第3話 あたしのママ
2年生になった。つまり9歳になったわけだ。
ここは5階建ての建物で1年生が一番下の階。
5年生が、一番上の階だ。
つまり、2年生になるあたしたちは、2階だという事だ。
部屋割りは変わらない。
ああ、そうそう。カーミラが特待生になったわ。
成績もいいし、よくクラスをまとめているもんね、違和感ないわね。
悔しくないのかって?別に仕方ないじゃない、なれないものはなれないんだし。
とりあえず、リンスと図書館に行って、勉強してますアピールかしら?
そうそう、この間、リンスといた所を襲われた。
体が大きく、武器も持っていて―――たぶん5年生―――脅威だったが、あたしの能力の一つ「イーヴィルフォグ」でけむに巻いて逃げた。
「イーヴィルフォグ」とは、広範囲に霧を発生させる能力で、霧に触れた人間を若返らせる効果がある。かかる時間は1時間で大人を赤ん坊にできるぐらい。
遠距離から霧を発生させることができ、霧から出れなくする効果も追加できる。
今回は霧の効果だけ使ったけど、結構有用な能力だと思うのよね。
襲われたのでいつか決めたように、リンスにこの学園は魔女の学園だというぶっちゃけ話をする。私たちは、低学年のうちは獲物でしかないのだと。
「だから、襲われないように、あたしと一緒に逃げるのよ。一人の時はとにかく寮に向かって逃げて。一人にはさせないつもりだけど、万が一のことがあるから」
((この子、この学園の副園長に狙われているようですよ。先行き多難ですね))
シュールの発言に、あたしはゲッとなる。
それって凄い手練れの魔女じゃないの?
守り切れるだろうか、あたしに、あのドジな子を?
とりあえず、部屋にリンスを返して、その日は私も休む。
次の日、体調がおかしかった。授業の帰りの事だ。
あたしはリンスをカーミラに任せて(嫌そうな顔はされたが)廊下をさまよう。
求めているのはただ一つ、あたしの体の調整を行えるシスターだ。
さ迷っているうちに、書類を抱えたシスターにぶつかった。
あたしはそれを気にせず「あたしの体を元に戻して」と彼女にすがった。
♦♦♦
ぴっ、ぴっ、ぴっ。規則正しい音。
空気の代わりに、溶液が肺を満たす感覚は慣れ親しんだもの。
ぼんやり目を開けて、驚愕した。
あたしの体の調節は、普通ならいじらない所まで、完璧に調節してあったのだ。
偏執狂と言われても仕方のないレベルで調節してあった。
その当人は、あたしの入っている培養ポッドの溶液を抜きながら。
「無謀ですよ、フランチェスカ。本来は1月に1度はメンテナンスするものです」
「ありがとうシスター………これからも、あたしの調節をしてくれない?」
「あなたはそれでいいのですか?もっとふさわしいシスターがいるのでは?」
「イヤ。あなたはいきなり来たあたしを完璧に治してくれた。あなたがいいの」
シスタ―――シスターメイベリンは少し動揺して「忠告しましたよ」と言う。
「とにかく、あたしはあなたがいいの」
「………わかりました。今日から私があなたの面倒を見ます。授業の後は2日に1回は特別授業ですからね。明日から6-Bの教室に来るように」
言質を取ったわね、やったあ。
シスターメイベリンは黒い瞳、腰まである長い髪に、端正な顔立ちをしている人だった。身長はあまり高くない。手に、明らかに召喚の書だろう本を持っている。
そして賢魔(アスタロト)系のシスターだと後になって知る。
そりゃあ、あたしみたいなじゃじゃ馬、賢魔系にはいないわよね。
彼女は私の本(シュール)を見たようで、助言をしてくれた。
召喚悪魔と、仮初の肉体を手に入れて、ゆっくり時を過ごせる空間があると。
「それは、リンスの事が片付いたら、ゆっくり行ってみたいわね」
((彼女の事が片付いてからなんですかぁ?))
「だって、そこ、リンス連れていけないじゃない」
((残念ですねぇ))
「ちょっと待っててよ、どんな形にせよ、ケリはつけるから」
♦♦♦
それはほどなくして、あたしにやってきた。
図書館(ヤバい辺り)を探索して帰ってきたら、リンスがいなかったのだ。
カーミラに聞いてみると、シスターに呼び出されて出て行ったという。
「ああ、そうそう。場所は「生ける森」の中間地点よ。あの娘だと途中でモンスターにやられて死んでしまってしまうのではない?行くなら止めないわ」
「行ってくる!」
カーミラの呆れた声を耳にしつつ、あたしは飛び出した。
あたしは何故リンスにこんなに構うのだろう?
多分自分と正反対だからだ。
天真爛漫、悪意を全く感じない。感じるのも鈍感な娘。虫一匹殺せない。
今回も、シスターに呼び出されたからって危険を知らない森に入って行った。
森に入って少ししたら、血の匂いがした。リンスの血の臭いだ!
駆けつけてみると、リンスの心臓を剣で串刺しにしているシスターの姿があった。
「遅かったようですね、フランチェスカ。こういう事もあります」
あたしはリンスの血の臭いを嗅いだ。
そして、ああ、あたしが彼女に執着してた理由が分かった。
リンスは、いつか私が殺してやりたかったからだ、と気付いたのよ。
ずっとそばにいた女の奏でる悲鳴はさぞ美しかったに違いない。
結局あたしは化け物なのだ。
最後まで副学園長を睨みつけていたあたし。副学園長は面白そうに見つめていた。
帰り道。
((少し調べてみたのですが。副学園長はどんなものか知りませんが、学園のルールを破っていますね。それをリンスちゃんは証拠がなくても知っていたようですよ))
((調べて、いつか仲間の前で暴露してやるのを楽しみに成長する事にするわ))
((ああ、それは魔女としては健全ですが。他の楽しみにも目を向けて下さいよ))
((他の楽しみって?))
((ここの学園には、分身ですが実体化した悪魔と触れ合える場があるのです。「恋人たちの中庭」と言いましてね。そこなら存分におしゃべりが))
((あんた、四六時中喋ってるじゃない。寮の部屋で))
((あれとは趣が違うんですよ))
((はいはい、じゃ、明日は、そこね))
♦♦♦
中庭の「恋人たちの中庭」に授業と特別授業が終わってやってきたあたし。
もう夕方になってしまったけど、様子見だしいいでしょう。
なるほど、植物の迷路になってて、そこかしこに個室があるのね。
それはいいとして、各個室からアッハーンとかウッフーンとか聴こえるんだけど?
((大丈夫ですよ、フランにも淫魔の手ほどきをしてあげますからね))
((頼んだ覚えはなーい!))
その抗議は、入った個室のシュールの分身を見ることで消滅してしまった。
とんでもなく綺麗………
「あたしも、シュールに近づけるかしら?」
目の前にいるので、念話で話す必要はないだろう。
「安心しなさい。素材は良いです。今呼び出すお友達ぐらいにはなれるでしょう」
「お友達?」
「そうです、エイーラ、分身をここに」
褐色の肌の、全裸の悪魔があたしの目の前に現れた。
「男性器も、胸もあるわね。つまりアンドロギュノスなのかしら?」
「その通りだよ、子猫ちゃん」
「珍しいわ。それにこのゾウの部分を見るのは初めてね」
「存分に触っていいよー?シュール様が嫉妬しない程度に」
シュールが服を脱いでいる。こっちは性別がない―――無性のようだった。
「玉の部分は結構広がるのね」
「そうそう、鼻の部分を握ってごらん、上下に動かすんだよ」
「こう?」
「そうそううまいうまい」
「?シュール!変な所触らないでよ………なんか妙な気分」
「そおーれ、制服なんか脱いじゃいなさーい」
あたしはスポポポポン、と全裸にされてしまった。
「えぇー!?」
「いいですか、このゾウさんはこういうつくりになっているのですよ」
何故か講師役がシュールだ。
「だからこうされると、気持ち良くなってムクムクムクと………」
「え、これ女のあそこに収まるの?」
「今のあなたでは無理でしょうね」
―――あたしは決めた。この学校を出て、親類に復讐するのに必要な能力だからだ。
「ねえ、エイーラさん。あたしに淫魔の術を叩き込んでくれない?」
シュールじゃないのは、暴走能力の内容を知っているからだ。
分身越しでも影響がないとは限らない。
「え?でも………あとシュール様が呼び捨てなので私も呼び捨てでいいよ」
「じゃあエイーラ、まだ違うけど、私の行く先は私魔女よ。死ななければね。教える対価として、魔女の処女………欲しくない?」
魔女の処女を得た悪魔は、大幅に力を増す。常識だ。
エイーラさん………エイーラの目の色が変わる。
「ああ、そういう事を言っちゃいます?仕方ない、今回は私が責任を持ちましょう」
シュールが何か言っているがよく意味が解らない。
エイーラは「請け負いました。それから今持っている本で私とも連絡がつくようになったから」と言った、ますますこの本が手放せないわね。
その後、まずは私の体の開発からでしょー、といろいろされた。
内容は恥ずかしくて書きたくない。
♦♦♦
半年たった。
ローナとユフィカ、シャギーが特待生になった。
翌日、カーミラに「アルバイト」なるシステムがあるのを教えてもらった。
特待生でなくても、草むしりから物品調達、モンスターの討伐と色々あり、行動は評価してもらえるらしい。行ってみたら?と普段のツンなカーミラに言われた。
「なんであたしに?」
「あなたが特待生にならないと困るのよ」
あたしは?だったが、カーミラにそれ以上語る気はないようだ。
放課後―――カーミラが言ってた場所に行く途中シスターメイベリンに出会った。
出会い頭に、あたしの口からでたのは
「あ、ママ!」だった。
何を言ったか自覚して、急速に赤くなるあたし。
何事もなかったかのように通り過ぎていこうとしているシスターメイベリン。
それを引っ掴むようにして引きとめる。シスターは軽かった。
「待って!シスターはあたしのママよりママらしいの!体の調整も受けた事がないぐらい精密だし、教えてくれる個人レッスンも的確だわ―――だから!」
「―――好きにしなさい」
「え?」
「好きにしなさいと言いました」
「あ………やった、ママ!これからママって呼ぶからね!」
「………」
ママは歩み去った。いつもの鉄面皮が少し崩れていたのは気のせいだろうか?
あたしの頭の中にはもう生みのママの姿はもうない。パパもだ。
ここで数年過ごすうちに忘れてしまった。
((シスターメイベリンがママならシュールはパパかもね?))
((人間と一緒にするのはやめなさい。でもパパですか?いいですねー))
((エイーラは、お兄ちゃんかな))
((女の部分を忘れられると少し悲しいなー?))
((それもあったわね。おにおねーちゃん?))
今日は「生徒課」に行くのはやめておこう、なんだか気がそがれちゃった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます