第3話
優也の失踪は突然だった。失踪時期は八月の中頃だった。
彼の配属先の支店では、体調不良の休みから仕事が嫌になって放棄した、人間関係が嫌だったとか、と色んな憶測が飛びかんでいた。しかし、誰もが考えていたこととは違う状況に、職員は驚きを隠せないでいた。
失踪して三日後には彼への捜索願が出された。彼の家族がすぐに手続きをしたため、若菜がどうこうするまでではなかった。
警察はすぐに動き出し、とりあえずここ最近の彼の状況を知る者への事情聴取を行った。若菜も事情聴取には参加した。恋人という重要人物の一人だから当然のことだった。
家族、職場関係者、友人、ありとあらゆる人間関係から警察は話を聞いた。しかし、これといって失踪する動機が見つからない。仕事も失踪前日までは元気よく行っていたらしく、本当に突然のことだったらしい。友人も特に悩みはなかったと漏らしていた。同居する家族もいつもと変わらないと証言している。これでは動機などまるで見えない。謎ばかりだった。
若菜も自分でできることをした。優也との会話から何か変化はなかったか。警察に新たな情報を言えることはないか。記憶を掘り起こして考えた。だが、何もわからない。優也に対して付き合う前と比べて少し冷たく当たっていたこともあり、会話の内容なんてあまり覚えていなかった。
今となって若菜は後悔した。何でもっと彼のことを思いあってやれなかったのか。自分のことばかり考えて、彼に負担をかけていたんではないだろうか。たぶんそうだ。優也は何も言わないからわからないが、きっと彼はこんな彼女に疲弊していたのではないか?
この状況になってそんなことが頭の中で駆け巡る。今は優也はいないのに。
自分はいつもそうだ。前の彼氏に飽きられたように、今回も迷惑をかけて、関係が終わりに近づいている。どうして自分はこうなのか。
優也が消えてから、若菜は結局何もできなかった。
◆◆◆
情報が何も出てこないまま、月日は流れた。その間は一日が早いようで、長いようで時間感覚がおかしくなりそうだった。仕事をしていてもどこか上の空というのか、気合が入らないというのか、そういう状態が続いた。
LINEを開き、彼に送ったメールを確認しても既読はつかない。あたりまえのことなのだが、それがまた心を苦しくさせた。
そして、何も新たな情報が得られないまま優也失踪から三年が経過した。
若菜は二六歳となった。仕事に就いてから三年が経過して、やっと一人前の社会人になり始めていた。
この三年の間に仕事を辛いと思うことはあまりなかった。優也の件の方がよっぽど辛い思いをしてたからだ。彼女の心はかなりやられていた。
時間が経過したら少しはマシになると思っていた。新たな人間関係が、自分を変えてくれるなんて思ったりもした。けど、優也を忘れることなんて一日も出来なかった。
「はあ…」
銀行の窓口で、他の職員に気づかれないようにため息をついた。いやもう気づかれて何も言ってこないだけかもしれない。なぜならため息はこれまで何回もついているから。
ちょうどその時、電話が鳴った。若菜はすぐに受話器を取り、耳に当てた。
「ありがとうごさいます。名桜銀行、椿支店でございます」
そういつもの台詞を口にして、電話に応じた。
『
「あっ、真希? お疲れ様」
電話に出たのは同期の
『あっ、若菜!? ちょうどよかった!』
真希は若菜だとわかると、声を大きくした。何か焦っているような、そんな声音に若菜は怪訝に思った。
「なに? どうしたのそんな慌てて」
若菜は彼女の焦る顔を想像した。前からすぐに慌てやすい子だからその顔は容易に思い浮かんだ。今回も仕事絡みだろう。
しかし、彼女が発した言葉は別物だった。
『いたの! 松村君が!』
「………は?」
心臓を掴まれたような感覚だった。けど彼女が何を言っているのかわかなかった。
『だから、支店の外に松村君がいたの! 見間違えじゃなくて!』
真希の様子は嘘を言っているようには思えなかった。
「うそ……」
三年の時が経ち、ようやく事態が動き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます