第26話 エルフが集うとき

"心停止アレスト"


男が馬車からおりて、路地裏に入ってすぐ命を絶つ。


この男は大商会の会長だ。愛人宅に向かう途中でひとりになる隙を狙った。


すれ違いざまの刹那。


当人は何をされたかわからないまま息絶えただろう。


王弟殿下を間接的に支える者は多かった。そのほとんどに利権が絡んでおり、悪どい商売や領地運営をしている者ばかりだ。


俺は魔物を討伐するかたわらで、複数の情報屋からそいつらの悪行の証拠を集めてもらっていた。通常の手続きを踏んで証拠を提出したところでもみ消されることはわかっている。


少し荒っぽいが、北方都市に行く前に王都内だけでも掃除しておこうと思ったのだ。




街中を歩いているとつけて来る者がいた。


ひとりではなく、数人が同じテンポで歩いてきている。


尾行というよりも追いかけて来るかのような動きだ。路地裏へと行き、追いついて来るのを待った。


「アルフィリオン様。」


いつかのエルフだった。


地竜ドライアスを倒した後に俺の命を狙ってきた集団。エインセルが止めに入ったので見過ごしたのを覚えている。


主に仕える従者のようにひざまつかれてしまった。


おそらく俺のことを詳しく聞いてきたのだろう。


「大袈裟な真似はやめてくれないか。」


「しかし、貴方様はあのお方の···」


「そういうのは煩わしいからやめてくれと言っている。祖母が何者であれ俺には関係ない。」


「ですが、貴方様はエルフの国の救世主です。それを知らなかったとはいえ、我々は刃を向けてしまいました。」


エルフはプライドが高い人種だといわれている。


実際にその傾向が強いのだが、それは長命種だからこそだ。二十歳前後に見えるエルフでも、場合によっては百歳を超えていることがある。


人族でも歳を重ねた者は似たような傾向にあることは周知の事実だ。エルフは見た目が若いだけで、中身は何十年何百年と生きてきたことが多いのだから、年寄り臭いのはあたりまえといえるだろう。


「エインセルが止めた。だから、おまえたちは敵じゃないということだ。」


踵を返して去ろうとしたのだが、目の前に突然エインセルが現れた。


両手を広げている。


たぶん、通せんぼのつもりだろう。


こういったときのエインセルは頑固だ。それに顔を見れば、いたずらではないこともわかった。


「わかった。話を聞けばいいのだろう?ただ、謝罪の言葉はいらないからな。」


前半はエインセルに、後半はエルフたちに言う。


「ありがとうございます。」


「それにしても、エインセルが協力するとはな。エルフとは長年に渡って友好を築いていたのは知っているが、特別な事情がなければこのような振る舞いはしないはずだが。」


「まず名乗らせてください。私はテルプスクトーリのフィアと申します。」


エルフの姓は出身地の森の名を指す。


「テルプスクトーリといえば大きな集落だな。それにフィアというのは剣聖だったと記憶しているが?」


「はい。ご明察通りです。私は王国から、今代の剣聖を名乗る許可を頂いております。」


「それは国王からか?」


「ええ。しかし、実際にその栄誉を得たのは王弟殿下の口添えがあったからだそうです。」


「それで俺の命を狙ったと?」


「その通りです。しかし、まさかそれがアルフィリオン様だとは気づけず、愚かな行いをしてしまいました。」


「具体的な経緯を聞いてもいいか?」


フィアから詳しい話を聞くと、剣聖として王国の有事に助力することで、エルフの民の安全を保証すると言われたらしい。


和平条約を結んでいるとはいえ、水面下ではエルフに害をなす者もいる。とりわけ、地方の貴族などは攻撃的な者もおり、酷い場合は奴隷とするためにエルフの身をさらう蛮行も行われている。


あまりに酷いものは手の届く範疇で対処してきたが、それとて万全ではないのが実情だった。


「剣聖という称号を与えられたことにより、故郷を王弟殿下の人質に取られて上手い具合に使われているというのが実情です。意にそぐわないことに関しても、国家に仇なすつもりかと判断されれば、再び故郷は戦禍に巻き込まれる可能性も重々にしてあります。」


「国王に相談することはできなかったのか?」


「何度かそのような動きに出たことはあります。しかし、入城することは許されず、面会の機会も与えられませんでした。」


王弟にそのような動きをさとられれば、何をされるかはわからない。そのために表立っての行動も難しかったのだろう。


さらに、俺との接点は皆無に等しい。エルフを束ねる長たちは、レヴェナントが俺であることを知っていてもそれを明言しなかったようだ。


おそらく、こちらの立場を留意して遠慮していたのだろう。下手をすると、俺が王弟殿下に反逆者の烙印を押されて王国中に手配される恐れを考慮したのだと思える。


「そういうことか。」


「長に連絡を取り、あなたの今の状況を伝えたところ、我々のことは気にせずアルフィリオン様に報いるようにと言われました。」




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