第16話 天海さんは責任を取って欲しい

 夢を見た。


 久しぶりに見た。こんなに優しく。暖かい夢は。



 ポカポカと晴れた日のお昼。ピクニックに行く夢。


 こんな明るい夢は……あの日以降、見ていなかった。お父さんやお母さんが帰ってくる夢は何度か見ていたけれど。


 とにかく楽しくて、楽しくて……仕方がない。


 紫苑がサンドイッチを食べさせてとせがんできて。茜や柚も食べたいと服を掴んできて。


 凄く、凄く楽しかった。


 ◆◆◆


「とーやにぃ!」

「ぐふぉっ!」

「おねーちゃん!」

「ひゃっ!」

「ふたりともー!」



 唐突に腹部へと衝撃が走り。俺は目を覚ました。


「おはよー! とーやにぃ!」

「あ、茜?」

「おねーちゃん、おはよー」

「ゆ、柚?」


 お腹の上に茜が乗っていた。見ると、ミアには柚が抱きついている。


 ふと横を見ると、紫苑がじーっと俺を見ていた。


「おにーちゃん! おねーちゃん! ずるい! おにーちゃんとおねーちゃんをひとりじめして!」


 その言葉に、やっと。今がどんな状況なのか思い出した。


 頬には暖かな――太腿の感触があった。


「……わ、悪い! 足、大丈夫か!?」

「きゃー!」

「おっと、ごめん、茜」

「たのしー!」


 いきなり体を起こしてしまい、茜がひっくり返りそうになった。

 背中を支えて隣に起きつつ、ミアの脚を見る。


「脚。とんでもない事になってないか?」

「ん? あー、大丈夫よ? だいじょーぶだいじょーぶ」


 ミアがそう言って立ち上がろうとして。


「あ――」


 ぐらりと、その体が揺れた。その体が前に倒れようとして。


 倒れる前にその手を引いていた。


「うわっ……っとと」

「ミア、だいじょ――」


 言葉が詰まった。



 すぐ目の前に、緑色に輝く瞳があったから。


 長い金糸のような睫毛まつげ

 白く、荒れ一つない肌。

 その唇は薄い桃色で――普段意識して見ない場所だからこそ、目を奪われてしまう。



 そして。足に力が入らないからか、俺にしなだれかかってきて。


 間に挟まった手に。むにゅりと酷く柔らかい感触があった。


「ぁ……ご、ごめ!」

「ミア、危ないからあんまり動かな――」


 ミアが仰け反って、また倒れそうになる。その背中を支えると、こちらに倒れ込んできて。……また手のひらが柔らかい感触に包まれて。


「またひとりじめしようとしてるー!」

「ぼくもー!」

「わーい!」

「ちょ、三人とも。今遊んでる訳じゃ……」


 紫苑達がぎゅーっと、横から後ろから抱きついてくる。余計身動きが取れなくなってしまった。手に当たる感触が強くなる。


 次第にミアの顔が赤くなっていき。その瞳が潤み始めた。


「ん……ぅ」


 手をどかそうとするも、上手く取れず。ミアが小さく声を抑えた。



「ばか。いま、手動かさないで」

「ご、ごめん」

「いーから。わざとじゃないって分かってるし」

「えへー!」


 ミアの言葉が聞こえていないのか、それとも理解出来てないのか……紫苑達は楽しそうに笑っている。


 その時間は、ミアの足の痺れが解けるまで……また、紫苑達の気が済むまで続いたのだった。


 ◆◆◆


「ちょーっといいかな。紫苑達はちょっと待っててね」

「はーい」


 どうにか乗り切……れてはいないが。三人が離れ、無事ミアも立てるようになった頃。俺はミアに呼び出された。


 何発だろうか。何本骨を提供すれば良いのだろうか。


 そうして連れてこられた場所は客室。ここなら話しても紫苑達には聞こえないだろう。


「ごめ――」

「言っとくけど、怒ってないから。謝んないで」


 とりあえず土下座をしようとしたら、ミアに止められた。


「し、しかし」

「そりゃ確かに……恥ずかしかったけど。別に、わざとやった訳じゃないって分かってるし。も、揉まれたりしたら色々言ったかもしれないけどさ。別にそんな事もなかったし」


 その言葉に先程の感触を思い出してしまって。顔が熱くなってしまう。


「それに、私を助けようとしてくれたんだし。……あ、ありがと」

「……」


 口を開くも、言葉が出てこない。さぞ間の抜けた表情をしていただろう。


 ミアが小さくくすりと笑い――しかし、その笑い方は決して嫌なものではなく。


「ん。もっかい言うよ。ありがと」

「ど……どういたしまして」


 やっと言葉が出てきてホッとする。ミアは顔を赤くしながらも、満足そうに頷いた。


「これで気まずくなるとかヤだったからさ。変に気ぃ遣ったりしないでよ」

「…………がんばる」

「絶対気ぃ遣うやつじゃん」


 俺の言葉にミアがじとっとした目で見てきて。


 あ、と何か思いついたように小さく声を出した。


 にぃ、と笑い。



「そんなに言うならさ。責任取ってくれる?」

「せ、責任?」


 ミアが笑って、顔を近づけてくる。その宝石のように綺麗な瞳が俺をじっと、見つめてきた。


「そ、責任」


 ニマニマと楽しそうに。その手が伸びてきて――



 ぽすりと、頭の上に乗せられた。


「なんてね。じょーだんだよ、じょーだん」

「み、ミア……心臓に悪い」

「ふふ。ごめんごめん」


 ぽんぽんと頭を軽く叩かれる。そして、今度は撫でられた。


「……撫でるの。好きなのか?」

「ん? あ、ごめんごめん」

「いや、別にそのままでも……いい」


 ミアが手を離そうとして。しかし俺の言葉にぴくりと手を動かし。またぽすり、と手を置いた。


「撫でられるの。好きなの?」


 逆にそう聞かれて。目を逸らしてしまう。


「……嫌じゃない」

「ふーん。そっか」


 ミアが小さくそう呟いて。無言で頭を撫で続けた。


「……好きだよ。柊弥の頭撫でんの」


 そういう意味では無い、と分かっているのに。ドクン、と心臓が跳ねた。


「あ、じゃあさ。好きな時に頭撫でていい、って事にしてくんない?」

「……別に良いが」

「じゃあそれで決まりで。柊弥ももう気にしないでね」


 小さく頷くと、ミアが「良かった」と小さく息を漏らし。微笑んだ。


 少しだけ恥ずかしかったものの、その手は暖かく。


「……撫でられるの。好きだよ」

「そっか」


 そう言えば。ミアは柔らかく笑うのだった。

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