第4話 おまけ①【ある日の榊くん】



ミヤコソウ

おまけ①【ある日の榊くん】





  それは、とても晴れ渡った空だった。雲ひとつない・・・あ、ひとつはあった。


まあ、雲が少ない青空の下で起こった事件・・・。






「おい、てめぇら。これ見ろ」


榊英明(三五歳・医者)は、煙草を吸いながら三人を集合させた。彼の額と首筋には青い筋・・・血管が浮かび上がっていた。


呼び出された三人は、素直に集まってソファに座る。


「俺の愛用の御猪口が、今朝割れていた。コレが、その成れの果てだ・・・。」


男はそういうと、ソファに囲まれたテーブルの上に、その『成れの果て』を置いた。


「昨日の夜、酒を呑んだ時には割れていなかった・・・。誰だ?」






容疑者は三名。


一人目は、青汁をすすっているこの男。青いウェーブのかかった髪の毛をしていて、ニコニコ笑っている。


そう・・・不気味なほどに。


「おい、英斗。てめぇが一番怪しいんだよ。」


「え~、酷いよ~。俺、三〇過ぎてるんだよ~?その辺はしっかりしてるよ~。」


「昨日の夜、何してた?」


「何って~?寝てたに決まってるでしょ~?夜だし~。」


柏木英斗、三二歳。こいつは黒だと思ったが、確かにこの年で人の物割っておいて謝らないわけないだろう。


それに、寝ていたことはアリバイにはならないと言われても、涼しい顔で青汁を飲んでいた。






二人目は、ニット帽を被っているこの男。煙草を吹かしながら、天井を仰いでいる。


「翔。てめぇは昨日の夜、酒呑んでたよなぁ?」


「え。俺?違う違う。俺、酒呑むとき、御猪口使わねぇし。」


「使いたくなったのか?俺が呑んでるの見て。」


「英明。ソレ、自信過剰。なんでお前が呑んでるからって、俺がソレで呑みたくなんだよ。呑みたくなったら直接頼むぜ。」


隼翔、二三歳。煙草も酒も大好きな青年。そして、この三人の中で唯一、被害者・榊英明と同じ煙草の銘柄を好む男。


だが、本人は煙草と酒が好きなのは真似とかではなく、そういう遺伝子なのだと頑なに言い張る。さらに、榊に憧れ意識は持っていないと主張。






三人目は、無邪気に笑うこの男。見た目は一〇代。


男か女か分からない顔立ちだが、がっしりとした肩幅。


「潤。てめぇ、酒豪だったな。」


「うん。良く呑むよ。」


「俺の御猪口で呑んだか?割ったか?」


「うわ~。はっきり言われた。でも、違うよ。俺、酒もジョッキで呑む派だから!」


「・・・そういやそうだな。・・・いや、魔が差したってことも・・・。」


「魔が差したなら、もっと上等の御猪口で呑みたい。」


小早川潤、二〇歳。酒豪。御猪口とは無縁のような飲みっぷりを見せる少年。






一体誰が犯人なのだろうか・・・。男は頭を抱えた。いや、抱えるほどの問題じゃない。


  事件現場は台所。時間はおそらく深夜二時(榊英明が寝た時間)から朝六時(榊英明が起きた時間)の間に起こったものとみられる。


ここで、昨日の夜のことを思い返してみよう。








  榊英明は酒を呑んでいた。


呑み始めたのは、深夜一二時半のころ。柏木英斗と隼翔、小早川潤も一緒になって呑んでいた。この時、まだ御猪口は原型を留めていた。


榊英明という男は、何も、毎日この御猪口を使って呑んでいたわけではない。気分によって器は変わるのだ。たまたまこの日は御猪口を使って呑んでいただけ。


深夜一時になって、柏木英斗が部屋に戻る。酒を青汁で割って呑んでいたのだから、体調が悪くなってもおかしくない。


その後、深夜一時四五分頃に鳴ると、小早川潤が寝潰れてしまった。そのため、隼翔が部屋まで連れて行き、そのまま隼翔も部屋に戻って寝た。


つまり、このとき御猪口に触れられたのは、榊英明のみ。






「英明が自分で酔って割ったんじゃねぇの?」


ニット帽の位置が気になるのか、直している隼翔。台所と睨めっこしている榊英明に話しかける。


しかし、当の本人は『んなわけねぇ』と言い張る。


「俺は、ちゃんと洗ってこの棚に入れた。扉も閉めた。しかも、割れてたのは・・・」


そう言って指差したのは、近くの冷蔵庫の下。


「ここだぞ。」


そう続けると、冷蔵庫を開けに行った。ひんやりとした空気が肌に直撃する。


「ちょ・・・英明。若干寒い。」


隼翔の言葉を完全に無視して、冷蔵庫を見渡す。


そこにあるのは、小早川潤用のお菓子と柏木英斗の青汁、隼翔の野菜ジュースと自分の栄養ドリンク。そして、その他諸々の野菜とか肉とか。


「なーんもねーって。」


冷蔵庫の扉を閉めて、人差し指を顎に持って行き、髭をさする。なにか考えているらしい。


「何かわかった~?」


柏木英斗が現れた。先程から、二人の行動を見ていたようだ。


「潤は?」


「今、腹筋してるよ~。ちゃ~んと英明の言ったことやってるよ~。」


隼翔の質問に答えた柏木英斗は、ニコニコと笑っていた。・・・本当に不気味なくらいに。


「・・・俺は、お前らにもしろと言ったはずだ。」


二人の、あまりに他人事のように、嫌、他人事なんだが、他人事のように褒めていることに、ようやく榊英明がツッコミを入れた。ツッコミ?ツッコミではないが、注意をした。そう、コレだ。








  その日、犯人を突き止めることは出来なかった。


榊英明は今宵、酒をどんな気持ちで呑んでいるのかと思えば、何のことはない。普通に、小さめのコップに注いで呑んでいた。


・・・何だこいつ。


  今日も一番最初に部屋に戻ったのは、柏木英斗。次が隼翔。そして小早川潤の順。


最後は榊英明。これはいつもと同じだ。榊英明も部屋に行き、みんなが寝静まった頃、ある部屋から物音がした。


カタン・・・。


ひょこっと顔を出したのは、口元に弧を描き、ウェーブのかかった髪の毛。・・・そう。柏木英斗だ。柏木英斗は、台所に向かいコップを取り出して、その後冷蔵庫を開ける。そして、自分の青汁を取り出した。


何をするのかと思えば、コップを片手に持ち、もう片方の手で青汁の入ったパックと栄養ドリンクを持っている。


二つの液体をコップに入れると、青汁パックは冷蔵庫へ戻し、栄養ドリンクの入っていたビンはビンのゴミ箱へ入れた。あ、ちゃんと分別してる。


そして、そのコップの中の液体を、喉を通して身体へ流し込んだ。


「ふ~。美味しいな~、コレ。それにしても、やっぱり御猪口じゃ混ぜるの出来なかったな~。御猪口使って、一番おいしい比率を研究してたのに、ちょ~っと肘がぶつかっただけで床に落ちちゃうんだもん。吃驚。もっと割れにくいのでやれば良かったかな~。」




・・・犯人はこいつでした。御猪口のバランスが悪いんじゃなくて、あんたの人間としてもバランスが悪いんだよ。


そして、今日も満足した柏木英斗は、部屋へと戻って行き、安眠したのであった・・・。






後日、榊英明にバレて、剣道の素振り千回を罰としてさせられた。






悪いことをしたら、すぐに謝りましょう。






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