第17話 天海さんの妹達は恥ずかしがり屋である

「すずしー」

「すずしーね」

「ねー」


 ミアがアルバイトに出かけてから。俺達はご飯を食べた後に図書館へとやって来た。


 事前に図書館の中では静かに、と伝えていたから三人の声は大きくない。本当に素直で良い子である。

 ひんやりとした空気に包まれながら、先に三人に水分補給をして貰った。


 休日だが、図書館にはそこまで人が居ないようだった。


 エントランスから進むと飲食禁止の為、ここで三人に水を飲んで貰い。中へと入った。


「おおー」


 紫苑が目をキラキラとさせて周りを見ていた。


「紫苑、本好きか?」

「すきー」


 バンザイをする紫苑に頬が緩んでしまう。帽子の上から頭をぽんぽんと撫でつつ、絵本のコーナーはどこかなと中を見渡すと。カウンターから司書のお姉さんが歩いてきた。


「こんにちは」


 お姉さんの言葉に紫苑がビクッとして。続いて二人もビクッとして。


 ささっと俺の後ろに隠れた。



 ……そういえば。恥ずかしがり屋だっけ。いや、まさか本当にそうだとは思っていなかった。


 とんでもない速度で懐いてきたからな。

 紫苑はまだ分かるとして。茜や柚も、である。


「こ、こんにちは。ごめんなさい、この子達恥ずかしがり屋で」

「ふふ、良いんですよ」


 お姉さんが近づいてきて。紫苑達と目を合わせるためにしゃがんだ。


「絵本、好きかな?」


 お姉さんの言葉に紫苑は小さく、こくこくと頷いた。お姉さんは嬉しそうに笑った。


「ふふ。じゃあ絵本コーナーまで案内しますね」

「あ、ありがとうございます」


 わざわざ案内してくれるとは思っていなかったので驚きつつ。ありがたくその厚意を受け取った。


 そうして絵本コーナーまで案内される。絵本コーナーは図書館の中でも部屋が分かれていた。


 子供が座って見られるように、長方形の椅子が置かれていて。なんなら床に座って読めるよう、カーペットが敷かれていた。靴箱が置かれていて、【くつをぬいではいってね】と注意書きもされている。


「着きました。この部屋はある程度防音が効くので、大きな声を出さなければ読み聞かせなどはしても大丈夫ですからね」

「わざわざありがとうございます」


 お礼を告げ、お姉さんが戻ろうとして。


 紫苑が俺の前に出てきた。


「あ、あんないしてくれて! ありがとーございます!」


 その言葉にびっくりしてしまった。お姉さんも「まあ!」と目を丸くしている。


 続いて、茜と柚も紫苑の横に並んだ。


「ありがとーございます!」

「ありがとーございます!」


 その言葉にお姉さんがニコニコと笑う。


「どういたしまして。楽しんでいってね」


 そう言って戻っていく。紫苑達がホッとしたように笑っていた。


「偉いぞ、紫苑。茜と柚も」


 この歳で、勇気を出してお礼を言う。めちゃくちゃ……それはもう、めちゃくちゃに偉い事だ。


「本当に。凄く偉いぞ」


 三人を抱きしめて頭を撫でる。「えへー!」と、嬉しそうに笑う三人を見て。


 俺も思わず笑顔になるのだった。


 ◆◆◆


「ねーねー! つぎこれよんでー!」

「はいはい」


 紫苑達は交代で読んで欲しい本を持ってきて、その度に膝の上に座る。二人は挟み込むように座って絵本を覗き込む形だ。


 しかし、この年頃の子はじっとするのも難しい。時折ぎゅーっと抱きついてきたり、俺を見てえへへと笑うのだ。可愛いが限界突破してきてそろそろ倒れそうである。


 そして。この部屋もかなりほんわかした空間となっている。


 時折子供連れのお母さんやお父さんらしき人が入ってくるのだが、その度に「こんにちは」と挨拶をしてくれる。なんと言うか……こうした空間は悪くない。というか良い。


 子供自体は好きである。保育園に手伝いに何度か行った事があるから。



 ただ、それを抜きにしても……


「本当に可愛いなぁ。三人とも」

「えへへー!」


 断言出来る。家の子の方が可愛い。……いや。別に家の子ではないのだが。


 愛嬌は武器である。子供+愛嬌に勝てる存在など――



 ふと。頭の中を昨夜の彼女の姿が過ぎった。



 優しく撫でてくる細く、綺麗な指と。体温も同時に思い出し――


「とーやにぃ?」

「……ああ、悪い。次、読もうな」


 茜の言葉に意識を引き戻され。俺は首を振った。


 良くない。……良くないだろ。



 いやに高鳴る心臓を無視して。俺は絵本の読み聞かせをするのだった。


 ◆◆◆


「こーえん!」

「ひろーい!」

「たのしー!」


 図書館で思う存分読み聞かせをした後。公園へと俺達は来ていた。


 三人がてってっと走り出し。転ばないか見つつ、辿り着いた場所はブランコである。


 ブランコ……人気のありそうなものだが、幸いにも今は誰も遊んでいないようだった。


 そして、木陰にあったので丁度いい。日向よりもずっと涼しい。


 こくこくと水筒から水を飲む三人。シンクロしていて可愛い。あとちゃんと言いつけを守るの偉い。


「あかね、ゆず、あせふいてあげる!」


 紫苑がお姉ちゃん風を吹かせ、タオルで二人の額を拭っていく。じつに微笑ましく愛らしい。


「ありがとー! しおん!」

「ありがとー!」


 そのやり取りにふと、疑問を覚えた。


「紫苑の事はお姉ちゃんって呼ばないのか?」


 そう尋ねると。三人がきょとんと首を傾げる。示し合わせたかのように先程からシンクロしているが、違和感はない。


「おねーちゃんはおねーちゃんだよ?」

「うん。おねーちゃんはおねーちゃん」

「おねーちゃん!」


 おねーちゃんがゲシュタルト崩壊しそうではあるが。……なるほど。


 紫苑と茜、柚からしてみれば、お姉ちゃんはミアの事を指す言葉なのだろう。


 ……いや。それはどうなのだろうと思いながら。紫苑が別に気にしてないのなら良いかと思い直す。

 いつかお姉ちゃん呼びされたくなったら言うはずだ。多分。一応気にしておこう。


「そういう事、か」

「そー! しおんはしおん!」

「あかねはあかね!」

「ゆずはゆず!」

「教えてくれてありがとう」


 にこー! と笑いながら言う三人に頷き、頭を撫でる。「えへー!」と言葉が漏れるのが可愛らしい。



 そうして十分撫でくりまわしてから、ブランコで遊ぶ事になったのだった。

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