第3話 人形師と人形者
我ながらずいぶん考えなしだと思ったけれど、体が勝手に動いていたのだから仕方がない。
まだふらつく足を必死に動かして、門の外まで出る。目指すは街だ。街まで行けば、なにかしらのドールが存在するかもしれない。
よく考えなさい、森菜。いいえ、モネ。
あなたの人生そのものなのよ、ドールは!! ドールがなかったら私は一体何だというの! 動け足!! 走れ身体!! うなれ筋肉!!
頭を空っぽにして走り続けると、とうとう石に躓いて転んでしまった。そういえば靴を履いていなかった。それに気づかず走り続けるとは、ドールのこととなると猪突猛進というか、なんというか。
なんとか立ち上がろうとするが、もともと体調が悪かったせいだろう。頭がぐらぐらして思うように体が動かない。胃が空っぽのはずなのに、いきなり走ったせいか気持ち悪くて、思わず少しえずいてしまった。
その時だった。
「お嬢さん、大丈夫かい」
頭上から声が聞こえてきた。
のろのろと目線を上げると、声の主は男性だった。肩には大砲でも入っているのかと思うような大きな縦長の袋を下げており、身なりはそれほど汚くない。モネの父親の服装を少し簡素にしたような姿だ。
アーモンド色の瞳をした彼は――よく見たら銀の光彩がちりばめられていて、きれいだなと思った――片膝をついて私の横にかがむと、そっと手を差し伸べた。
「盛大に転んだけど、そんなに急いでどこに行こうっていうんだい。そんな恰好で」
「あっ、あの……」
私は途端に恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしながらはわはわと言葉を紡ごうとした。しかし、思ったように声が出ない。ようやく声が出たかと思ったら、
「ど、ドール……!」
だった。
そうじゃないだろ、と自分でも突っ込みたくなるほどの失態。
しかし、彼は一瞬瞠目したのち、「ああ、これか」と背中に背負っていた袋を下す。
「まさかこれを追いかけてきたのかい」
そして袋の口を少しだけ緩めて見せた。
そこからのぞかせたのは、精巧な作りをした人形だった。
大きさは1/3クラスだろうか。金髪の少女の形をしたそれは、瞼を閉じているので瞳の色は分からないものの、繊細なまつげが彼女の美しさを引き立てていた。私好みのアンティーク調のドレスを身にまとう彼女は、まるで生きているかのようにそこにいた。
「きれい……」
思わずぽつりとつぶやいた。
「お褒めにあずかり恐縮です」
彼はにこりとして、彼女にそのまなざしを向けた。「彼女も喜ぶだろう」
「その子、どこに行ったらお迎えできますか?」
次に尋ねると、彼はぱちくりとして私のことを見た。
そして驚いたような口調で言うのだ。
「君、なにを言っているの? 本気?」
***
結局私は彼に抱きかかえられ、元来た道を戻る羽目になった。
彼はコンラートという名の
これは十三歳になった際に成人の儀を行うことと関連があるのだが、儀式の中で己の魔力を職業に関連するものに変換するということが行われるのだとか。この時に人形に関連するものを呼び出すことができれば人形師になれるのだそうだが、その数はごくわずか。子供が百人いたとして一人いるかどうかという確率らしい。
この国において人形を所有するということは大変名誉のあること。王族から勲章の代わりとして贈られることが非常に多く、所有者は
つまり、たかだか商人の娘が手に入れられるものではないということだ。
私はとてもがっかりした。
「お嬢さんは人形が好きなの?」
コンラートさんがくすくすと笑いながら言う。「残念だけど、滅多なことがなければ手に入れることは難しいんじゃないかな」
「モネです。コンラートさん」
私は言った。「つまり、この生涯で人形と関わる暮らしをしたければ、儀式の中で人形に関するものを呼び出せばいいってことね」
「まあ、そういうことになるね」
淡々とした口調でコンラートさんはうなずいた。「難しいと思うけど……」
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