第20話 天海さんが窓際に居る理由
月曜日。朝、教室に入るといつもの場所にミアが居た。
俊と一緒に居るのも悪くないが、ミアと一緒に居るのも楽しい。
「おはよう、ミア」
「お、おはよ。柊弥」
しかし、返ってきた言葉と反応に首を傾げてしまいそうになった。
その頬はほんのり赤くなっていた。
しかも、チラチラと俺を見てくる。いつもは目を見て話すのに。
「どうかしたのか?」
「や……なんでもないけど」
昨夜は特に何も無かったはずだが。
九時頃にミアから電話がかかってきて、紫苑達と少し話をしたりした。
夕方ぶりではあったものの、三人ともかなり喜んでくれていたので良かった。ちなみにお母さんはお風呂に入っていたらしかった。
ミアがぶんぶんと頭を振り、スマホを取り出した。
「そ、そうだ。これ見て。めっちゃ可愛いから」
「ん?」
ミアに言われてスマホを見る。
紫苑達が幼稚園の前で立っている写真……違う。動画だ。
「あ、そだ。これも」
ミアが取り出したのはイヤホンである。スマホに接続し、片方は自分に付けて。もう片方を渡してきた。
……ミア。渡す方間違ってないか。それだとめちゃくちゃ近づく事になるが。
いや、間違ってないのか。学校だと恋人という事になっているのだから。
「ん、ほら。……それとも付けさせて欲しい?」
「い、いや。大丈夫だ」
頬を赤く染めながらも言うミアへとそう返し、イヤホンを受け取る。
イヤホンのコードが張ってしまうため近づき。ちょん、と肩が触れる。
変に意識をしてしまいそうになり。意識をスマホの方に向けた。
『おにーちゃーん!』
紫苑が画面の奥から呼んできて。せーのと呼吸を合わせ。
『がっこーがんばってね!』『がっこーがんばって!』『がんばれー!』
バラバラに三人がそう言った。ミアの小さく笑う声が聞こえる。画面の方から。
「ふふ、どーよ。可愛いっしょ」
「学校が一ヶ月休み無しでも行ける」
「や、それは他の生徒も先生も死んじゃうから」
あー。凄い。
これが娘に頑張ってきてと言われるお父さんの気持ちか。いや、娘ではないんだが。
そして、幼稚園の前の方から三人が近づいてくる。『とれたー?』と聞きながら。
めちゃくちゃ可愛い。しかもちゃんとミアは三人を映している。
「映し方が完璧すぎる」
「でしょ? 良いっしょ」
「毎朝見たいなもうこれ」
最後に映っているのは紫苑が抱きついてきているシーンである。画面越しでも可愛い。
「……毎朝」
「ん? ミア、どうした?」
「や、なんでも……ない。なんでもないよ、うん。……なんでもないから」
ミアが目を逸らしてイヤホンを取る。
そのままふー、と。
小さく、しかし長く息を吐いていた。
◆◆◆
お昼。
前の授業が移動教室であり、少し先生に聞きたい事があって教室に戻るのが遅れた。
教室の人は
ミアはいつも通り窓際に居たので、すぐに見つけられ……?
ん?
ミアはいつもの場所に居た。それは良いとして。
ミアに向かう三人の女子生徒が居たのだ。
嫌な予感がしないのは、彼女達は先週も居た……ミアを見てひそひそ話をした生徒じゃなかったからだろう。
俺が教室に入るのと、彼女達がミアへ話しかけるのは同時の事だった。
「あ、天海さん」
「ん?」
「あの、いきなりごめんね」
「……? や、べつにいいけど」
教科書類を机の上に置きながらその様子を見守る。ないと思いたいが、万が一がないか少し不安だ。
「わ、私達ね。もっと天海さんの事知りたいなって思ってて。良かったら今日、一緒にカフェでお喋りでもどうかなって」
驚いてしまった。先程とは違う意味で。
しかし、今日は――先約が入ってしまっている。
「あー。ごめん。ちょっと今日先約入ってて」
ミアの言葉に三人がうっと小さく声を漏らした。
「あ、や、別に嫌とかじゃなくて。ほら、明日からプールじゃん?」
「う、うん」
「それで今日は柊弥と水着――あ」
そこまで言うつもりはなかったのだろう。あ、とミアが声を上げ。手で押さえた。
完全に手遅れである。教室の視線が一気に俺とミアへ集まってきた。
ニヤニヤした顔で見てくる俊だけは後でしばいておこう。
「……水着? 水着買いに行くの!?」
「あー、やー、その」
「二人で!?」
「ちが……くはないけど」
紫苑達の事は話せないため、ミアの言葉は歯切れが悪い。
遂に、助けを求めるように俺を見てきた。仕方ない。
「……ミアの言う通りだ。悪いな」
あまり……否。一度も話した事がない生徒だ。グループワークでも同じになった事がないし。
「う、ううん! 先にデートの約束があったなら仕方ないね!」
「で、でーと……」
「……? 違うの?」
「や、でーと。デートデート」
ミアが頷いてそう言うも。その頬はほんのり赤く染まっている。今日はよく赤くなるな。
「じ、じゃあ! また今度、都合が良い時に、どうかな!」
「あー、うん。良いよ。平日は割と忙しめだけど。土日なら先に言って貰えたら……あー、空けられるはずだから」
ちらりと見てくるミアに頷いた。その間紫苑達の事をお願い、という事だろう。どうせ暇だ。
「ありがとう! じゃあ連絡先だけ交換しとこっ!」
「あ、うん。分かった」
その様子を見つつ、小さく息を吐いた。
良かった。本当に。
連絡先を交換し終えると、女子生徒が元の席へと戻っていく。
一瞬、ミアがぼーっとした後に。俺をじっと見てきた。
近づき、先週と同じ席に座る。この席の人はいつも別の場所で食べてるので大丈夫だ。
「私さ」
ミアは改めて窓へと寄りかかり。小さく呟く。
「とーや以外で連絡先交換したの。初めて」
「……そうか」
スマートフォンを握るミアは……不思議な表情をしていた。
ふー、と息を吐いて。だらんと腕をぶら下げた。
「私。どれだけ感謝しないといけないんだろ」
「要らない……と言っても気にするだろうが」
ミアと視線を交わし、意図を悟ったのか前の席に座る。
「俺はミアからそれ以上のものを貰ってるよ」
「……そっか」
ミアは小さく笑った。窓から差し込む光に反射する髪の毛はとても綺麗だ。
「そういえばミア。よく窓際に居るよな」
「ん……」
ミアが小さく頷いて。窓から空を見上げる。
「『レナ』」
それが何を指す言葉なのか、すぐに分かった。
「ギリシャ語とかラテン語が由来で、意味は『明るい』とか『光』って意味なんだ」
「……そうか」
「そ。馬鹿みたいだけどさ」
ミアが小さく手を上げ。太陽へと重ねる。
「日差しに包まれたら。お母さんに抱きしめられてるみたいな、そんな感じがするんだ。日焼け止めは必須だけどね」
「馬鹿なんて思わないぞ。素敵だと思う」
「ん、ありがと」
ミアが目を瞑った。何かを堪えるように。
「さ、食べよっか。もちろん今日も作ってきたからね」
「ああ。ありがとう」
窓際の席。そこは日差しが入り込む場所。
夏だから当然日差しは強い。でも、教室は冷房が効いているから暑くない。
それどころか、暖かいくらいで――
とても。居心地の良い空間であった。
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