第4話 魔法のこと
「そういう意味では、今私がコンラートさんに出会ったのはすごく稀なことなんですね」
私がそう言うと、コンラートさんは「そうだね」と同意する。
「俺も普段は滅多に外に出ないし――モネさんは運がよかったんだと思うよ」
確かに。私は思う。
ドールオーナー兼ドールカスタマーをしていると、よほどの用事がなければ外に出なくなる。特に私はヘッドメイクと洋服製作を中心に行うディーラーだったから、時間さえあれば製作に集中したいし、イベント前なんかはたいてい修羅場状態になっている。ようやく外に出たと思ったら撮影会だのなんだので、ドール活動略してドル活以外で私的な用事などあっただろうかと思うほどだ。
それとまったく同じだとは言わずとも、同じモノづくりの民としてコンラートさんに親近感を覚えたのは事実である。
「っと……モネさん、もしかして君のお宅はあちらかい?」
そうしていると、今さっき走り抜けてきた自宅が見えてきた。先ほどはとにかく走ろうと思って前ばかり向いていたから気が付かなかったけれど、自宅なんて気軽に呼んでいいのか分からないレベルの、ちょっとしたお屋敷だった。
そういえば乳母も抱えていることだし、もしかして……比較的裕福な生まれなのか? このモネという少女は。
あれが自分の家だとまったく自覚がないままに、私は苦笑しながら言った。
「ええ、まあ」
「ということはロンバルディのご令嬢だったのか。これは失礼しました」
コンラートは驚いた口調で続ける。「ロンバルディ商会とは取引があるから、いつか君に会うこともあるだろう」
「あら」
まるで家業を継ぐことが前提のような言い方だ。「私は継ぎませんよ」
だって私は
私はそれ以上なにも言わなかったが、表情から察したのだろう。
コンラートさんはくすくすと笑った。
「同業として会うことがあるかもしれないって? もしそうなったらいつでも相手になるよ」
「約束ですよ」
ふふんと私は鼻で笑い、胸を張って見せた。
***
屋敷に着いてからはリサさんのお説教が待ち受けていた。
泥で汚れた体を洗ってもらい、白い色のネグリジェに袖を通す。準備ができたところで、私は再び布団と友達になることになった。結構な無理をしたからか、体はずっしりと重い。しかし、先ほどとは異なり不安な気持ちがすっかり吹き飛んでいた。
この世界にも、ドールはある!
それに、まだギリギリ手にする機会もありそうだ。
一週間後の成人の儀、なんとしても
そういえば、と私は思う。
「コンラートさん、魔力がどうって言っていたような……?」
もしかして、この世界では魔法が普通に存在するのだろうか。それにしては文明レベルが低いように見えるのだが――なにせ、先ほどリサさんが手で洗濯をしていたのを目撃したからだ――。
はて? と考えていると、控えめなノックの音がしてリサさんが部屋に入ってきた。
「モネお嬢様。だめですよ、寝ていないと」
「あのね、リサさん」
リサと呼んでください、と彼女は穏やかな口調で言った。
「……ええと、リサ。リサは魔法が使えるの?」
その問いに、きょとんとしてリサが首を傾げた。
なにか変なことを聞いただろうか。そう考えていると、彼女は私が横たわるベッドの端に腰かけると、そっと頬を撫ぜてくれた。
「ええ、使えますよ。ご主人様も奥方様も、お嬢様も使えるはずですよ」
「私にも?」
ええ、とリサはうなずく。「普段あまり使わないからでしょう。よほどのことがないと使わないものなんですよ」
「見てみたいわ」
リサは困ったように肩をすくめたけれど、私がじっとその瞳を見つめていると、観念したようにうなずいてくれた。
彼女は右手の親指と人差し指をくっつけ、丸い形を作る。
そしてその円の中を通るように、ふうーっと息を吹きかけた。
するとどうだろう。何もない指の間から、大量のシャボン玉が湧いて出てきたではないか。あまりの美しさに、私は思わず歓声を上げてしまった。
「すごい、すごいわ! なんて素敵な魔法なの」
「これが私の職業を決めた魔法です。だから乳母になったのですよ」
そうか、と私は思った。
こうして職業が決まるのか! これはいいことを知った。
だとしたら、
手っ取り早く素体を出せればいいけれど、そうとも限らないだろう。ここまで来ると言いくるめの世界のような気がするが――
私はリサに礼を言うと、再び布団にくるまった。しかし、目は完全に冴えている。初めてドールを手にした時のドキドキとワクワクの気持ちにも似た興奮が頭を支配していた。
よし、作戦を立てよう!
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