同じ感じで見てみて」

「ん? ああ、分かった」


 ミアに言われ、三人とまた見ると――



「――ッ」

「すごーい!」

「もでるさんみたいー!」

「かっこいー! おねーちゃん!」



 まず最初に目に入ったのは、真っ白な肌。


 先程の水着とは比較にならないほど広がった肌面積。


 白い肩に、うっすらと浮き出た鎖骨。

 そして、その下には桃色の布に包まれた大きな球体。


 そのお腹はきゅっと引き締まっていて。下は水着の上からショートパンツを履いているようだった。


 そこから伸びる脚はとても綺麗で――


「そ、そんな見られると、さすがにちょい恥ずいんだけど」


 その言葉に意識を取り戻す。ミアが顔を真っ赤にして。手の甲で口元を隠していた。


「ご、ごめん……」

「いーよ、べつに。……とーやなら」


 ぐらりと脳みそが揺れる。


 それ程までに――その言葉には破壊力があった。


「おねーちゃんかっこいー!」

「すごーい!」

「かわいー!」

「ふふ、そーお? ありがと」


 ミアがしゃがみ、紫苑達の頭を交互に撫でる。普段は和むその光景も……しゃがんだ拍子に揺れたそれに目が奪われそうになって。必死に目を逸らした。


 しかし、それも気づかれていたようで。ミアはにんまりと笑って、小さく口を開いた。


(えっち)

「ッ……」

「……?」


 口を開くも、またもや言葉は出てこず。きょとんとしている茜を見て、頭を振った。


「とーや。どーよ、私の水着」

「……似合ってると、思う」

「そっか。そりゃ良かった」


 どうにか言えば、ミアが立ち上がり。


 その顔は小さく笑っているようだった。


「おねーちゃん、それもかうのー?」

「あー……買わないかなぁ。安いけど。こういうの着てみたかっただけっていうか」

「……そうなのか?」


 聞き返すと、ミアが頷く。


「私も華の女子高生だからね。たまには可愛いのも着てみたいんだ」

「いや、そっちではなく。買わないんだなと思ってな」


 少し。

 少しだけ、考える。


「紫苑、茜、柚」


 三人の名前を呼ぶと、同じタイミングで見てくる。


「この水着着たお姉ちゃんとプールとか……海とか行きたいか?」

「いきたい!」

「いきたい!」

「おねーちゃんかわいいもん!」


 よし。


「ミア。俺が買うよ」


 そう言うと、ミアが目を丸くして。ぶんぶんぶんぶんと首を振った。


「い、いやいやいやいや。悪いって。ほんとに」

「普段からのお礼だ。受け取って欲しい」


 ミアは三人の姉だ。

 姉だからこそ、色々と我慢をしているかもしれないと、前から思っていた。



『私も華の女子高生だからね。たまには可愛いのも着てみたいんだ』



 違う意図で返されたものの、その言葉に確信したのだ。


 そして。ミアがそれを望んでいるのなら、叶えてあげたい。……親が残してくれた貴重なお金なので、ポンポン買う訳にはいかないが。


 でも、この水着くらいなら。


 この前の夜の……あの日の事と、今までのお礼。


「紫苑達にも後で何か買うよ」

「わーい!」

「やったー!」

「わーいわーい」


 もちろん紫苑達にも。たくさんのものを貰っているから。

 ぬいぐるみとか好きだろうか。それはまた後で確認しておこう。


「という事だ。良いな?」


 少し強引ではあるが。こうなれば紫苑達も味方についてくれる。


 ミアが小さく口を尖らせた。その耳は赤くなっている。


「……ありがと」

「どういたしまして。まあ、俺の自己満足でもあるからな」

「ん。それでも、ありがと」


 ミアの言葉に頬が緩み。三人の頭を改めて撫でたのだった。


 ◆◆◆


 ミアの水着と、三人の水着。そして、俺も水着とラッシュガードを買った。


 ……こう言うのもあれだが。もしミアに視線が集まりすぎた時のためだ。本人には伝えてないが。念の為である。


 そして、デパートをぶらぶらとしていた。


 紫苑はあちこちきょろきょろして、おおー! と時折声を上げている。可愛い。


 茜はミアと手を繋いで嬉しそうに揺れている。可愛い。


 柚は眠くなったらしく、今は俺の背中で眠っている。可愛い。


 そうしていると。紫苑がピタッと足を止めた。


「……紫苑?」


 紫苑は顔を一つの方向に向け。目をキラキラとさせている。


 そこにあったのは――ゲームセンター。


 入口から見えたのは、クレーンゲーム。少し大きめの犬のぬいぐるみが景品となっていた。


「欲しいか?」


 そう聞けば、こくこくと。ヘドバンをするように頭を振る。


「分かった。行くか」

「ちょ、柊弥。さすがに……」

「任せてくれ。クレーンゲームは得意だから。それにちょうど良い」


 先程紫苑達にもプレゼントをすると言ったからな。


「柚、少し大きい音がするよ。起きられるか?」

「むにゅ……? ふぁぁ。すきー」


 起きると同時にぎゅーっと抱きついてくる。可愛い。


 よじよじと、抱きつきながら横に動き。俺の胸に抱きついている。なんなんだこの可愛い生き物は。


 頭を撫でるも、またその瞳がとろんとし始めたのでやめる。

 柚を下ろし、ゲームセンターへと入った。こういった場所はやはり音が大きい。


 すると。今度は茜がとある場所をじっと見始めた。


「それ。欲しいか?」


 茜が見ていたのもクレーンゲーム。犬のぬいぐるみの隣にあって、中には亀のぬいぐるみが入っていた。


「うん!」

「分かった。取ろう」


 そして。……柚も、その隣にあるぬいぐるみを見ていた。コアラのぬいぐるみだ。


「わたしもー!」

「ああ、分かった。順番こな?」

「わーい!」


 三人が楽しそうに喜んでいる横で。ミアが不安そうに俺を見ている。


「任せてくれ、クレーンゲームは本当に得意なんだ」


 小さい頃、父さんから色々とコツを教えてもらったから。


 そこまでは言わずに、俺は財布を開けたのだった。

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