第4話 縁
さざなみ
縁
最も完全な復讐は、侵略者の真似をせざることなり。
マルクス・アウレリウス・アントニウス
第四償【縁】
朝矢時生は、去年仕事を辞めた。
その前からも、娘である朝矢美琴の様子はおかしいと思っていたが、色々ある時期だろうと思い、特には話も聞かなかった。
「美琴、今日も仕事行かないのか?」
「美琴、いい加減にしなさい」
「美琴、部屋で何をしてるんだ」
美琴が小さい頃に母親は亡くなり、男手ひとつで育ててきた美琴は、親の時生が言うのもなんだが可愛い娘だ。
しかし、最近は何も語らず、部屋に籠っていることが多くなった。
声をかけてみても返事もなく、久しぶりに顔を出したかと思うと無言のまま。
どうして美琴がそうなってしまったのかは、それからすぐに分かることとなった。
「どういうことなんて美琴!お前、仕事場の男と付き合っていたのか!?男はお前とはお遊びだったってことか!?どうなんだ!答えなさい!!」
「五月蠅い五月蠅い!!放っておいてよ!!」
「美琴!!美琴!!」
毎日のように言い合うようになり、美琴は部屋でブツブツと独りごとを言っていたり、ストレスからなのか暴れたり、最近では被害妄想をすることもあった。
しかし、時々外に出ることもあったため、気分転換に出かけているのだろうと思っていた。
美琴は小さい頃から引っ込み思案な子で、人様の物を奪おうとか、そういうことを考える子ではない。
浮気だの不倫だの、そういった言葉とは無縁の子のはずだ。
食事もまともに取らないためか、美琴は会う度にやせ細ってきている気もしたが、強く言っても逆効果のため、口煩く言うのは止めていた。
そんなある日、朝矢家に刑事が来た。
「美琴は部屋だが」
「少し、お話を窺いたいのですが」
「美琴に?どうして?」
「それは・・・」
リビングに刑事達を案内すると、部屋まで行って美琴を呼んだ。
刑事達が美琴の話を聞きたがっていることを言うが、美琴は返事もせず、部屋からも出てこなかった。
時生は下に下りて、部屋から出て来ないことを伝えると、刑事は美琴の部屋の前まで行き、部屋にいる美琴に聞こえるような声で話した。
「先日亡くなった淀嶺晃太さん、ご存知ですよね?淀嶺さんのスマホに、あなたとのやりとりがありました。詳しい話、聞かせてもらえませんか?」
「おいおい、どういうことだ?一体何の話を?」
美琴は変な噂が広まってからというもの、仕事を辞めてこうして引きこもりのような生活を送っていた。
その中で、ネットを通じて淀嶺晃太という男と連絡を取り合い、接触していたというのだ。
「どう言う男なんです?さっき亡くなったって・・・」
「ええ。薬物中毒で」
「薬物・・・!?それと美琴と、どういう関係が」
「淀嶺晃太に薬物を渡していたのが、娘さんの可能性があります。そこで、娘さんの薬物反応も確認しようと」
「娘は薬なんぞに手は出さん!!」
刑事を追い返したあと、時生は美琴にドア越しに話しかける。
「美琴!お前、薬なんてやってないよな?あの淀嶺とかいう男なんか、知らないだろ!?」
何も答えない美琴に、翌日、また刑事がやってきた。
どうやら、美琴は仕事を辞めてからすぐ、ネットで「死にたい」と書きこんでいたらしく、そこに答えたのが淀嶺晃太だったそうだ。
淀嶺は美琴の言葉に対し、自分も今とても落ち込んでいて、誰にも相談出来ずにいるから、その気持ちを共有しようといった内容のものが返信されていた。
それをきっかけに、美琴は淀嶺と一度会い、連絡先を交換。
薬の売人に何処で出逢い、何処で受け取っていたのかは分からないが、貯金を崩して薬を購入していた美琴は、それを同じ境遇にいる淀嶺にも渡したをみられている。
「娘さんの部屋を調べられれば、その証拠も出てくるでしょう。それに、娘さんが常習犯ということも」
「そんな・・・!!あの子が!」
「仕方がありませんので、令状を取っての家宅捜索になるかと思いますが」
そう言って、刑事は出て行った。
それからというもの、美琴が時々外出をしようとすると、マスコミに囲まれてしまうようになった。
理由はもちろん、薬物中毒で死んだ淀嶺晃太と連絡を取り合っていたということと、美琴の元仕事場を調べた記者が、そこでの上司との関係についてだ。
「先日亡くなった男性との関係は」
「肉体関係はあったんですか」
「仕事先での不祥事の件は」
ただでさえ細くなってしまった美琴は、連日マスコミの押し寄せで、余計にやつれてしまっていた。
タクシーに乗って逃げたとしても、家に帰ってくるとまた群がってくる。
無事にタクシーに乗ると、美琴はとある場所まで向かってもらった。
誰もいないような静かな寺に着くと、美琴はそこにある、自分の話を聞いてくれていた淀嶺晃太の墓の前で手を合わせる。
寒さからではない手の震えに、美琴はすぐに帰ろうと立ち上がると、そこには女性が立っていた。
誰かの墓参りだろうかと思って会釈をすると、その女性はいきなり美琴に歩み寄ってきて、鬼のような形相で喚き散らした。
きっと淀嶺晃太との関係を誤解しているのだろうと、美琴はなんとかそれを伝えたのだが、女性は納得するはずもなく、美琴はそこから逃げるのに精一杯だった。
再びタクシーに乗って家に向かってもらっている間、美琴は考えていた。
上司と恋仲だなんて噂をたてられて、そりゃ、上司として尊敬はしていたし、美琴も信頼されていたため、会社を告発することに協力してほしいとも言われていた。
しかし、あんな噂が立ってしまっては、上司の告発に協力したところで意味が無くなってしまう。
だからこそ、美琴は仕事を辞めたのだ。
信頼している上司のことを信じて辞めた美琴に対して、会社からは軽い女とのレッテルを貼られてしまった。
時生は仕事ばかりで、美琴のことを大事に思っているのは分かっているが、仕事を犠牲にしてまで美琴に時間を裂こうなどとは思っていない。
ネットで通じた相手は、優しかった。
よく話も聞いてくれたし、お互いに悩みとか愚痴を言い合って、とても良い気晴らしになった。
でも、美琴にはもう何も残っていない。
「着きましたよ」
「え?」
「着きました」
「ああ、ありがとうございました」
気付けば家に着いており、美琴を待ちかまえていた記者たちにあっと間に囲まれてしまう。
その頃、時生は外がまた騒がしくなってきたことで、美琴が帰ってきたことが分かった。
玄関を開けてすぐに中に入れようと思って少し扉を開けたとき、そこにはマスコミに囲まれている美琴がいた。
名前を呼ぼうと口を開いたのだが、美琴はマスコミから逃げるようにして走りだし、そして、車に轢かれてしまった。
車もスピードを出していたため、美琴は即死状態だった。
マスコミたちは、ここぞとばかりに瀕死の状態の美琴を写真に収めており、時生は家から飛び出すと、記者たちから美琴を守るように抱きかかえた。
救急車に乗せられた美琴だが、その時にはすでに心拍停止で、救急車の中で死亡が確認された。
そして翌日、美琴は薬物中毒の上、働いてきた会社の上司を寝取っただのと新聞に書かれていた。
美琴は他人の噂に振りまわされた上、マスコミに殺されたというのに、まるで他人事のように書かれたその記事に、時生は言いようのない怒りを覚える。
後日、時生は美琴の噂相手になった男のもとへと向かっていた。
何処に向ければ良いか分からないこの感情を、その男に全てぶつければ少しは気が落ち着くかと思ったのだ。
しかし、返ってきたのは予想外のものだった。
「ああ、もしかして宮守さんのことですか?宮守さんなら、自殺しましたよ」
「じ、自殺・・・!?」
「ええ。ニュースにもなってましたけど」
時生は美琴のことばかりで、世間で誰が死んだかなんて見ていなかった。
帰って新聞を広げてみると、そこには確かに、宮守と書かれた男の名があり、会社の屋上から飛び降り自殺をしたと載っていた。
「くそっ・・・くそおおっ!!」
時生は、美琴のことを好きなように書いていた記事を眺めていると、最後に書かれている名前をじっと見る。
そして美琴の記事を切り抜くと、それを持って何処かへと出かけて行く。
時生の前には、1人の女性がいた。
ベンチに座ってスマホを耳にあてながら、分厚い手帳に何かを書いている。
「では来月の16日、14時からで、はい。よろしくお願いいたします。失礼します」
電話を切ってからも、しばらくそこに座ったままの女性は、手帳を眺めながらぶつぶつと何か言っており、またすぐにどこかへと電話をかけていた。
それも終わってベンチから立ち上がると、時生は女性に声をかける。
「おい、お前」
「え?・・・あ」
「?俺に見覚えがあるのか?」
「・・・いいえ?何か御用ですか?」
「お前か!こんな嘘っぱちの記事を書いたのは!!娘はな・・・!マスコミに、お前たちに殺されたんだぞ!!それなのに、よくもこんなものが書けたな!!」
女性に美琴の記事を見せると、女性はため息を吐いた。
「これを書いたのは私ではありません。それに、こんな事件、私は興味ありません」
「こんな事件だと!?娘が、死んだんだぞ!」
「ですから、それに関してはご冥福を祈りますが、私は記者としての仕事をまっとうしている心算です。間違ったことをしているとは思っていません」
「なんだと・・・!?なら、せめて、娘以外に女がいたことを証明してくれ!あの子はそんなことが出来る子じゃないんだ!!」
「大変残念ですが、仕事が立て込んでおりますので」
女性はまるで迷惑そうな顔で、時生から放れて行く。
肩を上下に激しく動かしながら呼吸を荒げる時生は、ポケットからハンカチに包まれたナイフを取り出した。
「お前等の・・・お前等のせいで!!」
女性が肩にかけていた鞄は地面に落ち、女性はゆっくりと後ろを見ると、時生が震える手でナイフを持っていた。
そこには血がついており、女性は自分の背中から血が出ていることを知る。
時生はそこから走り去って行ってしまったため、女性は自力でスマホを手に取ると、救急車を呼んだ。
目を覚ましたとき、そこは真っ白な天井が見えるだけ。
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