第10話 天海さんは頭を撫でるのが好き

 次の日。

 日をまたいだにも関わらず、俺はめちゃくちゃ周りに見られていた。


「おっはー。柊弥」

「おはよ、俊」


 後ろから呼びかけてきたのは俊である。いきなり肩を組んで来たが、いつもの事だ。


「それにしても。まさかお前が本当に天海さんと付き合ってたとはな」

「……悪いか」

「いんや、何も。ただ俺くらいには言ってくれても良かったんじゃないかー? お?」

「うざい。言うタイミングを逃していただけだ」


 ニヤニヤとした顔でだる絡みをしてくる俊。一つため息を吐いた。しかし――


「昨日はありがとな。機転を利かせてくれて」

「いーって事よ」


 昨日、俊には色々と世話になったのだ。お礼は言っておかなければならない。


「しっかし。俺、天海さんの事なんも知らないんだが。どんな事話してんの?」

「色々だ」

「色々、ねぇ」


 ミアからは妹達の事はなるべく話して欲しくないと言われている。


 自分の評判が悪いから。もしこの学校で紫苑達と同じ歳の弟か妹が居れば、いじめられるかもしれない、と。


 あれだけ年の離れた兄弟や姉妹も珍しいと思うし、その確率もかなり低いとは思う。

 だが、ミアが言うならと了承したのだ。


「ま、あの辺は任せとけ。二人が付き合ってるんならすぐあの噂もなくなるさ」

「……ありがとう」

「いいって事よ、親友」


 二人で教室へと入ると、俊に背中を押された。行ってこいという言葉と共にである。


 見れば、いつもの場所にミアが居た。


 窓枠にもたれ掛かり、今日は珍しく飴を舐めていた。棒付きのやつである。


 一見すればタバコでも吸ってるように見えなくもない。……ミアがそんな事をする子ではないと分かっているのだが。


 ミアは俺に気づいて小さく手を振った。


「おはよ、ミア」

「ん、おはよ。柊弥」


 近づいて手を振り返すと、周りからまた注目を集められる。


「飴なんて珍しいな。いつもはガムだろ?」

「あー。家から持ってきた」


 その言葉になんとなく察しがついた。三人か。

 美味しいから姉にも共有したとか、そんな所だろうか。


「りんご味。食べる?」

「遠慮……はしなくても良さそうだな」

「ん。柊弥の分も持ってきちゃったからね」


 ミアがカバンの中からもう一つの飴を取り出して、包み紙を取った。


「ん」

「……」


 そのまま突き出してくるミア。手にではなく口の方へ。


 学校では付き合っている事になってるのだから、わざわざ手で取り直すのも不自然だろうと。そのまま咥える。


 口の中にりんごの甘酸っぱい味が広がった。


「美味しいっしょ?」

「……ああ」


 飴を咥えながら、小さく笑うミア。

 不覚にも。ちょっとかっこいいと思ってしまったのだった。


 ◆◆◆


「ほい、弁当」

「……本当に作ってきてくれたんだ」

「作るよ。二人してお昼なしはまぬけすぎるじゃん」


 机の上に置かれたのは黒色の弁当箱と桜色の弁当箱。


 黒色。


「この弁当箱って――」

「ん。お父さんのだったね」


 だった。

 その言葉に、聞くべきじゃなかったと口を引き結ぶ。


「ん? あ、違う違う。別にそういうんじゃないって」

「だ、だけど。……悪い」

「あーも、ごめんごめん。そんな顔しないでって」


 ミアが少し困ったように笑って、手を伸ばしてきた。


 ぽん、と。頭に手が置かれる。


「ほーら。……あ」

「……」

「ご、ごめ。ついあの子達みたいな――」


 その言葉にミアがハッとなって。すっと目を逸らしてきた。


 妹達を示唆する言葉は言えないから。ミアの目が揺らいで。


「……い、いつもの感じでやっちゃって」

「ちょっ――」


 俺の言葉を遮って。黄色い歓声が上がった。


「いつもの! いつものってよ!」

「天海さん、いつもしてるって事……?」

「……良いわね」


 恋愛事となるとすぐ手のひら返しか、とも思ったが。

 よく見れば、あの時ミアや俺を見てこそこそと話していた女子達ではなかった。こそこそしていない人の方が少数派なので記憶に残っていたのだ。


 無視しようと思いながらも。まだ頭の上には手が乗っている。


「あー。ごめ、まじごめん」

「……良いよ。これくらい」


 気を紛らわせるかのように俺の頭を撫で続けるミア。

 ひょっとしたら。恥ずかしくなった時、紫苑達の頭を撫でる癖があったりするのかもしれない。


 そう思いながら、気づいてくれるのを待った。


「……」


 ミアと目が合って。しかし、手は止められない。


「結構いいかも、これ」

「ミア?」

「……ぁ。ごめ、つい」


 名前を呼ぶとミアが手を離し。かあっとその顔が赤くなっていく。


「……食べよ」

「あ、ああ。気にしてないからな?」

「ありがと」


 ミアが小さく呟いて。気分を切り替えようと思ったのか、小さく頭を振った。


「あ。そう、さっきの話の続き。ずっと物置の隅に置いとくのもなって思ってね。もちろん嫌なら別の買うけど」

「嫌じゃない。ただ、ちょっと不安だっただけだ。ミアが色々思い出すんじゃないか、とか色々」

「だいじょーぶだよ。もうとっくに吹っ切れてるし」


 ミアがまた。小さく笑った。


「今は柊弥が居るからさ。楽しいよ」

「――ッ、そ、そうか」


 顔に熱が上っていく。顔を直視出来ない。



 あれ、なんでだ。つい最近までは普通に出来ていたのに。


 ――いや。よく考えてみれば当たり前の事だ。


 ただでさえ俺は女性に対する耐性がない。小さい子は別だが。


 それが、いきなりこんな美少女と話して。食事を共にしてるのだ。

 俺、よくこんな美少女を恋人なんて嘘ついたな。


「なに。照れてんの?」

「……べ、別に。照れてないし」

「ふふ、そっか」


 思わず口をついて出た言葉にミアは笑う。楽しそうに。


「でもほら。お弁当、食べないと時間なくなっちゃうよ?」

「そ、そうだな。ありがたく貰おう」


 ミアに言われて弁当箱を開ける。


「――おお」


 開けて、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


 卵焼き。豚肉の生姜焼き。ほうれん草のおひたしと、色とりどりの食材。そしてたこさんウィンナー。


「めちゃくちゃ美味しそうだな」

「料理って見た目から入るじゃん? 結構意識してるんだ」


 得意げにする彼女の言う通り、かなり見栄えが良い。食欲がそそる、とはこういう事だろう。


「いただきます」

「はい、どーぞ」


 手を合わせて言えば、ミアから言葉が返ってくる。


 ミアがじっと見てくる中。生姜焼きを箸で摘んで食べる。


「美味しい!」

「ん、良かった」


 弁当らしく、ご飯が進む味付けだ。他の料理も全て美味しい。


「これも美味しいな……トマトも美味しいし。というか全部美味しいな」

「……」

「ちょっと自分でもビビるくらい箸が進んでる。いやほんと美味しいな」


 お世辞などではなく本心だ。

 そうして食べていると。ミアが笑った。


「ほんと、美味しそーに食べるね」

「美味しいからな。本当に」

「……ありがと」

「いや、お礼を言うのは俺の方なんだけどな」

「それでも。そんだけ美味しいって言ってくれたら嬉しいに決まってるじゃん」


 ほんのりと頬を赤く染め、しかし口元を緩めるミア。


「家族のルールだったんだよ」

「ルール?」

「『ご飯を食べてる時は、美味しいって感じたら美味しいって伝える。その方がお母さんが嬉しいから』ってな」

「へえ。良い人じゃん」


 ミアの言葉が嬉しくて。俺も頬が緩んでいた。


「ああ。良い人で……楽しい人だったよ」


 思わず窓を。空を眺めてしまいそうになって。こんな事をしていたら怒られるなと弁当へ視線を戻した。


「ほら、ミアも食べないと時間なくなるぞ。俺が言うのもあれだが」

「ん、そだね。食べるよ」


 ミアも弁当を開けて食べ始めた。


 そうして昼は、二人で弁当を食べたのだった。

 明日からも作ってくれるとの事で。また明日が楽しみになった。


 ◆◆◆


「はーい! おにーちゃんにていあんがありまーす!」

「お、提案なんて言葉を覚えたのか。偉いな、紫苑は」


 頭を撫でるとえへへー! と紫苑は可愛く笑う。可愛いの化身である。


 そして、その隣で自分も褒められたいとうずうずしている茜と柚。可愛いので頭を撫でた。えへへ! と二人が笑う。可愛いの化身が三人に増えた。


「持ち帰っていい?」

「だめ」


 知ってた。いや、俺も半分は冗談なのだが。


「おにーちゃん!」

「ああ、悪い悪い。それでなんだ? 提案って」


 紫苑はニコニコとした笑顔を見せて。


「おにーちゃんのおうちにあそびにいきたい!」


 紫苑は笑顔でそう言ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る