第5話


 若菜の不安は的中した。その不安が現実となったのは、彼に連絡を入れてから数日後のことだった。


 警察が彼を見つけることができていない。指揮を取る長からそう伝えられたとき、聞いていた者たちは「えっ」と驚いた声をあげた。


「どういうことですか? 優也は目撃されたって情報があったはずじゃ…」


 そういったのは同期で優也と仲の良かった遠藤正人だ。今、彼と一緒に警察署の中で事情を聞いている所だった。


「はい。目撃情報はありました。防犯カメラにも、本人と思われる人物が映っていることも確認しました。しかし、その後の足取りがわかってないのです」


「近くの防犯カメラにも映っていないんですか?」


「はい。目撃があった付近の防犯カメラ一つ一つ確認しましたが、彼の行動が掴めていないのが現状です」


「そんな…」


「正直、私たちも戸惑っています。何故、彼の行動が掴めていないのかが…」


 隊長の思われる人物の困惑した表情に、若菜はどう言葉にしていいかわからなかった。文句の一つも言えない。言っても無意味だろうと思った。


「もう一度、見落としがないか確認してみます。何か分かり次第、再度連絡させていただきます」


 そう言って、近況報告は終わった。若菜と正人は二人とも何も語らずに署を後にした。



◆◆◆


 正人と二人で警察署に行った翌日の月曜日。いつものように窓口仕事をしている時に、


「河本さん。一番に菊花きっか支店の沢田さんから電話です」


 新人男性社員の加藤にそう呼ばれた。若菜は、はい、と言って電話に出た。


「はい代わりました、河村です」


『あっ、若菜? お疲れ様』


「うんお疲れ様。どうしたの急に」


『いや、ちょっと気になる事があって…』


「気になること?」


『見間違いかもしれないけど、今日外に出た時松村君らしき人を見た気がするの』


「えっ、ほんと!?」


 声が大きくなってしまい、若菜は慌てて口元を手で押さえた。


『うん。でもわかんないからさ。とりあえず仲の良かった遠藤君に聞いたの。そしたら遠藤君が若菜にも連絡しといてって言うから、こうして連絡したの』


 正人もこの情報には驚いたはずだろう。


「そう…」


『けど、松村君って前に辞めたはずだよね? 何の用あってウチの近くにいたんだろ?』


 同期の中では、優也と付き合っていることを知らない者もいる。それに優也が失踪したことも。知らない者は退職したと伝わっているのだろう。


「何で、だろうね…」


 余計な情報を言って話を面倒事になるのは困る。若菜は必死に誤魔化した。


『じゃあ、伝えたからね。また今度同期で集まって飲みにでも行きたいね』


「うん。そうだね」


『それじゃあね』


 相手の電話が切れたことを確認した後で、若菜はふぅと息を吐いた。


(一体、どういうことなの…?)


 今度は別の支店に彼は現れた。彼はどういう意図で姿を現しているのか?


 その後の仕事は、まったくもって捗らなかった。





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恋人 @Mukimuki111

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