弐ノ縁・七五三の神隠し(下)

 14歳になった私は、酷い虐めに遭っていた。クラスメイトから物を隠されたり、背中を蹴られたり……正直、毎日死にたいと思ってたよ。

 でも、そんな時に学校で立志式をやると担任から言われたんだ。立志式ってのは、平たく言うと【14歳の成人式】。

 将来自分がどんな大人になりたいかを、色紙なんかに書いて発表する式典の事。本気で地獄だと思ったね。

 だって、そんなのいじめられっ子にしてみればただの公開処刑でしかないもん。本当に嫌で嫌でしょうがなかったよ。

 式典までの1週間は、ほぼ不登校だったな。そんでさ、そんな私の気持ちを察してくれた母が気晴らしにって買い物に誘ってくれたんだよね。

 行ったのは、七五三で訪れた神社の近くにある小さなアーケード商店街。


 まだ少し雪が積もってたけど、その日は割と暖かくてさ。アーケードに着くと、私は最初本屋へと向かい母は1人で服屋へと入って行った。

 あとで落ち合おうと、場所も決めて別れたんだけど……直後、何を思ったのか私は母に何も告げず。


 アーケードから歩いて片道15分。往復で30分の所にある例の神社へ行こうと歩き出したんだ。

 「直ぐに戻れば良いだろう」位に考えて……そんで、神社に到着した私は石段を駆け上がった。すると、階段の直ぐ上に【の輪】が置かれてたんだよね。



――――――――――


 【の輪】ってのは、ちがやと言う草を編んだ輪の事。夏越なごしはらえで【の輪】潜りを行う事で、年越の大祓おおはらえの後に溜まった半年後の穢れを払う意味がある。

 夏越なごしと年越は対の行事であり、年越の大祓おおはらえで【の輪】潜りが行われる。


――――――――――



 つまり、厄祓いをしてくれるって訳。8の字に潜ると良いらしい。

 ただ、2月の初め頃だったからこんな時期に珍しいなとは思ったんだ。だけど、ついていると思った私は【の輪】を潜ったんだよ。


 そして、無事に潜り抜けた瞬間。周りから人が消えた。


 そこで私は、七五三の時に体験した出来事を思い出したんだ。しかも、神社の周りを取り囲む様に濃くて白い霧が覆っていて何も見えなくてさ。

 訳が分からず、戸惑いながら私が後ろを振り返ると拝殿の前に置かれた賽銭箱の上に人が座って居るのが目に留まったんだ。


 最初その光景を見た時はさ、「なんか、罰当たりな人が居る……」って思ったよね。


 でも、私は直ぐに気が付いたんだ。賽銭箱の上に座っている人が、七五三の時に会ったお面の男性だって……「ずっと、あの出来事は白昼夢だと思っていたのに」って、私は凄く驚いたよ。

 男性は見た目も雰囲気もさほど変わっておらず、強いて言うなら着けているお面が少し変わってたかな。七五三の時は、顔全体が隠れていたのにその時に着けていたお面は目元だけを隠すタイプの物だったんだよ。

 それで、煙管を吹かしてた。


 呆気に取られて固まってると、お面の男性は私に話しかけて来た。その時は普通に声をかけられたんだけどさ、結構距離が離れていたのにまるで直ぐ近くで話しかけられてる様に声が聞こえてこれまた少し不思議だなって思ったのを覚えてる。


「どうした ? また、迷子か ? 」

「……迷子、なのかな ? …………もう……帰りたくないかもっ……」


 それは、無意識に出た言葉だった。その言葉を口にしたとたん、自分の中で何か糸の様なモノが切れた感覚がしてそこからは泣きながら自分の現状を全て話していたんだよね。

 私が話している間、男性は黙って聞いててくれた。で、全てが話し終わった時。

 何時いつの間にか、私の目の前に来ていた男性が頭を優しく撫でてからこう言ってくれたんだ。


「生きるのは辛いだろうけど、もう少し頑張ってみろよ。……俺はまだ、生まれてないけど、

 次は俺がお前を探しに行ってやる。それまで、待ってろ」

「え ? 」


 お面の男性が言い終わると同時に、風が吹き雪が舞い上がった。そこで、私は思わず目を閉じたんだ。

 そして、再び目を開いた時にはお面の男性はまた居なくなっていた。


 周りの喧騒も元通りで、ふっと横を向いたらサラリーマンの男性がおみくじを木に縛り付けてたっけ……直後に、怒号が聞こえて来たんだけど。


「あんたね ! 毎回毎回、何も言わずに居なくなるんじゃない ! 

 探したでしょうが ? ! 」

「ご、ごめん……」


 私が神社に向かって行くのを見たと、アーケードに居た知り合いに聞いた母が鬼の形相で追いかけて来たんだ。必死に謝りながら、私は母の荷物を手に持って車へと向かった。


 それから、虐めが無くなるなんて事はなかったけど……ほんの少しだけ、前向きに生きようって思えたんだ。






 でも、3年になってから修学旅行の少し前に母から「生まなきゃ良かった」そんな事を言われてしまってね。また死ぬ事を考えてしまった時があった。


 だけどさ。普通に死んだって、私の事なんて皆すぐに忘れて何事もなかったみたいに生きて行く……そんなの不公平だって思ったんだ。だから、修学旅行の最終日に東京駅のホームに飛び込もう。

 本気でそう思ってた。だけどね。

 東京駅のホームで一歩足を踏み出した瞬間、誰かに呼ばれた気がして振り返って見たら人が沢山行き交う中で着物姿の少年と目が合ってさ。もう、顔も覚えてないけど……凄く哀しい目をしていて、その目を見た瞬間。

 「ああ、私はまだ死んだらいけないんだ」って思ったんだよね。その後は、無言で泣きながら電車に乗って地元へ帰った。


 そして、更に7年後。私は、また奇妙な体験をするんだ。

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