第16話 ママが死んだのは………

 半年が過ぎた。現在は5年生。あたしは15歳だ。


 また、学園祭と後夜祭が来た。

 が、今回はそれどころではなかったので、詳細は省く。


 何があったのか?卒業試験の内容が各自に極秘で通知されたのだ。

 クラスはパニックになった。

 まず、外の情報を知らなくてはならない。

 7つの時から外界と隔絶された場所で過ごしていたのに、である。

 お金の使い方こそぼんやり知っているが、それ以外は何も知らないのだ。


 専用の施設で『記憶球(記憶の中に直接他人の記憶を記録する)』や『情報球(記憶の中に、情報だけにされた他人の記憶を記録する)』を駆使できるとはいえ、学園生の浮世離れっぷりは尋常ではないので、カルチャーショックが凄い。


 予想通り、あたしの試験内容は、親戚の抹殺とお家の乗っ取りだった。

 これも、外の常識を知らずにできることではない。

 それに、期限は5年生後半―――16歳の間だけだ。


 あと、混乱する事に、他の試験を失敗させることが試験の連中がいることが判明。

 今までまとまっていたクラスが、まとまらなくなった。

 それに、自殺者も出た。なぜなら卒業試験の失敗は死だからだ。

 自分の能力では絶対に無理な試験内容を告げられて絶望したのだ。


 協力し合う事は認められているものの、そんな余裕のある奴なんて滅多にいない。

 特待生の卒業試験は特に重く、全員が余裕をなくしていた。

 あたしも、常識の習得や、学園卒業生として親戚の家―――今では本家―――に入り込むための礼儀作法や、後に星を治めるための帝王学の習得に大わらわだ。


 あたしの親戚の家は雲霧林の只中にある、広大な屋敷。

 代々当主―――先代はパパ、今は分家の当主―――は星の「スターマインド」とつながり、惑星の支配者となる家系である。

 最も、上手くスターマインドを制御できなければ人心を失う。今の当主がそうだ。

 惑星「サトラス」はその当主をトップとした3兄弟に治められているのだ。

 その3人の殺害と、家の乗っ取りがあたしの卒業試験というわけである。


 試験はもう一つあり、これもクラスを分裂させる原因となっているのだが、卒業生同士の決闘―――組み合わせはその場でしか分からない―――も試験なのだ。

 学園側は、よほど卒業生を厳選したいらしい。


 だが、不安はあまりない。

 そのためにエイーラに頼んだり、生徒課の仕事で力をつけてきた。

 シュールにも協力を約束してもらったのだ。


 しかし、ある日起こった事で、あたしの頭の中はフリーズする羽目になる。

 

♦♦♦


 あたしは、体の調節後だったので、ママに言われて部屋で寝転んでいた。

 うとうとしかけたその時、急に体が鉛のように重くなった。

 金縛りなんて可愛いものではない、彫像になった気分だった。

 誰かが部屋に入って来る。同室のカーミラではない。

 あたしの割り当てられたブースに入ってきたのは、シャギーだった。

 灰色の短髪に緑の瞳の長身の娘なのだが………明らかにおかしい。

 緑の瞳は複眼で、灰色の髪は一部が触覚になっている。

 そして、腰からは男の逸物が生えていた。


「フランチェスカ。前から好きだった。試験を終えたら告白するつもりだったんだ。でも私は卒業試験を終えられないだろう。だから、最後に子種をお前の中に残していくことにする。悪魔の力を使わせてもらった。死を覚悟した蟲魔がメスに使う呪法だ、堕胎はできない。刻み込ませてもらうぞ」


 一方的に言うだけ言うと、シャギーはあたしに激情をぶつけた。

 無理な卒業試験か………こんな形で弊害をこうむるとは思わなかったな。

 行為の最中のあたしの心情は、困惑、が正しかったろう。

 あたしの中に子種を植え付けたシャギーは、キスをして去っていった。

 1時間ぐらいして、あたしは自由を取り戻した。

 股からあふれ出る残滓を、ぼろ布になってしまった夜着で拭く。

 制服に着替えて、職員室へ行き、ママを呼び出してもらう。

 当然、妊娠の有無を確認するためだ。


「シャギーは蟲魔系の特待生でしたね………」

「ええ。本人の言う事が確かなら堕胎できないんだと思うわ」

「確認してみましょう。ポッドに入りなさい」


 結果は、すでに胎児が腹に出現しているとの事。しかも双子だ。

((フラッシュ様にさしあげる子供って、この子達のうち一人なのかな))

「………そうなりますか」

((どうせ子供を作る必要があったんだもの、前向きに考えるわ))

「………立ち直りの早い娘ですね………あなたらしいですが」

 ポッドから出たあたしは、夜着を新調して、さっさと寝ることにした。


♦♦♦


 あたしは旧校舎に来ていた。

 こんな時期にわざわざクエストエリアにいるのは、伊達や酔狂ではない。

 あたしのお腹に宿った子供が生まれるのは16になる前なのだ。

 もちろん、学園で育児なんかできるわけがない。

 預かってもらう相手が必要で、この学園ではそれはクラウトの担当らしい。

 なんでも以前にも似たようなケースが複数あったらしい。

 合意の上かどうかは知らないけども。

 それで、クラウトにその仕事をしてもらうのに、「旧校舎の金メダル」とやらが必要らしく、あたしはそれを取りに来たというわけだ。


 無茶をしても子供が流れる心配がないのはいいことだ。

 これが流れても、どうせまた妊娠しないといけないのだから無駄にしたくない。

 シャギーの事は元々怒ってないのだ、双子なのは困るけど。

 そんなわけで、あたしはどんどん旧校舎の奥に進んだ。

 

 「旧校舎の金メダル」は最奥に近い場所で見つかった。

 やっと見つかって安堵したその時、ナップサックに下げていた妖精さん人形が光ってるのを発見する。死角にあって見えなかったのだ。

 妖精さん人形を握ると、妖精さんこと奥方様の焦った声が飛び込んできた。

((その旧校舎、燃えてる!急いで脱出しなさい!))

「えぇ!出口は浅層にあるのに!」

((脱出させてあげられるけど、そのかわり学園のどこに飛ぶか分からないわよ?))

「焼け死ぬよりマシ!」

((わかった))

 奥方様は短くそう言うと、旧校舎からあたしをテレポートさせた。


 気がついたらあたしは深い森の中にいた。

「妖精さん、ここどこ?」

((生ける森の深層にテレポートさせちゃったみたい。夜だし、気を付けて))

 返事を聞いて、帰還ルートを星から割り出したあたしは言う。

「それは心配ないけど、火事はどうして―――?」

((詳しくは言えないけど、あなたが目的ね))

「あたしが?何で………は答えられないんだったっけ」

((そう。それと、旧校舎の近くまで早く帰りなさい。ろくでもない予感がするから))

 奥方様の言葉を聞いたあたしは、胸騒ぎがして、全力で帰還ルートを辿り始めた。


 旧校舎までたどり着くのに3時間あまりを費やしたけど、戻ってきた。

 旧校舎の周囲にはシスターたちが集まっているが、鎮火はできていない。

 その面子の中にママの姿がないのが、何故か物凄く気になった。

 シスタークレア(次席)とシスターメアリ(ママの同僚)はいるのに、シスターのトップであるシスターエレニアとママ(シスターメイベリン)がいない。

 他の派閥のシスターたちもいる人といない人がいるし、おかしな事ではないはず。


 シスターメアリが、立ち尽くすあたしに気付いた。

「フランチェスカ!あなた、無事だったのですか!?メイベリンはあなたが帰って来ないと、炎の中に―――!」

「え………?無事、ですよね?」

「さっきシスターエレニアが、手を尽くすと運んで行かれましたが………あれでは」

「………シスターエレニアはどちらに?」

「………案内しましょう」


 そこから後は、よく覚えていない。

 ママの体は魔界に運ばれたらしい。

 シスターエレニアはダメだったとは言わなかった。

 ただ、あなたのこれからの担当は、シスターメアリになります、と。

 ………そう、言われた。

 妖精さん(奥方様)にも聞いてみたけど、人形は無言で首を横に振った。

 ………もう、会えないんだ。

 ぽろぽろぽろぽろ、涙がこぼれ出る。生まれて初めてこんなに泣いた。

 部屋に返されても、声を出さずに朝まで泣き続けた。


 大好きなママはもういない。


 あたしのせいで。


♦♦♦


 シスターメアリはきびきびした、厳しい人だったが、あたしを気遣ってくれた。

 ママはあたしが一般生だった頃から、あたしを特待生に推してくれていたらしい。

 有能な娘です、いい娘です、と普段人を褒めない彼女から聞いたという。

 メイベリンの言った事を証明してみせなさい、と言われた。

 おかげで卒業試験に、ママの死を忘れるように打ち込むことができた。

 

 あたしは、外との連絡用のブースに来ていた。

 卒業生―――キム先輩に、協力を頼むために。

 あたしの卒業試験を失敗させるのが試験の同級生がいることが分かったからだ。

 先輩にはその妨害をカット―――できたら抹殺までお願いしたい。

 そう考えていると、先輩が連絡を受け取ってくれたようで、音声が来た。


「フラン、久しぶりだな」

「お久しぶりです、先輩。まずはあたしの近況報告を―――」

 報告を聞いた先輩は

「言っても仕方ないけれど、わたしが側にいたかった」

 と言ってくれた。この人はあたしが好きなんだな、と思わせる口調だった。

「ありがとうございます………それで、協力のお願いなんですけど―――?」

「もちろん引き受ける。できるだけ抹殺も試みよう」

「だったら、場所は解放空間なので、念話の秘匿回線を構築してしまいましょう」

「そうだな、それならいい術式が―――」

 あたしたちは念入りに打ち合わせをした。

 キム先輩は真剣そのもので、あたしの事を最優先に考えてくれた。

 それに対して惹かれないなんてありえない。

 寂しい胸の内に、先輩はすとんと納まったかのようだった。

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