第5話 実
さざなみ
実
勇気がなければ、他のすべての資質は意味をなさない。
ウィンストン・チャーチル
第五償【実】
記者である羽室芽愛は、友である紀瀬千歳を去年失ったばかりだった。
千歳はある会社で働いていたのだが、そこでの陰湿ないじめに耐えきれず、自殺。
芽愛はその職場でのいじめのことを調べており、いじめに関して証言をしてくれるという人物までいた。
「どういうことですか!?記事にしないって!!」
「だから、こんなもの書いてどうするんだよ。誰も読まないだろ」
「こういった現実を公表するのも、私達の仕事じゃないんですか!!」
面白くない、万人受けしない、そういった理由で記事をボツにされてしまうことは少なくなかった。
それに何より、いじめのことを証言すると言っていた人も、薬物中毒で亡くなってしまったと連絡があり、その証言自体の信憑性が問われることになってしまった。
「どうなってんのよ、もう・・・」
ボツにされてしまった記事を眺めていた芽愛だが、ここで終わりになど出来なかった。
それからも千歳のことを調べていた矢先、ある男性に声をかけられた。
その人には見覚えがあったが、相手は覚えていなかったため、特に身元をバラすようなことはしなかった。
男性が言う事には、娘はマスコミに殺されたとか、女がいる男になど手は出さないとか、そういったものだった。
芽愛は適当にあしらって記者クラブに戻ろうとしたとき、男性に刺された。
病院に運ばれ、誰に刺されたのか聞かれたが、事件沙汰にはしないと伝えると、怪訝そうな顔をされた。
千歳のことも勿論だが、あの男性が持っていた記事に書かれていたことも気になったため、調べてみることにした。
「いてて・・・」
傷がまだ癒えない中、芽愛は聞きこみを始めていた。
まずは、男性の娘、美琴のことからだ。
美琴の相手と言われていた男性に会いに行ったのだが、その男性は亡くなっていた。
噂されていた男性の名は宮守柊、真面目で責任感が強いと言われていたようだが、美琴との噂がたってからというもの、その地位は危ぶまれていた。
「じゃあ、宮守さんと仲が良かった部下の方とか、同期の方とかは」
「ああ、隼川って奴は宮守に懐いてたし、信頼もしてたんだろうけど・・・」
「けど、なんです?」
「あいつ、捕まったんですよ」
「捕まった!?」
その後、宮守と恋人同士だったという女性に会いに行くと、その女性も亡くなっていた。
女性、枝璃奈真子には兄、玲と2人で暮らしていたが、その玲は2年ほど前、女性をストーカーから守る為に死亡。
真子を殺害した犯人は捕まっているが、玲を刺した犯人は未だ捕まっていないようだ。
玲がストーカーから守った女性に会いに行くと、その女性も亡くなっており、以前付き合っていた男性も死亡。
「どういうこと?関係者がみんな死んでるなんて、どう考えてもおかしい」
時間はかかるかもしれないが、芽愛は調べることしか出来なかった。
それからしばらくして、芽愛は自分を刺した男性のもとを尋ねた。
だがそこに男性はおらず、近所の人に聞いてみると、男性は持病の関係で入院をしているという。
病院に行って男性と話をしたかったのだが、記者とは話したくないと言われてしまったため、病院を出た。
「2年前の事件と、今回の事件・・・。憎しみの連鎖、か」
芽愛は、迷っていた。
今回調べたことを記事にするのは簡単だが、それを公にすることで、救われる人もいれば、傷つく人もいる。
もしもまたボツにされてしまったら、別のところに持っていこう。
これは、千歳にとっても大事なことだ。
友である千歳の名誉にも関わることだが、それを隠してしまうことで、別の人間が苦しんでいたのだ。
芽愛は覚悟を決めて記事を書いた。
そして出来上がると上司に見せて確認をしてもらうが、放り投げられてしまった。
「前にも言っただろ。こんなもん、何が面白いだよ。今じゃ、どいつもこいつもが芸能人の不倫に釘付けなのに、こんな正義のヒーローみたいな記事なんて、誰も求めてねぇよ」
「ですが!」
「もういいから。お前は政治家の闇献金でも調べろ」
芽愛の記事はまた使われず、時代のニーズに沿ったものだけが載せられる。
それでもどうにか公に出来ないものかと、芽愛はその記事を持ってライバル会社でもあるそこへ向かった。
それからわずか2日後、芽愛の記事は表紙に大きく載っていた。
その雑誌を持って、芽愛は再び男性の元へ向かうが、やはり追い返されてしまったため、雑誌だけを渡した。
「どうか読んでください。そこに、私の調べた全てが書いてあります」
芽愛は男性に頭をさげると、病室を出て行った。
渡された雑誌を広げると、そこには信じられないような内容が書いてあった。
始めに話しておくべきことは、2年前の事件である。
2年前、1人の女性がストーカー被害に遭っていた。
女性の名は達名葵。達名葵はスト――か―のことを警察に相談しに行ったが、当時の担当者、朝矢時生は、被害がないならと言って達名葵を追い返した。
達名葵は、当時付き合っていた彼でもある、淀嶺晃太にも相談できず、1人で悩んでいた。
しかしそこへ、救世主が現れた。
それが、達名葵の相談者でもある、朝矢時生の部下、枝璃奈玲と出逢った。
達名葵は枝璃奈玲のことを信頼していたが、これは枝璃奈玲の策略であった。
枝璃奈玲は奥手な男で、好意を寄せている女性にも声をかけられないような性格だったため、密かに想いを寄せていた達名葵の後をずっとつけていたのだ。
もちろん、本人としては彼女を守っているという感覚で。
自分が好意を寄せている達名葵と接触出来たことで、枝璃奈玲はさらに距離を縮めようと暴走をする。
それが、世間では殉職、という形だった。
達名葵の後をつけていった枝璃奈玲は、彼女をうつ伏せに倒し、ストーカーに襲われているという恐怖を植え付けたあと、自らが彼女の盾になろうとしたのだ。
それはつまり、ストーカーである枝璃奈玲自身が、自分を刺すという行為で、彼女への愛を示そうとしたのだ。
そんなことを知らない彼女は、恐怖のあまりその場から逃げた。
きっと枝璃奈玲の計画では、刺された自分を達名葵に介抱してもらうことで絆を深め、すぐに病院に運ばれれば助かると思っていたのだ。
誤算だったのは、誰も通らずに病院にも運ばれなかったこと。
そのまま亡くなってしまったため、愛を語ることも出来ずに終わってしまったが。
これがまず、2年前に起こったことの真相である。
そしてそれから1年ほどが経つと、羽室芽愛の友である紀瀬千歳が自殺をする。
この自殺は、正直、友の名誉に関わることなので書くのは躊躇してしまった。
紀瀬千歳は、職場でいじめに遭っていた。
いじめの事を会社に訴えようと、そのことを証言してくれる人を探していた。
するとそこに名乗りをあげたのが、先程出て来た達名葵の彼氏である、淀嶺晃太だった。
淀嶺晃太は紀瀬千歳の先輩であり、いじめの件に関しても証拠を掴み、証言してくれると言っていた。
しかし、彼は会社からの圧力に負け、苦しんでいた。
淀嶺晃太が精神的に病み始めると、達名葵とは別の女性と薬物に手を出し、互いに助け合うために、さらなる深みにはまってしまったのだ。
いじめを受けていた友は、ある男性と付き合っていた。
それは宮守柊という男で、つまりは、紀瀬千歳と枝璃奈真子、2人と付き合っていたのだ。
だが、枝璃奈真子とは結婚の約束をしていたことからも分かるように、紀瀬千歳とは遊びだったのだろう。
そして紀瀬千歳は自殺したが、違う会社の人間と浮気をしているとは思っていなかった宮守柊の会社の人間は、同じ会社の女性を浮気相手と決めつけ、その嘘を広めていた。
ここからは最近の話になるが、宮守柊という男は、会社の不正を告発しようとしていた。
だがそれは会社にもみ消されてしまい、更には朝矢美琴という女性と浮気としているという噂が広まる。
昔の友人である達名葵から、ストーカーに遭っているという相談を受けていたことがあるが、仕事が忙しくてちゃんと話を聞けなかったと後悔していたらしい。
その噂相手となってしまった朝矢美琴は、噂がたってからというもの、仕事を辞めて塞ぎこんでしまった。
誰にも悩みを相談出来ず、1人で抱え込むしか出来なかった朝矢美琴は、ネットの世界に助けを求めた。
そこで出会ったのが、淀嶺晃太だった。
「死にたい」とだけ載せたメッセージに対し、淀嶺晃太は「そんなこと言わないで」と返してきたという。
一度会いたいと送れば、会ってくれた。
そこで、淀嶺晃太も会社のことで色々あり、悩んでいると相談をした。
最初はただ、会って話をして、ストレスを解消するというだけだったのだが、どうしても消えない負の感情に、朝矢美琴は薬に手を出してしまった。
それは、淀嶺晃太は会ってすぐに気付いたらしく、朝矢美琴をなんとかして薬から抜けだそうとしたようだ。
朝矢美琴が、泣きながら薬を打っている姿を見て、淀嶺晃太は自分も薬を打つことでしか、朝矢美琴を理解出来ないと思ったのかもしれない。
2人は薬物中毒になってしまい、それによって淀嶺晃太は死亡し、朝矢美琴は責任を感じてしまった。
淀嶺晃太の死亡によって、マスコミが朝矢美琴の周りに現れ始めた。
なんとか逃げていた日々の中、淀嶺晃太の彼女の達名葵が接触し、朝矢美琴のことを責めたてた。
そのことで最後の糸が切れてしまい、朝矢美琴はマスコミから逃げる途中、車に轢かれて亡くなった。
この連鎖は、まだ続く。
淀嶺晃太の彼女、達名葵には裏の顔があり、それは宮守柊のストーカーという顔だ。
昔の友人という名目ではあるが、実は昔から宮守柊のことが好きだったこともあり、久しぶりに会った彼のことが忘れられなかった。
何処で働き誰と付き合っているのか、宮守柊の全てを調べて、会社にメールも送っていた。
返信が来ることはなかったが、それでもよかった。
ずっと彼を見ていたからか、宮守柊の隣にはいつも隼川正宗という部下がついて歩いていることも知っていた。
仕事が出来ないくせに、宮守柊の周りをうろちょろとしている男で、それだけ一緒にいても心からは信頼されていない男。
宮守柊も自殺したと聞いて、達名葵はとても悲しかった。
きっと自分の献身さが足りなかったのかと、そんなことばかり考えていたある日、見つけてしまったのだ。
宮守柊の代わりに出世をしている、隼川正宗の姿を。
達名葵は隼川正宗が宮守柊を殺したのではないかと疑い、そしてただその憎しみだけで、隼川正宗を階段から突き落とした。
しかし、達名葵への報復はすぐにおとずれる。
家に帰る途中で、ある人物に声をかけられたのだ。
その人物とは、枝璃奈真子である。
枝璃奈真子は、兄である枝璃奈玲が助けた女性である達名葵を見つけ出し、命を助けた兄に感謝もしない達名葵を恨みに思い、毒を飲ませたのだ。
そしてその枝璃奈真子もまた、家に帰ると男に襲われてしまった。
その男とは、宮守柊の部下だった、隼川正宗だ。
どうして枝璃奈真子を襲ったのかというと、枝璃奈玲がレイプ魔だと広めたのは、隼川正宗だからだ。
理由は簡単なことで、隼川正宗がレイプ魔だったからで、そのことを枝璃奈玲の妹の枝璃奈真子が探っていると思ったから。
宮守柊の告発を知り、自分が上に行く為に、宮守柊が浮気をしていることなどの噂を広めたのも隼川正宗だった。
階段から突き落とされるとは思っていなかったようだが、それも枝璃奈真子の仕業だと思いこんでいた。
しかし、枝璃奈真子を殺害後、近くにいた警察官に職質され、そのまま捕まった。
しかし、この枝璃奈真子が殺されたことに関しては、羽室芽愛個人的には、自業自得だと思っていた。
それは、友である紀瀬千歳をずっといじめていたのは、この枝璃奈真子に違いないのだから。
最後に、この人について語ろう。
それは、羽室芽愛を刺した男、朝矢美琴の父親である朝矢時生のことだ。
朝矢時生は、ずっと警察官として働いてきた。
時にはストーカーに悩む女性など、様々な人間と接することが多かった。
部下でもあった枝璃奈玲が殉職したと聞いたときには、立派な人間だったと栄誉を称え、死ぬには惜しい男だったと語った。
しかし、1年ほど前、定年前にも関わらず仕事を辞めた朝矢時生は、娘の朝矢美琴のことで悩んでいた。
何でも、仕事場で上司と浮気をしているとか言われてしまい、部屋に籠っていた。
何を言ってもダメで、正直なところ、もうどうにもならないと諦めていたようだ。
そんな時、朝矢美琴が薬物常習犯だと言われ、さらには、目の前で車に轢かれて無残な最期を遂げた。
朝矢時生という男は、金遣いが荒い。
もしかしたら、それは偏った情報かもしれないが、私、羽室芽愛は知っている。
どうしてかというと、羽室芽愛は昔、朝矢時生と会ったことがあるからだ。
以前は夜の街で働いていた羽室芽愛は、その店で朝矢時生と出会っていた。
しかも、羽室芽愛のことを気に入っていた朝矢時生は、当時の羽室芽愛、源氏名が「愛」だった彼女に対して、バッグでもマンションでも靴でも、なんでも買ってくれていた。
きっと、その後ろめたさもあり、娘のことを家から無理矢理出すことも出来なかったのだろう。
つまり今回の事件は、2年前の事件を発端とした復讐の連鎖なのだ。
芽愛は数日後病院へ行くと、そこで時生に見舞いの花を手向けた。
時生は眠っていたため、静かにその場から放れるが、芽愛が病室から出てすぐ、時生の病状が悪化し、そのまま帰らぬ人となってしまった。
「・・・・・・」
芽愛は翌日の記事に書かれた時生の名を眺めたあと、新聞を棄てた。
そして取材までまだ少し時間があったため、適当に時間を潰そうと、スクランブル交差点で信号を待つ。
青になってみんなが渡り始め、同時に芽愛も歩きだす。
「 」
人混みの中に、悪魔がいた。
人が渡りきって青の信号が点滅し、さらには赤に変わっても、芽愛はそこから動けずにいた。
車が走り出そうとしたのだが、芽愛の身体が横たわって倒れてしまったため、その場には悲鳴が響いた。
車からは人が下りてきて駆け寄り、また別の人は救急車を呼び、ある人は写メを撮り、ある人はただ叫ぶ。
そんな中、1人の女性がヒールの音をたてながら、ゆっくりと芽愛から放れて行く。
その女性は「アリス」という夜の店に入って行くと、上機嫌で化粧をする。
「あら?何か良いことでもあったの?」
「ふふ、まあね」
「何何?教えてよ」
「別に。ただ、昔男を横取りした女に会ってね、二度と起き上がれないくらい、ボロクソにしてやったの」
「やだ、怖~い」
化粧を終えた女性は、鞄の奥にしまってある一枚の写真を取り出した。
そこに写っているのは、かつての店の仲間たちだが、その中に、女性本人と思われる人物は見当たらない。
ただ、芽愛の後ろで無愛想にしている女性の顔は、まるで今にも芽愛を殺そうとしているくらいに恐ろしいものだった。
「これ誰?なんか、面白い顔してるわね」
「・・・そうでしょ?これね、私なの」
「ええ!?嘘でしょ!?そんなに綺麗なのに!」
「ふふ、冗談よ」
その場に1人になると、女性はそこに写っている芽愛の顔に、爪で×印をつけた。
「あと、4人」
人知れず、憎しみは連鎖する。
さざなみ maria159357 @maria159753
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