第18話 天海さんの妹達はとてもえらい

「じゃあお兄ちゃんが押そう。誰からする?」


 三人はキランと目を輝かせ。お互いを見合った。


「あかね!」

「ゆず!」

「しおん!」


 ずっこけそうになった。どれだけ仲が良いんだ、この三人は。


「じゃあゆず!」

「しおん!」

「あかね!」


 仲良しの極みがすぎる。これは決められないだろうなと、柚の肩をちょんちょんとつついた。


「……まずは柚からやろう」

「わーい!」


 柚が喜んでブランコに乗った。


 後ろから押し始めると、楽しそうに柚は漕ぎ始める。


 ブランコ、懐かしいな。俺も小さい頃はよく遊んでいた。


 段々と漕ぐ距離が長くなってきて。そろそろ大丈夫かなと離れる。


「おにーちゃん! わたしのまえのとこきて!」

「ん? 分かった」


 柚に言われ、前のところ……ぶつからないよう、絶対に当たらない場所へと立った。

 柚はわーいわーいと楽しそうに漕ぎ――



「おにーちゃん!」


 勢いのまま、跳んだ。


「――柚!?」


 そのまま、柚は宙を舞って。


 俺の胸に飛び込んできた。どうにか受け止める。


「えへー! ぎゅー!」


 そのままぎゅーっと音を立てそうなくらい強く抱きつく柚。その可愛さに卒倒しかけ……しかし。


「柚」


 その頭を撫でながら。名前を呼ぶ。


「危ない事はしない。お兄ちゃんが居たから良かったものの――」

「……? おにーちゃんがいなかったらやらないよ?」

「……それでも。もし怪我したらお姉ちゃんが悲しくなる。もちろんお兄ちゃんも」


 そう言うと。柚がハッとした顔になって。


「ごめんなさい」


 小さく言った。


「うん、良いよ。怪我もしなかったからね。次から気をつけよう」

「うん!」


 仲直りと言わんばかりに、またぎゅーっと抱きついてくる柚。



 少しだけ驚いてしまった。


 めちゃくちゃ素直だな。良い子すぎないか。


 拗ねたりせず、自分の非を認める。

 これめちゃくちゃ凄い事だぞ。大人でも……いや。大人の方が出来ない人が多いと聞くのに。


 俺もしっかりしなければならない。


 俺が間違えたら、柚達も間違った方向に行ってしまう。


 気を引き締めなければ。



 そう思っていると。じーっ、と茜と紫苑が見てきているのが分かった。


 その視線はどこか羨ましそうで……柚が不安そうな表情をしていた。


 そして、その目を俺に向けてくる。



 ……仕方ない、か。



「一回ずつだ」


 正直。やりたくなる気持ちは分からなくもない。あまり制限しすぎると後々爆発する可能性もある。


 そうでなくとも……柚だけが良い思いをした、という認識を残して欲しくない。


「……! やった!」

「ただし、お兄ちゃんとの約束だ。この一回だけだぞ」

「はーい!」

「やったー!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ紫苑と茜。柚も腕の中でぱあっと顔を輝かせていた。


「ありがとー、おにーちゃん!」

「……どういたしまして。ごめんね、柚。さっき怒っちゃったのに」

「ううん! ありがとーだよ!」


 先程柚を叱ってしまった手前、不公平が出来てしまう。

 笑顔を見せる柚を見ながら。後で危ない事はしないと二人に約束してもらおうと、心に決め。


 柚の頭をしばらく撫で続けたのだった。


 ◆◆◆


「えへー! おにーちゃんすきー!」


 ブランコから飛び、抱きついてくる紫苑。もし失敗してもすぐに助けに行けるよう、かなり細心の注意を払いつつ受け止めた。


 首の後ろの方に手を回して抱きついてくる紫苑。そのまますりすりと頬を合わせてきた。もちもちである。可愛くて死にそう。


「ぎゅー!」


 声に出す所も可愛い。


「……そんなに抱きついて。お兄ちゃん汗かいてるから臭いぞ?」

「くさくないもん! おにーちゃん、おにーちゃんのにおいだもん!」


 その言葉に笑いつつ。紫苑に対抗するように横からぎゅーっと抱きついてくる二人の頭を撫でた。


 ◆◆◆


 最後は茜である。


 茜はぎゅーっと抱きついた後に。頭を撫でていた手を掴んできた。


 どうしたのだろうと思いながらも、茜の好きなようにさせていると。


 そのもちもちなほっぺたの上に置かれた。


「ぷにぷにしてー!」

「可愛すぎておかしくなりそう」


 ぷにぷにって。いや、確かにぷにぷにが合ってるのだろうが。


 茜に言われてぷにぷにする。ぷにぷにもちもちすぎる。


「えへ」


 可愛い。


 ほっべたはお餅のようにすべすべで柔らかい。食べたい。いや食べないが。


 つんつんとつついたり、ほっぺたを優しく手で撫でたり。

 あー。これやばい。無限に出来る。


 すると、服の裾をくいくいと引かれた。見ると、紫苑と柚が自分のほっぺたに手を置いて……いや可愛いな。可愛さが一周まわって冷静になってしまうな。


「しおんももちもちだよ!」

「ゆずもー!」

「あーーーーー」


 もうそんな声しか出す事が出来なくて。


 三人のほっぺたに癒されるのだった。


 ◆◆◆


「それでねそれでねー! びゅーんってして、ぎゅーってしたり、ぷにぷにしてたのしかったー!」

「うんうん、そっか。楽しかったんだ」

「そー! いっぱいたのしかった!」


 手を広げていっぱいを体現する紫苑。ミアが優しく微笑みながら紫苑のほっぺたをつついた。


「すまない、ミア。ちょっと危険な事をさせてしまって」

「んー、まあ。無制限にやってたら色々言ったかもだけど。約束したんだよね」

「したー! あぶないことしない!」

「茜と柚も。したんだよね?」

「した!」

「もーしません!」

「なら良し」


 茜と柚の頭を撫でて。ミアが俺を見た。


「『柊弥の前でちょっと危ない事をする』事で『怪我をしそうな事をしない』って約束出来たんだから。私としてはプラスマイナスでめちゃくちゃプラスだよ」

「……そう言って貰えると助かる」

「うん。柊弥が三人を怪我させる訳ないって信じてたからね」


 その信頼は少し重く。しかし、嬉しかった。


 四人を見ていると。茜が立ち上がり、てててとこちらに走ってくる。


「とーやにぃ!」


 そのまま倒れ込むように抱きついてきた。可愛い。一人で寂しがってるように見えたのだろうか。


 優しくて可愛いとかもう敵無しだと思う。というか敵を味方にすると思う。

 それは茜に限った事でもないのだが。


「とーやにぃとーやにぃ!」

「ん? なんだー?」

「あのねあのね!」

「どうした?」

「なんでもない! よんでみただけ!」


 にひひとイタズラが成功した子供のように笑う茜。

 可愛すぎて、すっごいおっきいため息を吐きそうになった。目に入れても痛くないとはこういう事だろう。


 うりうりとほっぺたを撫でくりまわすと、茜が楽しそうな声を上げる。


 しばらくミアはその様子を見守っていたが。茜がふと振り返って。目を合わせた。


「そろそろ行こっか」

「……や」


 ミアの言葉に茜は小さく、首を振ったのだった。

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