第15話 天海さんはお礼をする
「み、ミア?」
「や、その。さっきみんなで寝れるって言ってたし。寝たいのかなって」
「いや、さすがに……」
そんな事は考えてない。そう言おうとしたものの、うるうるとしている茜を見て言葉を詰まらせる。
というか。茜に続いて紫苑や柚までうるうるし始めた。三人横並びになってうるうるしている。ちょっと可愛いが、それ以上に心が痛い。
「あーあ。うちの妹泣かせたら許さないよ?」
茜のほっぺたに自分のほっぺたを当て。紫苑と柚の頭に手を置くミア。
言葉に反して、少し楽しんでいるようにも見える。
「でも、ミアは――」
「私は別に良いけど」
「み、ミア……?」
唯一三人に言い聞かせる事が出来そうなミアは敵であった。
さすがに危機感がなさすぎる。
「し、しかしだな。変なこととかされるかもしれないぞ?」
「ふーん。変なことするんだ?」
「ち、ちがっ」
口の端を持ち上げて笑うミア。
からかわれている事に気づきながらも、顔はどんどん熱くなっていく。
「へんなことってなあに?」
「んー? 柚はなんだと思う?」
「おかおにらくがき!」
「ふふ。確かに変なことだね」
その微笑ましいやり取りを見つつも、不安そうに見上げてくる茜。紫苑もじっと俺の事を見ていた。
「……分かったよ」
「わーい! とーやにぃだいすき!」
頷くと、茜の顔がぱあっと星のように輝いて。ぎゅーっ、と音がしそうなくらい強く抱きしめられた。
その茜を抱き上げる。すると、茜はすりすりと頬を肩へ擦り付けてきた。可愛いの極みである。極めている。山奥に住む仙人すらもにっこりしてしまうだろう。
その頬はぷにぷにですべすべである。
そのままベッドへと寝転がらせる。ミアが反対側から紫苑、柚と続いてベッドに寝転がらせた。
三人が二つのベッドの真ん中辺りに寝た。真ん中にいる紫苑がベッドに挟み込まれないか少し不安だったものの、ちゃんとくっつけられていたので問題なさそうだ。
茜がじーっと俺を見て。早く早くと
ベッドに入り込むと、茜がまたぎゅーっと抱きついてきた。
向こうを見ると、
ミアの表情は穏やかだった。
優しい瞳で三人を見ている。
その手が柚の頭を優しく撫で。紫苑の頭を撫でた。
非常に微笑ましい光景だ。
同じようにして、俺も茜の頭を撫でる。お風呂後から紫苑と茜は髪を解いているから撫でやすい。
というか、髪を解いたら三人ともかなり似ている。姉妹なので当たり前なのかもしれないが。
もちろん見分けは簡単につく。
茜は髪も瞳も茶色く、よく目立つ。元気溌剌で見ていて元気を貰える。
紫苑はおめめがくりくりで好奇心旺盛。きょろきょろと辺りを見渡す事が多いものの、最終的には俺やミアをじっと見る事が多い。
元々笑顔を見せる事が多い三人だが、取り分けて笑顔が多い。
柚はタレ目で、常に眠そうだ。ぼーっとしていたりうとうときてる事が多い。しかし、元気で無いかと聞かれればそうでもない。
「とーやにぃ、とーやにぃ」
「んー? なんだ?」
「だいすきー!」
あーーー。
「好き」
「えへー!」
思わず茜を強く抱き締めてしまい。しかし、茜は笑顔で抱き締め返してくれる。
子供だからか、体温が高く。陽射しのように暖かい。
お日様の匂いがして、めちゃくちゃに癒される。
「えへへー」
「本当に……可愛いなぁ、もう」
一度手を離して。そのほっぺたに手を置く。
もちもちぷにぷにと、柔らかいほっぺたが手に張り付く。
「それすきー」
「お餅がすぎる」
あまりにもぷにぷにすぎて可愛い。いつまでも出来る。誇張抜きで。
「わたしもー!」
「しおんもー!」
「はいはい。……はぁ。癒される」
向こうではミアが贅沢にも片手で柚。もう片手で紫苑のほっぺたをもちもちとしていた。
「茜はこうされるの、好きなのか?」
「すきー! あったかいー!」
「……そっか」
すると。茜の手が伸びてきて、頬に触れてきた。
「するのもすきー! とーやにぃあったかい!」
ぺたぺたと顔を触ってくる茜。
少しくすぐったくて。でも、あったかい。
しばらくそうしていると、段々茜の目がとろんとし始めてきた。
二人の方を見ても、うつらうつらと船を漕ぎ始めていて。ミアがとん、とんと優しく背中を叩いていた。
ずるりと手が落ちそうになって。茜は手を背中に回してきた。
先程より抱きしめる力は弱々しい。
「おやすみ」
「……すみー」
その瞼が閉じ。最後にぎゅっと、軽く抱きしめる。
二人もほぼ同時に眠ったようだった。
◆◆◆
「どこ行くの?」
「あぁ……ちょっとホットミルクを飲みに」
こっそりと茜の隣から抜け出して部屋を出ると。ミアが顔をひょこっと覗かせた。
「ミアも飲むか?」
「じゃーお邪魔しようかな」
ミアの言葉に頷いて。リビングへと向かった。
◆◆◆
「はい。ちゃんとハチミツ入れたからな」
「ん、ありがとね」
普段から砂糖かハチミツを入れていた。
ミアにも何か入れるかと聞いたところ、ハチミツが良いと言われたのだ。
ことり、と小さな音を立ててコップを置いて隣へと座る。
「今日さ、ありがとね。私の事も気遣ってくれて」
「ああ、いや。俺の為でもあるからな。気にしないでくれ」
紫苑達とのお風呂も楽しかった。可愛かったし、凄く癒された。
お風呂だけでない。お昼寝から、寝かしつけるまで。
「凄く、楽しかったよ」
「そっか。良かった」
ミアが一口ミルクを飲んで。髪留めを外した。風呂上がりもずっと、髪留めを付けていたのだ。
「これさ。お母さんからの贈り物なんだ。初めての贈り物。ずっと大切にしてる」
「……そうか」
「形見、って言ってもいいのかもね。……ちなみにあの子達の髪留めはお父さんからの贈り物なんだ」
ミアがクローバーの髪留めを優しく撫で。机の上に置いた。
「……ホットミルク」
一言、呟いて。手を組んだ。
「いーよ、話したかったら話して」
ミアがそう言ってくれて。俺は小さく頷いた。
「小さい頃。眠れない時、よくお母さんが作ってくれたんだ」
怖い夢を見た時。嫌な事があった日。
眠れない時に、作ってくれた。
「飲むと、体がポカポカして。少しずつ眠くなる」
あの時間が好きだった。ホットミルクを飲んで、優しく見つめてくれたあの時間が。
「――飲まないと、寝られないんだ。もう」
中毒のようなものだ。
もうこれ無しだと眠れないのだから。
飲まないと、嫌な事を考え。寝付けなくなる。一度徹夜してしまってから、毎日飲むようにした。
「……そっか」
「悪い。気分の悪い話だな」
「そんな事ないよ」
カップを取ろうとするも、ミアの手が重ねられ――止められた。
「ミア?」
「お礼、するよ。今から」
ミアが手を掴んで。ゆっくりとカップから引き剥がされる。
「おねーさんが寝かしつけてあげる」
「……ミア?」
「さ、こっち来て」
「ミア?」
三度名前を呼ぶも。ミアは聞かず。
――ぽんぽんと。自分の膝を叩いた。
「……な、何考えてるんだ?」
「なにって。なに、やなの?」
「い、嫌とかではなく……」
「ほーら、さっさと来て」
ミアが俺の頭を引き寄せ……俺は、その
むにゅりと、柔らかな感覚に耳が押しつぶされる。直に体温が伝わってきた。
目だけを使ってミアを見る。ミアは小さく笑っていた。
「どーよ。現役女子高生の膝枕。あんまり経験出来ないよ?」
「……悪くない」
「ふふ、そっか。そりゃ良かった」
ミアの手がそっと、髪を撫でる。
「なんならお姉ちゃん、って呼んでもいいんだけど?」
「え、遠慮しておく」
「そっか。そりゃ残念」
目を戻し。テレビの方を見つめる。
暗いモニターには、ミアに膝枕をされている俺の姿が反射していた。
「目、瞑って」
ミアの言葉通り。俺は目を瞑る。
「意識して。今、柊弥の一番近くに居るのは私だって」
その手の温もりを。頬から伝わる温もりに、意識が注がれていく。
「私は絶対、ここから離れない。どこかに行ったりしないよ」
その指が髪を梳くように撫でてくれた。
――少しだけ。懐かしさを感じた。
「だいじょーぶ。すぐに寝れるよ。絶対。それで、いい夢を見る」
ミアの言葉が耳を通じ。頭に流れ込んでいく。
「私と、紫苑と、茜と、柚と、柊弥。五人で……ピクニックをする夢」
ミアの小さな笑い声が漏れる。
「どう? 楽しそうじゃない?」
その言葉に俺は返事が出来ない。なぜなら――
俺の意識は既にゆっくりと。沈み始めていて。
「……ふふ。おやすみ、とーや」
「もう、一人じゃないからね。とーやも、私も」
その言葉を最後に。ぷつりと意識は途切れたのだった。
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