第4話 くろめはち


衍字

くろめはち



 第四話【くろめはち】




























 ようやく暑さが収まってきた。


 今年はエアコンを何度使ったか分からないほど暑かった。


 夜になると少し涼しくなってきて、寝る時に網戸にしてしまう。


 「みおあさ先生、お願いします」


 「今行きます」


 みおあさあきらは、医者である。


 真面目で優秀、にこやかで物腰も柔らかく、患者からも看護士からも人気があった。


 手術の腕も良く、評判が良いみおあさには、彼女がいるのではないかという噂があった。


 「山口さん、こっちお願いします」


 「はい、みおあさ先生」


 その噂の相手が、この山口愛だ。


 可愛らしい容姿はもちろん男性陣から注目の的なのだが、同じ看護士から言わせると、性格は最悪らしい。


 だが、医者の前ではそんな姿を見せるはずもなく、愛は狙いを定めていたみおあさの周りを付きまとっていた。


 みおあさは他の人と同じように愛に接しているため、彼が愛をどう思っているかは定かではない。


 「お昼行ってきます」


 「私もー!」


 こんな具合に、いつもみおあさの後を付いて回っているが、みおあさも嫌そうな表情を見せたことがないため、両想いなのではと言われている。


 一方で愛が何度か食事誘っているようだが、みおあさは一度も行ったことはなく、それでも諦めずに誘い続けているそうだから、くっつかないだろうという意見もあった。


 「みおあさ先生!今日こそご飯に行きましょう!ね!」


 「いいですよ」


 「え!本当ですか!」


 「ええ、構いませんよ。毎回誘っていただいているのに、断り続けるのも申し訳ありませんからね」


 「やったー!!!じゃあじゃあ、約束ですよ!?絶対ですよ!?」


 誰もいない時に誘ったのが良かったのか、やっと気持ちが通じたと愛は喜ぶ。


 そして食事に行き、一通り食べ終えると、みおあさが愛に尋ねる。


 「山口さんの昔の彼氏のこと、聞きたいな」


 「ど、どうしてですか?」


 「山口さんのこと気になるから」


 「!!!」


 これはもう脈ありかと、愛は迷った末に答えることにした。


 「学生時代に同じサークルの人と付き合ってたんですよ。まあまあイケメンでしたけど、正直ちょっと子供っぽい人で」


 「へえ、それで?」


 「その人本当にヤバい人で、同じサークルにいた後輩の子が気に入らないからって、酒で酔わせて、レイプ犯にしてやろうってなったんですよ。しかも、相手は私ですよ?だから破り易い服着てこいとか言われて」


 「それは、酷い男ですね」


 「ですよね!?まあ、結局それは何事もなく終わったんですけど」


 「それは何よりですね」


 「あ!そういえば、友達なんですけど、結構ヤバい子で、何回か事故現場に遭遇してるんですって!」


 「へえ、災難だね」


 「私が遭遇したのは、その中の一回だけです!その時もその友達がいて、その子は写メまで撮ってて」


 「もちろん、救急車とかには連絡したんでしょ?」


 「それが、怖くて逃げちゃったんですよね。ほら、他にも人いたし。その人たちが連絡するかなーと思って」


 「その時は別の病院だったんだよね」


 「はい。その後すぐ今のところに。看護士としてダメだってことはわかってるんですけど・・・」


 しゅん、としてしまった愛に対し、みおあさは食後に甘い物でも食べようと進める。


 美味しそうなイチゴのパフェが運ばれてくると、愛は嬉しそうに手を頬に添えて喜び、みおあさに見つめられながら食した。








 「ありがとうございます!!御馳走になっちゃって」


 「いや、いいんだよ。遅いから車で送って行くよ」


 「わー!いいんですか!?」


 「うん、いいよ」


 車に乗って愛の家まで運転していると、途中、何処かの駐車場に車を停めてみおあさが車から下りた。


 夜景でも見ようと言われ、愛は外に出る。


 みおあさは、持ち歩いているのか、水筒を車から出して愛に呑み口を渡した。


 「コーヒーだよ、良かったら飲んで」


 「ありがとうございます」


 そう言うと、注がれたアイスコーヒーをぐいっと飲み干す。


 「美味しい!」


 「良かったらもう一杯どうぞ」


 3杯ほど飲んだ愛は、よろっと足をもたつかせる。


 「大丈夫かい?」


 「は、はい・・・」


 みおあさは愛をお姫様抱っこすると、数段の木の階段をあがった先にあるベンチに横たわらせた。


 水筒の周りをハンカチで綺麗に拭いた後、愛の手にギュッと握らせ、それをベンチに横たわっている愛の横に置いた。


 地面に少しだけ、そのアイスコーヒーをこぼして。


 「看護士であること以前に、人として君は白衣を着るべきではないよ」


 真っ暗なそこには、蛾が群がりそうな灯りさえなく、蠢く影はひとつのみ。


 愛のスマホが数回光るが、すぐに切れる。


 みおあさは車に戻るとエンジンをかけ、その場から離れて行く。








 俺には、高校時代に仲の良い友人がいた。


 そいつは大人しい方だったが、自分というものをしっかり持っている、ちょっと変わった奴だった。


 良く一緒に行動していたし、学校以外でも遊びに行ったり飯を食いに行ったりしていた。


 大学は別々になったけど、連絡を取り合っていた。


 彼女も出来たと言っていたし、就職したら頑張るんだと意気込んでいたのに、ある日道路に飛び出して亡くなった。


 それはとても小さな記事で、案の定俺は見落としてしまっていたのだが、そいつの兄弟から連絡が来て知ることが出来た。


 目撃した人がいて、どうやら自分からぶつかっていったようだということで、それは自殺として片づけられてしまった。


 あいつは自殺なんかしない。


 もしそういう気持ちになってしまったとしても、俺に何かしら連絡がくるはずだ。


 勝手に自殺だと決めて、大したニュースにもならずに終わって、それがどうにも納得出来なかった。


 目撃した奴らは数人いたらしいが、救急車や警察に連絡したのは、その中のたった2人だと聞いた。


 「所詮対岸の火事。なら、お前がいなくなることも、同じだな」


 みおあさは赤から青に変わった信号を見ると、アクセルを強く踏んだ。


 『無断欠席していた女性が、遺体となって発見されました。女性が所持していた水筒に毒物が混入されており、自殺ではないかということです』







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