第13話 天海さんは寄りかかりたい

「いっしょにおふろ、はいるよね!」

「……あー。その、ほら。さすがにさ」


 目をキラキラとさせている茜に、ミアが目を泳がせながらそう答えた。


「でもでも! そーしそーあい? あいしあってるふたり? はいっしょにおふろはいるって! えほんでよんだ!」

「ちょい待ち。それほんとに絵本? ……まーた変な事覚えて。ん? でもそれくらいの知識ならそんなに問題ない?」


 自分に問いかけるように呟くミア。思わず笑ってしまいながらも、しゃがんで茜に視線を合わせる。


「ごめんね、茜。みんな一緒に入るのは難しいんだ」

「なんでー!」


 頭に手を乗せ、撫でながら茜の目をじっと見る。


 子供に嘘は厳禁だ。俺の場合はすぐにバレてしまう。

 それに、言い方も大切だ。こうして目を合わせなければ、良くない伝わり方をするかもしれない。


「お兄ちゃんが恥ずかしいんだよ」

「?」

「ほら、お姉ちゃんって凄く可愛くて綺麗だよね?」

「うん! すっごく!」


 ぶんぶんと頭を縦に振る茜。頭や首を痛めるかもしれないので、頭を撫でる事で振るのを止めさせる。


 一対一での会話。なるべく優しく話しかけるよう心がける。


「お兄ちゃんくらいの歳になるとね? 綺麗な子……まあ、同じ歳くらいの女の子もそうなんだけど。特にお姉ちゃんは綺麗な人だからね。一緒にお風呂なんて入ったら恥ずかしくて倒れちゃいそうになるんだよ」

「……むぅ」


 頬を膨らませながらも。茜は小さく頷いた。

 茜は……紫苑と柚もそうだが。とても良い子だ。きちんと話せば通じる。


「……わかった。じゃあぼく、とうやにぃとはいる」

「ああ。ありがとう。茜、偉いよ」


 茜をぎゅっと抱きしめ、頭を撫でる。茜もぎゅっと抱き返してくれた。


 ぽんぽんとついでに背中も叩いていると。なぜか後ろを向いてるミアの姿が見えた。


「……ミア?」

「や、ごめ。今ちょっと、顔見せらんないから」

「おねーちゃん! かおあかくなってる!」

「ちょ、紫苑」

「うれしそうにしてる!」

「ああもう、柚も。……もー!」


 てくてくとミアの方に回り込む二人にミアが声を上げ。


「二人とも意地悪だよ」

「きゃー!」

「きゃー!」


 ミアがしゃがんで二人を抱きすくめた。二人とも楽しそうに声を上げ、そしてミアをぎゅーっと抱きしめた。楽しそうで何よりである。


「三人はいつもミア……お姉ちゃんと入ってるのか?」

「うん!」

「そーだよー!」


 かなり今更ではあるが、三人に話しかける際は、ミアの呼び方を変えておいた方が良いだろう。その方が伝わりやすいだろうし。


 三人と風呂……そうなると。色々気も張るだろう。


「よし、じゃあ三人ともお兄ちゃんと入るかー?」

「はいるー!」

「はいる!」

「はいるよー!」


 決まりである。


「じゃあもうお風呂入ろうか」

「はいる!」

「はいるよー!」

「はいるー!」


 紫苑が茜。茜が柚。柚が紫苑の真似をしてそう言った。


「よし、じゃあお風呂の準備しておいで」

「はーい!」

「してくるー!」

「わーい!」


 そう言って。茜を離すと、たったっと客室の方に走っていく。紫苑と柚も同様だ。


「ミアは俺達の後にゆっくり入ってくれ。たまには――っと。お節介かもしれないな。悪い」

「……んーん。助かるよ、凄く」


 また相談もせずに決めてしまった。良くないな。


「や、ほんとに。一人の時間って中々作れないからさ」


 そう言いながらも絶対に振り向かない。

 これは……怒らせてしまったか。


 そう思った時。


「なんでそんなに優しくしてくれるかな」

「……え?」


 ぽつりと、小さく呟かれた。


「私がしっかりしなきゃ、とかさ。妹達の見本にならなきゃ、って思ってた。ううん、今でも思ってるよ」


 その声は少しだけ震えている。何度か咳払いをして、ミアが続けた。


「あー、やだやだ。私がアンタの事……柊弥の事、どうにかするって言ったのにさ」

「……それとこれとは関係ない。俺はミアが休めるようにしたいだけだ。お節介だと思うが」

「そんな事、ないけど」


 やっと。ミアが振り向いてくれて。


 ――その顔は、リンゴのように真っ赤だった。


 少し潤んだ瞳。頬から耳に掛けて真っ赤である。


 怒っている訳ではなさそうだ。


 立ち上がると。ミアがすっと近寄ってきた。


「み、ミア?」

「かっこいい事言ってるな、って思う。お節介とかぜんっぜん思ってないから」


 ぽすり、と。肩に頭突きをされた。


「一回寄りかかったら私、多分もう……また休憩したい、とか言うかもしれないよ? 調子に乗って、また一人の時間が欲しいって言うかもしれない」

「……ミアは頑張ってきてるだろう? ちょっとくらい休んでもバチは当たらない。その時は三人の面倒は俺が見よう」


 一人の時間、というものは大切だ。……一人になりすぎるのも良くない、と気付かされたが。


「それに、俺も三人には凄く助かってる。凄い良い子だ。遊ぶのも楽しい。見ているだけで癒される」

「……うちの妹、可愛いっしょ?」

「ああ。それはもう、天使だな」


 ぽすり、とまた頭突きをされた。


「あーあ。さっきあんなかっこつけたのに。今の私、かっこわるいね」

「そんな事はない。ミアはかっこいいよ」


 本当に。心の底から思う。


「ほら。そろそろ三人も来るぞ」

「……ありがと。三人の前ではこんな姿、見せたくないからね」


 最後にもう一度頭突きをして。ミアが離れた。


「ありがとね。頼りにしてる」

「こっちこそ。晩御飯、楽しみにしてる」

「任せて。とびっきり美味しいの作るよ」


 ミアがまだ赤い顔で。拳を突き出してきた。


 こつん、とそれに拳を合わせた。


 色々、貰ってばかりだが。少しは役に立てそうで一安心である。


 ◆◆◆


「おにーちゃん! 次私ね!」

「はいはい。しっかり目瞑るんだぞ?」

「はーい!」


 風呂椅子に座らせ、目を瞑らせ。シャンプーを手で泡立てる。


「二人も転ばないようになー?」

「はーい」

「はーい」


 お湯を掛け合って遊んでいる茜と柚。楽しそうで何よりだが、水場なので割と心配だ。


 ちゃんと二人を見つつ、紫苑の頭を洗う。


「痒いところとか。痛いとかないか?」

「うーん! きもちー!」

「良かった」


 爪を立てないよう、指の腹を使って優しく洗う。


「……よし。じゃあ今から流すからな」

「はーい!」


 シャワーの温度を確認して。「熱くないか?」と尋ねれば、「だいじょーぶ!」と返ってくる。


 そのままシャンプーの泡を落として。紫苑が顔を突き出してきたので、手のひらでその顔についた水滴を拭う。


「よし、じゃあ湯船浸かるよ」

「はーい!」

「はーい!」

「はーい!」


 先にお湯が熱すぎないか確認する。……うん。多分大丈夫だろう。


 先に入ると、ざぷんとお湯が外へと流れ落ちる。


「しおん! はいるね!」

「ああ。さ、おいで」


 紫苑達の身長だと、湯船をまたぐのは少し難しい。

 紫苑の脇に手を入れ、湯船の中にゆっくりと入れる。


「あったかーい!」

「湯加減は大丈夫そうだな」


 続いて、「とーやにぃ」と手を広げてくる茜。とろんと眠そうな目で手を広げてくる柚を湯船の中へと運び入れる。


「あったかーい!」

「ねむくなってきた」

「柚。お風呂で眠るのは危ないから少しだけ我慢な」

「はーい」


 ポカポカと温まる。紫苑達も入ると湯船は少しだけ狭い。


「みてみてー! くらげ!」


 空気を含ませたハンドタオルを浮かべてはしゃぐ紫苑。茜と柚がはしゃぎながら、そのタオルをつんつんとつついた。


 ふと。昔の記憶がフラッシュバックした。



 ――ああ。俺も小さい頃。同じ事をしたな。


「おにーちゃん?」

「本当に紫苑達は……可愛いな」


 手を広げると。紫苑が。茜が。柚が、抱きついてきてくれる。


 あったかい。……ああ。子供ってどうしてここまで癒されるんだろうか。


「えへー! おにーちゃんすきー!」

「ぼ、ぼくも! とーやにぃすき!」

「わたしもすきー!」

「……ああ。ありがとう」


 ずしりとのしかかっていたものが、少しずつ解され。軽くなっていく。


「お兄ちゃんも大好きだよ。紫苑。柚。茜」


 そう言うと。三人はえへ! と笑うのだった。

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