第3話 天海さんの妹達はあまえんぼ

「……まさかこうなっちゃうとは」

「元気で良いんじゃないか?」


 今、俺の上半身が大変な事になっていた。


「たかーい!」

「つぎはぼくのばんだからね!」

「むにゃむにゃ」


 右手に柚。左手に茜。そして、紫苑を肩車している。後ろで天海が三人が落ちないかどうか見ていて、時折紫苑達を支えている。足腰が強くて良かった。本当に。


 紫苑は髪を一つ結びにした女の子。前髪は紫色の花の髪留めで留めていて、顔はよく見える。


 そして茜。茜は二つ結びにしている女の子だ。その髪の色は黒ではなく茶色。

 元気ハツラツなぼくっ子であり、赤色の花の髪留めをしている。


 最後に柚。柚は三つ結び……という事もなく。肩につかない程度の黒髪である。

 彼女は凄く昼寝が好きらしい。二人と遊ぶか寝ているかしかしないらしく、今もこうして眠っている。柚は黄色の花の髪留めだ。


「……ごめん。ほんとごめん」

「気にしなくて良いって」

「や。もう色々。一人くらいは引き受けるから。ほら、柚。おいで」

「むにゃむにゃ……ぎゅー」


 柚の服をつつくも、柚は離れない。……寝ながらも抱きつくって結構凄い芸当だと思うが。


 コアラのように抱きつく柚。

 肩をつつく天海。しかし起きず。

 紫苑と茜は俺の右半身と首の上ではしゃいでいる。ちゃんと掴んでるから良いんだけど。危なくはあるな。

 何かあった時のために、片手くらいは自由にしておきたい。


 すると、紫苑が少し困った顔をして。じっと、俺と天海を見比べた。


「しおん、おりる」


 ……なるほど。これがよく聞く、兄弟姉妹の長男or長女が少し無理をしてしまうあれか。いや、それで言うと長女は天海だから少し違うか。


 どうしようかと迷いながらも。怪我をさせる訳にはいかない。


「すまないな、紫苑。……家についたらいっぱい遊ぼう」

「うん!」


 紫苑を下ろして頭をぽんぽんと軽く撫でると。紫苑は俺から離れ、天海と手を繋いだ。


 ……良いのかな、とか。まるで父親のような悩みをいきなり持ってしまったが、あまり突っ込みすぎるのも良くない気がした。俺は所詮最近知り合っただけの存在だ。


 俺に出来る事は、天海達の家についてからいっぱい遊ぶくらいだ。後でいっぱい頭を撫でよう。


「ん、偉いね。紫苑。でも無理はしないでね」

「むりしてないもん!」


 紫苑の言葉に天海が小さく笑う。


「よっし、そんじゃ買い物行こっか」

「はーい!」

「はーい」

「むにゃ……」


 天海の言葉に元気よく返事をする紫苑と茜。茜は場所を変え、肩車をする。これで右手が空いた。柚はまだおねむのようだった。


 ◆◆◆


「あら珍しい。ミアちゃん、男連れ?」

「し、篠山しのやまさん。人聞き悪いですよ。こいつは……あー。……誰?」

「誰? はもうただの不審者なんだよ。確かに俺もどんな立ち位置なのかよく分かってないが」


 スーパーに入ってすぐ。俺達、というか天海は話しかけられた。


「おにーちゃんはね! しおんたちのおにーちゃんなんだ!」

「あらあらあらあら!? ミアちゃんってば、もう旦那さんを!?」

「いや違います。誤解です」


 そのおばさんの言葉にも冷静に返す天海。紫苑達ははしゃいでいた。


 説明をして誤解を解き、店内を歩く。また色々な人に話しかけられ、色々と誤解をされた。


「……ごめん。色々」

「良いよ、別に。あの人達も本気で言ってる訳ではなさそうだし。あと、俺の立ち位置も考えておかないといけないな」

「ん、そだね。毎回誰? って言っちゃうのもね。それと、紫苑も変な事吹き込まない」


 精々井戸端会議のネタにされるくらいだろうし、幸いにも俺の親はその会議に参加しない。


「はーい」


 紫苑も分かっているのかいないのか。分かっていると信じよう。


 と、その時。茜がちょんちょんと頭をつついてきた。


「とーやにぃ。あかねもあめたべたい」

「あめ? ……ああ。飴か。ちょっと待ってな。天海、リュックのここ開けてもらえるか?」

「いやいやいや。さすがに悪いから。ほら、あんた達もそういうのは言わない」

「でも! しおんももらったっていってたもん!」


 二人のやりとりに笑いながら、俺はリュックのポケットを指さした。


「良いんだよ。俺も貰うかなって思ってたから。こっちに入ってるから取ってくれ」

「……ごめん」

「謝らなくて良いよ、別に。ほら、飴だ」

「わーい! ありがとー! とーやにぃ!」


 茜に飴を上げると、満面の笑みでお礼を言ってくれた。思わず笑顔になってしまう。


「子供の笑顔、好きだからな」

「そっ、か」

「ああ。だから本当に気にしなくていい」

「んー! おいしー!」


 そのほっぺたに手を置いて美味しさを表現する茜。可愛い。


 となると、柚にもあげたくなるが……


「むにゃむにゃ」


 まだ眠っていた。家に帰してからでも良いかなと、笑いながら考える。


 すると、天海がとある場所に視線を固定し。そこへスタスタと歩く。


「……お、洗剤めっちゃ安くなってる。え? てか安くね? だいじょぶなの? これ赤字じゃない?」


 ぶつぶつと呟く天海。

 天海は喋らないイメージが強かったが。どうやらかなり独り言が多いタイプらしい。


「え、待って待って。柔軟剤もやっすい。ね、紫苑。今の柔軟剤好き?」

「じゅーなんざい?」

「今のお洋服の匂いだよ。茜と柚も……あ、柚は寝てるか。茜もどう?」

「すきー! おはなのにおいするから!」

「ぼくもすきー!」

「むにゃむにゃ」

「おっけ。じゃあ買いだね、……あ」


 天海が唐突に呟いて。鞄の中に手を突っ込み、長財布を取り出した。


「……」

「天海? どうした?」

「や、なんでもない」


 天海は財布を鞄にしまって。ため息を吐いた。


「柔軟剤はお預けかなぁ」

「……それくらいなら金、貸そうか?」

「や。だいじょぶ。人からはお金を借りないってお母さんと約束したから」

「そうか」


 お金に関してはかなりシビアな問題ではある。無理に言うのも良くないだろう。


「こんなもんかな。今更だけど夕飯、カレーで良い?」

「わーい!」

「カレーすき!」

「むにゃ……すき」


 天海の言葉に三名は喜んでいた。……約一名、寝言で返事をしているようだが。


「アンタも。カレーで良い?」

「……え? 俺もか?」

「ん、アンタ以外に誰がいるのさ。夕飯、食べていきなよ」

「いや。悪いだろ」


 紫苑達が会いたいと言ってくれたから来たが。夕飯まで共にするのは負担だろう。


「って言ってるけど、紫苑達はどーかな?」

「おにいちゃんとたべたい!」

「とーやにぃとたべる!」

「……むにゃ。ぎゅー」

「ほら、食べたいって。柚もぎゅってしてるし」


 それなら……断る事もないか。

 それと同時にふと。一つ閃いた事があった。


「分かった。それなら俺も一つ、譲れないところがある」

「ん、何?」

「カレーの材料代、半分は払わせてくれ。作ってもらうという事だしな。手数料的な奴も含めてだ」

「…………分かった」


 かなり迷った末に。天海が頷いた。


「これで柔軟剤、買えるんじゃないか?」


 そう言うと、天海が目を見開いた。


「……」

「足りないなら少しは色つけるが」

「ほんと、もう。お金は借りないって言ったのに」

「借りる、ではない。取引だ。ご飯を作ってくれるなら当然だろ?」


 天海は俺の言葉を聞いて、小さく笑って。軽く胸を小突いてきた。


「ばか。……でも、ありがと」

「ああ」


 その言葉を受け止めて。俺も笑ったのだった。

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