第13話 破瓜とエイールとの別れ
半年が過ぎた。4年生になり、あたしは13歳になった。
今日のシュールの飴はイカの塩辛と赤ワインの味だった。
あたしは美味しく食べたけど、カーミラに聞いたら豚の餌にも気の毒だそうだ。
それよりも、図書館だ、図書館。年末は本の返却日。
ということは―――年始は再度本を手に入れたい人たちの争奪戦である。
あたしとしても、ペインの本は手に入れておきたい。
頼りになるとかそういうんではない。
こっちの情報を下手に持っているため、他人に手に入れられることが問題なのだ。
まあ、もちろん有用でもあるんだけど。
マイナス要素が多すぎるのよね―――(遠い目)
でも………その………マゾかと思われそうだけど、愛着あるからね。
そういうわけで、あんまり人が来ないと評判の、偏屈通りにやってきました。
扉はもう人が入った後らしく、みんな閉まっている。
悪魔の本なので、装丁が変更されている可能性も、中身が違う可能性もある。
唯一の判断材料は、魔力と瘴気だ。
どちらも偽装が可能である事が厄介。奴なら絶対やっている。
一番問題なのは人(悪魔)違いをしてしまう事だろう。
それをやると、だれかをよりによってペインと(!)間違うのだ。絶対怒られる。
なので、あたしは気合を入れて本棚に向き合った。
つ、疲れた。無事に取れたけど疲れた。
めっちゃ怒られたのが一件。
これはひたすら謝り倒して何とか怒りを解いてもらった。
ふりをして騙そうとしてきたのが一件。
これは当人に一度使われた謎かけを問いかけてみたら解けなかったので発覚。
そして当人の本の謎解き(封印解除)がでっかい一件。
ペイン曰く「楽しかったよ(観戦してるのが)」だそうだ。
まあ何はともあれ、あたしは召喚書を取り戻した。
♦♦♦
最近エイーラが話しかけても答えてくれる回数が激減している。
それも気のないものばかり。
シュールに聞いても、曖昧に誤魔化すだけで、答えてくれない。
恋人たちの中庭では普通なのになんで?と問いかけてもはぐらかされる。
あたしはなんだか、漠然とした不安感を抱えていた。
授業が終わり、恋人たちの中庭に行く。
そこで、お互いヒートアップして、いい感じになって来た所で、耳元で囁かれた。
なんだか、妙な熱を孕んだ声で。
「授業は、今日が最後だよ」
途端に体内に侵入してくる大きな異物。
それを、きっちり準備できていたあたしの体は飲み込んだ。
めりめりぶつん、という破瓜の感覚。同時に襲い掛かって来る快楽。
あたしが、快楽に身を任せようとした瞬間だった。
ぐっ、と首に感じる強烈な圧迫感と息苦しさ。息の詰まる苦痛。
「愛してる、愛してるから逝っておくれ」
耳に囁かれた、睦言というには苦しそうな絞り出すような声。
やがて、あたし、本当に死ぬのかな?と思い始めた時。
「エイーラ、そこまでです」
ばしん、という音、強大な魔力を感じる。これはシュールのものだ。
「フラン、フランチェスカ。大丈夫ですね?」
聞いてきたシュールの顔は、見た事もないほど真剣だった。
「だい、じょうぶ、よ。エイーラ、は?」
「死んではいません。でも、残念ですが、もう会うことはないでしょう」
「なん、で?げほっ、げほっ」
「エイーラはね、好きになった人を殺さずにはいられないんですよ。その対象が目の前にいなければ我慢も効くようで、次の恋に移れますが」
「あたしを、好きに、なった?だから、見たら、ダメって事?」
「そうです、だから2度と会えないんです」
「分かった………」
あまりにも唐突な別離に言葉もなかった。
悲しい、という感情さえどこかに行ってしまったようだった。
シュールはこうなると知っていて、最後のタイミングで2人を助けてくれたのだ。
数日、あたしは落ち込んで過ごした。
ママにまでどうしたのかと聞かれたぐらいだ。
けど、ママにはなんだか聞いて欲しくなくて、なんでもない、と言った。
かわりに、バルバの所に行き、一部始終を話し―――泣いた。
人間で、女でもあるママには言えなかった。
でも、性別不明でアリ人間でおじいちゃんのバルバになら言えた。
自分でも何故かはわからないけど、全部話せたのはバルバだけだったの。
初めての経験だったから分からなかっただけで、あたしはエイーラが初恋だったのかもしれない。だからこんなに傷つくのだろうか?
傷つく?あたしは傷ついているの?わからない。
「フラン、ワシのところでなら何をしてもかまわん、じゃが明日はシャキッとな」
あたしはバルバに抱き着いて、生まれて初めて声をあげて泣いた。
♦♦♦
バイトをする気にならなくて、あたしはおとなりさんの所に来ていた。
「フランか。何かあったか?」
「何も………じゃないか、エイーラに会えなくなっちゃった」
バルバの時とは違って、冷静に話す事ができた。
一度バルバに発散させてもらってたからかな?
「ああ………そうか。友人に似たようなやつがいるからよく分かる」
「そうなんだ………あれ?おとなりさん、なんか声遠くない?」
「あ?ああ、これで大丈夫か?」
「元に戻ったけど、どうしたの」
「今、この扉の中には本はない。まともそうなやつが来たから貸した」
「つまり中継地が変わった感じ?」
「うむ、そんなところだな」
「ねね、どんな人?」
「名前は教えないがシスターだ。夜回りの」
「夜回り!?怖いイメージだった」
「生徒はそれでいい、捕まったらひどい目にあう………とだけ言っておく」
「システムが怖いだけで、シスターが怖いわけじゃないんだね」
「まあ、そうかもな」
「ありがと、おとなりさん、なんか意外で気分転換になったかも」
「そうか?本人は召喚時の捧げものがおかしいと、ギャーギャー言っている」
「あはは!薬・毒・ゾンビだもんね!」
「悪魔でもいいんだがな。働く意欲が出る」
「それは人間には難しいって」
「そうか?」
「成否はともかく、悪魔中に悪名が轟くんじゃない?」
「そうか、なら地元で、自分で狩りをする」
「おとなりさんの外見って疑似餌だっけ、綺麗だよね」
「色香に惑わされるやつは結構いる」
「だろうね、よっと」
あたしは扉に付けていた背中を話して立ち上がり、両手を扉について。
「もうくよくよするのは止める!」
宣言した。
「いい声だ。大丈夫だろう」
あたしはおとなりさんの扉から離れた。
♦♦♦
あたしは入学式以来の大聖堂に来ていた。丘の上で爽やかなのだ。
気分転換にはもってこい。昼食は抜かしてきた。
大聖堂の裏手でまったりしていると、フェアリーが飛んできた。
あたしに気付いて、どうしようか迷ったようだが、そのまま飛んでくる。
生ける森にでる凶暴な妖精とは明らかに違うようだ。
「妖精さん、妖精さん、こんなところにどうしたの?」
「あー。最初に言っとくと私は分身よ。本体はちゃんと大きいわ」
「そうなんだ?こんな所に来たのはなぜ?」
「彼岸花をね、摘みにきたのよ。彼が好きな花だから」
「彼?………恋人?」
「なんだかあなた悲しそうね、どうしたの?」
え、まだそんな感じしてた?ううん、この妖精さんが鋭いだけな気がする。
「鋭いのね、でも話すには………魔界の事は詳しい?」
「魔界の住人だもの」
なんとなく、すっと納得することができた。この妖精さんには何かある。
「あのね………好きな人に殺されかけたの。それでもう会えなくなった。好きだと気付いたところで、もう会えなくなったのよ。失恋ね」
「そう………そんな事、身震いするわ。私も好きな人がいるから、よく分かる」
「こんな異常な別れ方でも?」
「人生経験豊富だからね」
「何歳?」
「んー。無限大数」
「は?」
「数字で数えられないぐらい生きてるって事よ」
「………妖精さんって高位の悪魔だったりする?」
「あなた達が主と呼んでる紅龍の奥さんよ」
「ブッ!!!」
ちょっと待てー!確かに主に奥方様ができたって話はミサで聞いた!
だけど、こんなにホイホイ出歩いてるなんで誰が想像できる?
嘘!?ううん、そんな噓、怖くて誰もつけない!
あたしは妖精さんを引っ掴んで観察した。どこも神々しくはない。
「あーこらこら、仕方ない。本体で降臨するから待ってなさい」
妖精さんが言う………あれ、いつの間にか小さな人形に変わってる。
さく。目の前の芝生が踏まれる音。あたしは顔を上げた。
闇の美の化身がそこにいた。
病的に白い肌、血の色の瞳、黒いショートボブヘア。
身を包むのは一体型の黒衣、血の匂いのする長いショール。
列挙しただけでは分からないだろうが、これらが恐ろしく整っているのだ。
美しさで泣ける、という事を初めて知った。
「あー、初めての子は大抵こうなっちゃうんだよね。ほらほら、馴れて」
そんなこと言われても、初めての感情であたしもいっぱいいっぱいだ。
だが、奥方様(で、いいよね)があたしの頭に触れた瞬間、視界が正常になった。
あ、奥方様の顔を見ても平気になってる。
「ちょっと術かけて神経いじったけど、私に慣れる、以外の効果はないから」
「あ、はい、分かりました」
「う~ん、違うなあ」
「何がですか?」
「よし、貴女には、タメ口で話していい許可を与えることにする。敬語は却下」
「えー!?」
「抗議も却下。それとね、これをあげる」
あたしは、さっきの妖精さんを奥方様カラーリングにしたような人形を貰った。
「いつも身に着けてて。私からの命令だって言っていい。握れば私に通じるから」
「相談とか、乗ってもらえるって事です………じゃない、なの?」
「そういうこと。なんだか情が移っちゃったから」
「………あ。彼岸花は?いいの?」
最初の目的はそれじゃなかったっけ?
「魔法で、もう回収したから大丈夫。じゃあ、そろそろ行くわね」
「あ………待って!名前!私フランチェスカ!」
「レイズエルよ。でも普段は妖精さんとでも呼びなさい!」
その声を最後に、奥方様は光になって消えた。
しばらく、いろいろな事がありすぎて大聖堂の裏でボーっとしていた。
はっと気がついたら、日没は間近。ヤバイ!
あたしは門限に滑り込みセーフしたのだった。
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