第12話 天海さんとの共通点

 ミアと共にリビングに降りてきて、ソファに座って――


「私もさ。実の両親、亡くしてるんだよね」


 ――唐突に。そう言われた。



 いきなりの言葉に理解が追いつかず。その言葉が頭の中を反響した。

 両親を、亡くしている?


「私さ。あー、ちょっとややこしいんだけど、一応ハーフなんだよね。だからこの髪も地毛だし、目もこの色なんだ」

「そう、だったのか」


 通っている高校は染髪は禁止されていない。カラコンは……分からないが。思えば普通にダメな気がしきた。


「お母さんがフランスの人で、お父さんも純粋な日本人ではなくてね。あ、でもお父さんの国籍は日本だよ」

「……そうか」


 頷くと。ミアが言葉を続ける。


「おかしいって思わなかった? 紫苑。茜。柚。それで、そのお姉ちゃんの私の名前がミア。一人だけ異質でしょ?」


 確かに、おかしいとは思っていた。そういうものかと尋ねる事はしなかったが。


「……お母さん、体が弱くてね。私を産んですぐに亡くなったんだ」


 懐かしむように遠くを見つめて。ミアが笑う。


「それで、今から六年くらい前にお父さんが再婚してね。紫苑達はその新しいお母さんとの子なんだ」

「そう、だったのか」

「そ。……それで、四年前。茜と柚が産まれてすぐにお父さんは交通事故で亡くなったんだ」


 その目がスっと細くなり。ミアはまたふー、と小さく息を吐く。


「ちなみに子供……弟か妹が欲しいって言ったのは私の実のお母さんね。私が寂しくないようにってお父さんに頼んだんだ。再婚も私が望んでの事だったし。その辺はそんなに複雑じゃないから安心して」


 ミアの言葉を聞いて。俺は何も返せない。


「や。言っとくけど、もうそんなに落ち込んでないよ。お母さんもすんごいお仕事頑張ってるしさ。……なにより」


 ミアが天井を見上げ。しかし、その目は天井の奥にあるものを見ているようだった。


「あの子達が居るからさ。今は幸せだよ」

「……そうか」


 その言葉に俺は目を瞑った。



「強いな。ミアは」

「うん。お姉ちゃんだからね。三人の見本にならないといけないからさ」


 本当に、強いと思う。


 だって、俺は――



「俺は。まだ両親の死を乗り越えられていない」



 未練などいくらでも。数え切れないほど残っていた。


「この家に住みたいと言ったのもそうだ。今だって時々、お母さんが……お父さんが帰ってくる夢を見るんだ」


 見てしまう。

 そして、起きて。全てが嫌になる。


 週に一度はこんな事を繰り返し。酷い時は扉が開いて二人が帰ってくる幻覚を見てしまう。


「『乗り越えなくても大丈夫。いつか、時間が解決してくれるから』……とかさ。私も親戚の人に言われたよ。しょーじきしんどいよね」

「……ああ」

「今が辛いんだもんね。分かるよ、私も」


 思わず目を逸らしてしまって。

 ミアの手がちょんと、俺の手に触れた。


「私が助けてあげる、なんて言えない。そこまで器用じゃないから」


 その手がすっと動いて。手に重ねられた。

 温かく。柔らかい手が。


「でも、傍に居るよ。私が。紫苑が。茜が。柚が」

「……ミア」

「私達が居たら、ちょっとは気が安らぐ……なんて思い上がりだったりする?」

「そんな事、ない」


 首を振って。ミアを見る。

 その暖かな瞳がじっと、俺の顔を覗き込んできた。


「ミアと、紫苑と、茜と、柚。皆が居ると、楽しいよ。救われてる」

「ん、良かった。それならさ」


 ちょんちょんと手の甲を指でつつかれ。顔を上げる。


 ミアは口の端を持ちあげ。笑っていた。


「私達が柊弥の事を一人にしないよ。絶対」


 その手がするりと伸びて。頭の上に置かれる。


「……お礼、か?」

「んーん。や、まあ。そっちもあるけどさ」


 その手がゆっくりと、優しく髪を撫でるように。頭を撫でてくる。


「単純に人柄? って言えばいいのかな。私がそーしたいからそーするってだけ。紫苑達は純粋に柊弥と一緒に居たいだろうしさ。どうかな? ……ううん。決まりね」

「ご、強引だな?」

「皆の前で恋人って宣言した柊弥が言う?」


 その言葉に思わずせそうになって。喉から変な音が鳴った。


「じょーだんだよ、じょーだん。ごめんって」

「……いや」

「晩御飯作ってあげるから許してね」


 ぱちり、とミアが小さくウインクをした。


 本当に冗談だったらしく。心の底から息を吐いた。

 あれも。かなり勝手な判断だった。

 ……結果論で言えば、良かったと言えるのだが。


 そこまで考えて。やっとミアの言葉が頭の中に入ってきた。


「……よ、夜まで居るのか?」

「え? ……あ、そうそう。ちなみにだけどさ。客室とかってある?」

「あ、あるにはあるが」


 少しだけ嫌な予感がして。ニコリとミアが笑って。


「今日、泊まってくね」


 そう。言ったのだった。


 ◆◆◆


「おとまりー!」

「わーい!」

「やったー!」


 三人を昼寝から起こすと。三人が両手を上げて喜んだ。可愛い。

 ……ではなく。いや、めちゃくちゃ可愛いのだが。


『じゃ、ちょっと紫苑達の服取ってくるね。あとお母さんにも連絡しとく。……あ、買い物も行かなきゃ。一時間経っても戻ってこなかったら三人起こしといてね』


 と、ミアが言って家を出て行ったのだ。


 言われた通り、三人を起こし。お泊まりになるかもしれない事を告げると、三人が凄く喜んだ。という訳だ。


「いっぱいあそべるね! おにーちゃん!」

「あ、ああ。そうだな」

「とーやにぃ、いっしょにおふろはいろー!」

「……いや。なんかそれは良くない気が」


 そう返すと、茜がえー! と返してきた。こんな年端もいかない子供に興奮するような人間ではないが。

 それはそれとして、安易に頷く事でもないだろう。


 お父さんが居ないという事は。つまり、お父さんとお風呂に入った経験すらかなり少ない訳で。


 なんとなくそれは良くないのでは、とか思う。


「えー!」

「……ミアに聞いておっけーだったら考える」

「わーい!」


 とりあえずミアが帰ってきてから考えよう。


 ふわぁあと大きな欠伸をする柚。


「気持ちよかったか?」

「すっごく!」

「良かった」


 柚はタレ目である。いつも眠そうであるが、今は少しすっきりしたようだ。


 その頭を撫でていると、また目がとろんとし始めたので止める。


「うぅ……おにーちゃん、もっと」

「寝る前にな」


 ぽんぽんと頭を軽く。優しく叩いて、うずうずしていた二人も程々に撫でる。


 そうしていると、ガチャリと扉が開く音が一階から聞こえた。


「おねーちゃんだ!」


 紫苑を筆頭に、三人が扉から飛び出した。


「階段、転ばないようにな」

「はーい!」


 一見すると生返事に聞こえるが。階段は三人でそーっと降りるのがおもしろ可愛い。


「お、偉い偉い。ちゃんとゆっくり降りてきたね」

「うん!」


 玄関からミアが顔を覗かせて。紫苑がぱあっと顔を輝かせてミアへと抱きつこうとした。


「おかえり! おねーちゃん!」

「ふふ、ただいま。もうすっかり我が家の気分だ。待ってね。先に手洗っちゃうから」

「うー。はーい」


 紫苑が直前でとどまり、うずうずと体を震わせる。


「ミア。荷物受け取っておくよ」

「あ、ありがと。食材とかはキッチンに置いといて」

「了解だ……っと。結構重いな」


 着替えが入ったであろうリュックとひよこの絵が付いたマイバッグを受け取る。


「これは客室の方置いとくよ」

「お願い」


 ミアが手洗い場へと向かい。ひょこひょこと三人が後ろをついていく。親鳥についていく雛鳥のようで可愛らしい。


 それにほっこりしつつ、荷物を置きにキッチンと客室の方へ向かう。


 すると。たったっと廊下を走る音がして。「とうやにぃ!」と呼ぶ声が聞こえてきた。


「なんだ? どうした?」

「とうやにぃ! いた!」


 部屋から出ると、茜が俺を見つけ。目がキランと輝いた。


「おふろ! おふろ!」

「お風呂? ……おっけー貰ったのか?」

「うん! そー! いっしょにおふろ!」


 茜が手を広げてきたので。その脇に手を入れ、抱っこをする。

 それと同時にミア達が手洗い場から現れた。


「あー。一応柊弥から許可取ってって言ったんだけどさ」

「ああ。俺は別に良いんだが。そっちこそ大丈夫か?」


 そう聞くと、ミアが笑った。そのまま手を伸ばして紫苑と柚の頭を撫でた。


「逆にね。あんまりそういうのに触れさせない……触れさせないって言っても知識的な意味でね。一切ない、ってなってもさ。不健全なのかなって思ってさ」


 その言葉にああ、と言葉が漏れる。


 ミアは俺に……三人からすればお父さんのような感じだと言っていた。


 確かに父親が娘とお風呂に入るのは……最近だとまた色々言われそうではあるが。まあ、別に不健全ではない。

 これだけ小さな子供なら、良いコミュニケーションにもなるだろう。


「もちろん、私は柊弥にそういう趣味がないって信じてるけどね」

「俺にそんな趣味はない」

「お姉さんが好き、だっけ?」


 ミアがニヤリと笑った。うっと、思わず言葉が詰まる。

 最初に言った事、覚えてたのか。


 そして。茜が目を丸くして俺を見て。とても良い笑顔を見せた。


「おにーちゃん! おねーちゃんがすきなの!?」

「ちょ、ちが」

「ぼくも! おねえちゃんすき!」

「しおんしってるよ! そーしそーあいってやつだよね!」


 そうだった。紫苑達にとって、『お姉さん』……『お姉ちゃん』はミアしか居ないのである。


 ミアもここまでは想定してなかったのか、顔を真っ赤にして苦笑いをしていた。


「おねーちゃん」

「ん、どした? 茜」

「おねーちゃんもいっしょにおふろはいるよね!」


 ピシリ、と。空気にヒビが入る音がした。


 茜はニコニコと「はいるよね! ね!」と言い続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る