第14話 天海さんは誘いたい
「ふー……いいお湯だった」
「お、ゆっくり出来たか?」
「お陰様でね。久しぶりに長風呂しちゃった」
夕食後にミアは風呂へと入っていった。紫苑達と遊んでいると、すぐに帰ってきたような気がするが……既に一時間近く経っていた。
お湯に浸かったせいか、頬がほんのり上気していて。その金糸のような髪はサラサラとしている。
ミアはラフなTシャツとスリットの入ったショートパンツ。
……なんか時々Twitterで見るよな。こういうイラスト。男子の憧れというやつだ。
まあ、ミアは……偽の恋人という事もあるので、なるべくそういう目で見ないようにしよう。
「おねーちゃんだー!」
「わーい!」
「いいにおいするー!」
ミアが戻ってきた瞬間、三人が駆け寄り。抱きついた。ミアは嬉しそうに笑って三人の頭を撫で回す。
「三人もいい匂いするよ」
「えへー!」
可愛い。微笑ましい。可愛い。
ミアは三人を抱きしめた後。ふう、と小さく息を吐いた。
「よし、それじゃ時間もいいくらいだし。寝よっか」
「はーい!」「はーい!」
「……もっとあそびたい」
元気よく返事をする紫苑と柚だが、茜は少し寂しそうに俯いていた。
「また明日もいっぱい遊べるよ、茜」
「……ほんと?」
「ああ。遊べる。……よな?」
安易に頷いて良いものか。三人に嘘はつきたくない。
ミアが俺の手に重ねるように、茜を撫でた。
「ん。お姉ちゃんはアルバイトに行かないといけないけどね」
「それなら三人。ミアのアルバイトが終わるまで預かっても良いか?」
「え? 良いの?」
俺は頷き。少し不安そうにしている茜の頭を撫でた。ミアの手も同時に動き、サラサラとした栗色の髪が指をすり抜ける。
「ああ。どうせ俺もやる事ないからな。公園でも行くか?」
「いく!」
「わーい!」
「あそぶー! おひるねするー」
しかし、そうなると……いや。大丈夫だな。
「確か、俺が小さかった頃の帽子が三つあったはずだ。水筒とかも」
「……良いの?」
「ああ。天海が良ければ、だけどな」
その時ふと。とある考えを思いついた。
「なあ。バイト……あー、いや。やっぱなんでもない」
途中まで言いかけて。しかし、三人の前で聞くのは良くないだろうと俺は首を振った。
「また今度話そう」
「……分かった。じゃあ明日、頼んでも良い? 夕方には来るから」
「ああ。任せてくれ」
大きく頷いて。俺は三人を眺める。
「という事だから、明日はお兄ちゃんと遊ぼう。公園の他に行きたいところとかあったりするか?」
「としょかん!」
「ぷーる!」
「かぐやさん!」
かぐやさん? ……ああ。家具屋さんか。いや。
「……寝る気か? 柚」
「いろんなべっどでねてみたい!」
「お、お店の迷惑になるからさすがにだめかな」
柚の言葉に苦笑いをしつつ考える。
プール……プールか。
「水着なんかも用意しないといけないから、明日はちょーっと厳しいけど。近いうちに行きたいね」
「ああ。そうだな。……そういえば女子はプールの授業も始まるんだったか」
「あ! そうだった!」
ふと思いついて言ったのだが、ミアは目を見開き。大きな声を上げた。
「あれ、いつからだっけ」
「俺達の授業の内容が変わるのは来週の火曜だったが」
「……まじ?」
「まじ」
はぁー、と。ミアがため息を吐いた。
「水着買ってない」
「……まじ?」
「まじ」
今度は反対のやり取りがされる。どーしよ、と呟くミア。
「明日は……ちょっとバイト後に動く体力ないし。月曜。それなら紫苑達の水着も揃えよっかな」
「でぱーと!?」
「そ、デパート。月曜日、幼稚園と保育園終わってからになるけど。行く?」
「いく!」
「いくー!」
「わーい!」
子供は元気である。今のうちにいっぱい思い出を作って欲しい。
「……んで、柊弥も行く?」
「ん? 俺?」
「どうせ暇でしょ?」
「確かに暇だが」
こっちは年中無休の帰宅部で、バイトもやってない。一言で言うと暇人である。
何か部活をやろうかなと思いはした。思いはしたが手を出せなかった。バイトは叔母さんに大学生になってからで良いと言われた。高校生のうちは遊べと。あと勉強をしろと。
「なら行こ。ついでに柊弥も水着買っちゃえば?」
「あー……身長伸びたからなぁ」
「いこー!」
「とーやにぃも!」
「いこいこー!」
まあ、そうだな。もしプールに行くなら必要になるし。
「よし。じゃあ荷物持ちとしても付き合うよ」
「よーっしゃ。楽できる」
正直な物言いに思わず笑ってしまった。
すると、柚がちょんちょんと脚をつついてきた。しゃがむと、両手を筒のようにしてきた。耳を貸してという事だろう。
「おねーちゃん。おにーちゃんがきてくれてうれしいっておもってるからね」
その言葉にまた笑ってしまう。
「大丈夫。分かってるよ。でもありがとう、柚」
「もっとなでて」
「はいはい、お姫様」
柚は頭を撫でていると、次第に目尻が垂れ下がり。んふー、と気持ちよさそうな声を出した。
可愛い。撫でくりまわしたい。もう撫でくりまわしてるが。腕があと二本欲しい。
ぼくもぼくもと駆け寄ってくる茜。紫苑はミアに撫でられていた。
「……これ永遠に撫でちゃうね」
「それも悪くないが。そろそろ本当に寝るか」
時間も良い感じである。そだね、と言って立ち上がるミア。
三人を引き連れ、洗面所で歯磨きをする。
「ぴかぴかー!」
「ん、おっけ」
その様子もミアはしっかり見ていて。口をゆすいだ後に「いー!」と歯を見せる三人に、ミアが笑顔でうんうんと頷いた。
今度は俺が紫苑と手を繋いで。柚と茜がミアと手を繋いで、客室の方に向かう。
「あー。そうだ。ベッドくっつけたらみんな一緒に寝られるはずだ。ちょっと待ってな」
客室の前に四人を置いて中に入る。
客室も簡単な作りだ。空っぽだったクローゼットに、机。そしてベッド。
使う機会はほとんどなかった。将来、俺に友達が出来たらここに泊めたら良い、とか話していたが。
ベッドは二つ。くっつければ四人が並んで眠れるくらいはある……と思う。多分。三人の寝相も悪くなさそうだったし。
床を傷つけないように、少しずつベッドの位置をずらし。近づけていく。
「よし。こんなもんかな」
「わーい! ありがとー! おにーちゃん!」
紫苑がニコニコと元気な笑顔で言ってくる。この言葉だけでもやった甲斐が有るというものだ。
「さて。もし何か足りないのがあれば言ってくれ。台所とかも好きに使って良いからな」
ミアへとそう告げる、扉へ向かうと。下三姉妹がこてんと首を傾げた。
「とーやにぃ。どこ行くの?」
「ん? お兄ちゃんの部屋だけど」
「……?」
どうして?とでも告げるように茜がじっと見てきて。はっ! と。言いたい事に気づいたのか、口を小さく開けた。
そして。その目がうるうると滲み始める。
「……とーやにぃ。いっしょにねてくれないの?」
思わず苦笑いしてしまい。どうしようかなと三人を見ていると。
「や、てっきり私も一緒に寝ると思ってたんだけど」
「……はい?」
思わぬ場所から追撃が来たのだった。
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