故ノ贄・神霊旅館

 事件が起こったのは、辞める1週間前の事。その日、私はそこそこ仲のいい先輩と2人で5階の担当になった。

 5階はその日、宿泊のお客様が少なく連泊の方も居なかったのですぐに終ったんだよね。だから、日報を書き始めた先輩の指示で私は1人で先に7階を手伝いに行く事になったんだ。

 バックルームに設置されていた職員用の古いエレベーターに乗り込むと、私は壁にもたれて扉上の階数表記を見上げたわ。

 一種の癖みたいなモノでさ。なんでか、昔から無意識にそこへ目が向いてしまうの。

 そして、動き出す直前に「そうだ。7階に行くな、6階の様子も見て行こう」そう思い私は急いで6階のボタンを押した。数秒の後、停止するエレベーター。

 6階に到着したんだよね。だけど、瞬間。

 私はある事を思い出した訳だ。その日、6階は宿泊のお客様どころか連泊の方も居ない無人のフロアだった事をね。

 うっかりしていた私は少し焦ったけど、今更どうしようも無いってんで閉まるボタンに指を添え扉が開くのを待った。ゆっくりと開いた扉の向こうは、真っ暗でやはり誰も居ない。

 私は誰にも目撃されていないとはいえ、自分のドジが恥ずかしく急いで閉めるボタンを押そうとしたのね。だけどさ、ほんの一瞬……暗闇の中に何者かの気配を感じ固まった。

 そこで、少しだけ前のめりになって


「だぁーれも、いーないですよぇー ? 」


 っと今思い出しても奇妙しなイントネーションで暗闇へと問いかけたの。もちろん返事などはなく、気の所為だったかと思い閉めるボタンを押した。

 エレベーターは上へと向かい、階数表記にも【7】と表示されたのを目視した直後扉が開く。だけど、降り様とした瞬間。

 私は、何か言い様のない違和感に襲われ固まった。しかしだ。


「何してるの ? 早く手伝ってよ ! 」


 先輩にそう叱責されてしまい、私は慌ててエレベーターから降り片付けと掃除を開始し。一通りの作業を終えた時、ふっとゴミ箱に目が行った。

 ゴミ箱には、マジックペンで【4F】と書かれていたんだ。その文字を見た私はさ、最初「誰が、4階のゴミ箱を7階に持って来たんだろう ? 」っと少し呆れたんだよね。

 けれど、良々考えてそれはあり得ないと気が付いたんだ。だって、ゴミ箱を別の階に移動した事なんてそれまで一度もなかったから。

 絶対に無いとは言い切れないけど、そう思った瞬間。全身を悪寒が駆け巡った気がしたんだ。

 そして、私はホワイトボードに目を向けた。ホワイトボードには、各階の部屋番号が印刷されているから。

 だけど、そこには4階の部屋番号が印刷してあったんだ。……自分の脳みそが、その意味を理解する事を拒んだ気がした。

 でも、先輩の……


「よし。次は7階へ行くか ! 」


 その言葉で一気に理解してしまったんだ。私は、間違いなくエレベーターで7階に到着した筈なのに何故か4階に居たんだって。

 誰に話しても、信じては貰えなかったけどさ。

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