第6話 はじめての悪魔召喚
みかんを採取して、生ける森から帰ってきた。
食堂のおばちゃんはびっくりした顔をしていたけど、報酬をあげないとね、と言って、あたしに青いクリスタルをくれた。
それは、あたしに吸い込まれ―――あたしは、なんともいえない充足感を得た。
「これ何?」
おばちゃんに聞いてみたけど、生徒課に、仕事を達成してきた生徒に渡すように貰ったものだという事だった。おばちゃんはついでに、とお握りをくれた。
ああ、いつの間にか日が暮れていたんだわ。
寮に帰るにはコツが必要だ。
特待生なら多少は見逃してもらえる(とママに聞いた)けど、モロに見つかってしまったら最後。規則やぶりで殺されてしまうんだ。
一般生の子が殺されたのを見たから確かだ。
今回使った背負子を適当な場所に放り投げ、イーヴィルフォグを発動させる。
付随効果は今回なし。霧の方を濃く濃密に………
あたしは霧に紛れて、自分の特待生部屋に帰れたのであった。
♦♦♦
翌日カーミラに怒られた。話しかける間もなく、ふらっとどっかに行くなと。
「まったく、ようやく特待生になったと思ったら………何してらしたんですの
昨日の事を話すと
「深度中なんて、三年生の1期で、尋常じゃありませんわ。何でこんなに特待生になるのが遅れたのかしら?」
「あたしに聞いてもしょうがないでしょ、カーミラ。で、話って何?あたし授業の後は用事があるから手短に出来る?」
「予定はキャンセルしてちょうだい」
あたしは考える。用はエイーラのレッスンだから、今回は見送っても大丈夫だ。
((悪いわね、エイーラ))
((寂しいけど、仕方ないね))
「じゃあ、先輩へのジュースは昼休みに作って届けることにするわ」
「あなたね、先輩っていうものがどれだけ危険か分かっていまして?」
「知らない。だから今から学ぶんじゃない?」
「痛い目にあって?」
「できたら、あわないで学びたいわね~」
あたしはけらけらと笑いながら、授業の準備に入るのだった。
ジト目のカーミラの視線を受けながら。
昼休み、家庭科室を使って、ジュースを4年生の先輩の教室まで運んでいく。
先輩たちの視線が集中するが、ジュースをこぼさないようにだけ気を付ける。
一般生に聞いたら、目的の先輩の居所はすぐ分かった。
「おや、持って来てくれたのか」
「はい、ジュースどうぞ」
「私はキム。君は?」
「あたしはフランチェスカ。フランって呼んでね」
「成長のジュエルが余ったからとお遊びで出した依頼だが、やってくれたのか」
「成長のジュエルって何?」
「ああ、今回の報酬は「筋力」なんだけどね。私はもうカンストしているから」
「先輩ってば、成長のジュエルてって何?」
「おっとすまない。吸収する事で能力を上げる魔法石だよ。限度はあるけどね」
「ふうーん、先輩は「筋力」はもう吸収できないの?」
「ああ、後は地道に上げていくしかない」
観察してみると先輩は、可憐なこの学校の制服が似合わないぐらいガタイが良かった。いや、着ていることに違和感のあるレベルで似合ってない。
先輩が居心地悪そうにする、おっと、じろじろ見たら不躾ね。
「で、な。これが報酬だ。青=全て 赤=筋力 黄=速度 緑=器用さ 黒=魔力。見ての通りこれは赤いだろう?持ってごらん」
あたしが素直に言われた様にすると、赤い「ジュエル」はあたしに溶けて消えた。
筋肉がほんのり暖かくなった気がする。
「体に変化があっただろう?他にどんなジュエルをもらった?」
「青いやつよ、先輩」
「全身が従属感に満たされただろう?ジュエルはそうやってアップした場所を知らせるんだ。今度から気をつけてみるといい」
「ありがとうございます、キム先輩」
「あーうん。またな」
カーミラは先輩は脅威だというけれど、キム先輩は良い人そうだったわね。
((彼女は戦魔系だね。持っている魔導書が威嚇して来たよ))
((私がいるから、控えめな威嚇ですけどね))
あー。賢魔系のあたしとは、本来相性が悪いんだろうなあ。
((ははは!本来は、ね))
((そうそう、本来はね))
♦♦♦
放課後、他の生徒のはけた教室に残るのはあたし、カーミラ、ローナだった。
なんでもカーミラとローナは違う
で、ユフィカは同じ種族のシスターに引っ張り回されていて派閥不明。
ユフィカって結構不幸なんじゃなかろうか、クラスでも浮いてたし………
「まあ、それは良いわよ。それで、あたしが特待生になったから何なの?」
「うちのクラスに関する事なのさ」
相変わらず女の子というよりも美少年なローナが言う。さぞモテるだろうな。
いやまて、それでも女の子なんだけど。
そういえば、こういうのは学園では普通ってママは言ってたな。
あたしは………うん、エイーラにも胸もあそこもついてるし、それとまぐわってるわけだし、平気だわ。どんとこい。
そう思ったところでカーミラが
「クラスに、悪魔による加護をかけたいと思っているのですわ」
「そうそ、私が悪魔か他生徒からのっていう条件で、物理攻撃への耐性を」
「わたくしは、同じ条件で、魔法からの加護を」
「で、フランが毒と呪いからの護りを、ね。頼みたいんだ、いいかな?」
「あーなるほど。3つに分けないと負担が大きいわけね?で?生贄どうするの?」
「3年間、お願いするつもりですから、どうしても人間が要りますわね」
「なるほどー。やりたいことは理解したし、賛同するわよ。私たちのクラスだもの」
「ま、私は自分の取り巻きだけでもいいんだけど、益もあると思ってね」
「一人でやるよりは良さそうよね」
「それで貴方を当てにしていたのですわ。もう決行しようかとも思いましたのよ?」
「アハハ!ごめんごめん。何が原因か自分でもよく分からないんだわ」
「あなたという人は、まったく………」
「で?どんな悪魔を呼ぶの?」
「上級には手が届きません、中級を………」
「あたしの召喚書、上級だけど?」
「はあ………?」
「ただし結構癖のある奴だから、術に何か仕込んで来るかもよ?」
「それでもいいですわ。個人個人でお願いしようと思っていたけれど集団召喚をしましょう。それぞれ自分のシスターに連絡して、夜、生ける森の入口集合」
「供物は1人につき1人………でいいかな?」
「もちろん、3人いるわね」
((変わった願いだが、私に負担もかかる。当然だとも))
((子供三人ですかー、わたしはそそられませんね))
((あれはあれで、悪くないですよ、シュール様?))
((私に来た場合は、永久貨幣としてしか使い道がないがねえ))
((それでも結構な収入だろう?))
「あーうるさいけど、本人も3人欲しいって言ってるわー」
「うるさいって?」
「あたしに聞こえる声で、悪魔3人が脳内トークすんのよ」
「ああ………例の」
「ツッコミは入れないでおくよ。じゃあ、一旦ハンティングに散会!」
あたしの獲物は、ローナとかぶった。
2人連れで、周囲を警戒しながら歩く2年生だ。
もう1年過ごしたのだ、だれかが自分たちを攫おうとしている。
そして、攫われたら戻ってこないことは分かっているはずだ。
ローナとあたしは、顔を見合わせて目で獲物の分配をすると、武器を繰り出した。
ローナは眠り薬が塗られた吹き矢。
あたしも吹いたが、中身は採取した眠り草の花粉をボール状にしたものだった。
かくして静かに(周囲に気付かれると怒られる)生贄は手に落ちたのだった。
♦♦♦
生ける森にて再集合。
ローナは、シスターレイチェルと。
カーミラは、シスターエリアリーと。
そしてあたしはもちろんママ(シスターメイベリン)と一緒に来ていた。
それぞれの生贄は、縛ってずだ袋の中に入れてある。
シスターたちは頷き合って、シスターレイチェルが大きなカギを空間に差し込む。
今ここにいるシスターたちの間では、シスターレイチェルが一番偉いらしい。
ズゴゴゴゴと、開いた空間は、血の匂いがした。
すでに祭壇は組まれており、細かい呪物なども置いてある。
この辺は授業で叩き込んでいるから、実物を用意する手間は省く。
そういう事なのだろうか?スパルタなんだか優遇されているんだか。
供物―――学生を祭壇に寝かせる。
これもシスターが用意してくれた、麻痺の効果のある薬物で、意識はあるが動けない状態にあるみたい。残酷?ううん、大好きだけどね、こういうの。
ああ、殺したい。けど学園にいる間は我慢しなくちゃいけない。辛いわ。
そして、呪文を唱える。これは定型文。次は悪魔に合わせた呪文。
「人の心を覗く者よ 人の心を操るものよ そは英知に長け心に長ける者」
「我らの願いを叶えるために召喚する、いざ参られよ!」
「「「その名はペイン!」」」
ごうっと、魔法陣の中を風が荒れ狂い、おさまったそこには、黒い古風な貴族の装束を着た、結構美形の青年が立っていた。
美形なのは意外だけど、人間の姿をどこまで精巧に取れるかは、悪魔の力を計る指針になっているらしいから、それでなのかもしれない。上級悪魔だもんね。
そこからは、悪魔を魔女にとって無害にするための、定型問答だ。
「窮屈な魔法陣の外に出たい」「ここにいる人間に害をなさないと誓え」
「せめて座らせてくれないか?」「誓わない限りダメだ」
………という感じの「誓え」「かわす」の問答だ。
ペインはそこに「皆の思い人を教えてくれたら誓ってもいい」とか言う変化球を混ぜてきた。セコンドのシスターによると中級悪魔から増えてくる手合いだそうだ。
うまく躱さないと、身の破滅を招くから気をつけなさいとママが言った。
今回は「いない」という事実で答えることができたが。
魔法陣を解いてからも油断はできない、とママから習った。
悪魔は願った事を曲解するからだ。
例えばAさんが明日登校しないで欲しい、と願えばAさんが死ぬなどだ。
今回は願いが単純だから、その危険はないと思いたいけど―――
「前科持ち」の悪魔なだけにシスターたちの表情は硬い。
「その願い、聞き入れた。今よりリコリス学園3年生はこの私によって守護される」
―――もちろん生贄の質に合わせた守りではあるが―――
それは声に出されない一言だ。
とにかく、その一言によって守護はなされ、ペインは魔界に帰った。
いや、会話は本越しにできるんだけどね。
これが初めてとなる、あたしの悪魔召喚だった。
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