第24話 国王陛下の容態を診る

王妃殿下の出身は隣国のティルテア皇国である。


随分と前になるが、そこで出現した名付き魔物ネームドの討伐を俺が行ったのだ。


ティルテア皇国は皇王が治める神聖国家である。


神聖国家とは、太古から伝わる聖典により成り立った国で、建国王が光神ティルテアから聖典を授かったときより存在する歴史の長い国だ。


故に光神ティルテアを崇拝するティルテア教会との結びつきが強く、大陸で最も信仰者の多い国としても知られている。


他国のように外敵を退けるための軍は持っておらず、聖属性魔法を行使する聖騎士団が治安を守っていることでも有名だ。


ネームドが出現した当時、聖騎士団は全勢力を注ぎ込んで討伐にあたったが、多くの死傷者を出す結果に終わった。


当時、王国王太子と婚約を結んでいた皇女が、王国に救援を依頼すべく皇国議会に進言した。しかし、聖典の「如何なる時も他勢力の軍を介入させることなかれ」という教えに背くことは、皇国の威信を揺るがす行為であるとして多くの者から反意を述べられてしまう。


そこで一計を投じたのが、皇女の叔父たるティルテア教会の枢機卿である。


彼は協力関係にあった討伐者の俺に指名依頼を出してネームドの討伐にあたらせた。


もちろん、俺が王太子と血縁関係を有することを知った上でのことである。


聖典の教えに背くわけにはいかないが、一介の討伐者は軍と見なされない。さらに皇女の婚約者である王太子や王国からの助力の申し出を無下にするわけにはいかない政治的配慮を、王太子と同じ王国直系の俺に介入させることによって穏便に済ませたのである。


普通に考えれば、公爵家を廃嫡された俺がその役割に適任かどうかの疑問符がつくわけだが、あくまで内々で解せば波紋が広がることなく済む話なわけだ。


力技とも思えるが、俺と王太子の間柄が悪いわけでもなく、むしろ王太子は戴冠後に廃嫡された俺を要職に引き立てたいと皇女に漏らしていたことも影響したのである。


かくして、ティルテア皇国を混乱に陥れたネームドは討伐され、平穏を取り戻したのだった。


「そうなのですか?」


怖々と俺を見ながらそうつぶやく王女を見て、少しほのぼのとしてしまった。


俺もこんな子供を持つ日が来るのだろうか。


「ええ、彼なら陛下をまた元気にしてくれるかもしれません。」


そう言って微笑む王妃の目もとは心労を隠せていない。


「話は後で。まずは陛下の容態を見させてもらいます。エイル、しばらくは誰も立ち入らせないでくれ。」


「ええ、わかったわ。」


エイルはそう言って、扉の前に立った。


じっとこちらを見てくる王女殿下に微笑み返す。


ティルテア皇国のネームドを討伐したのは今から八年ほど前だ。


あの翌年にふたりは結婚し、さらにその翌年に王女は生まれた。王女とはいえ、まだ七歳の少女である。横たわる国王陛下の顔色を見て心配が尽きないのだろう。


しかしその様子に、良き父なのだろうなと思ってしまった。


国王や廃嫡した元貴族という立場は別にして、片や二児の父でこちらはまだ独身なのだ。


男として負けているなと余計な考えが頭に浮かぶ。


とりあえず、この件を終息させて本気で将来を見据えてみようと思った。


"診察コンサルテイション"


国王の体に向けて両手をかざし、全身を調べあげた。


診察コンサルテイションは精霊の力を借りて聖霊眼の力を増幅させ、物質の状態を分析する魔法だ。診察というより、実は生物以外も対象にする。


普段はあまり使うケースはないが、ネームドの弱点を掴むことにも利用できる。ただし、至近距離での施術が必要なため、実際には悠長に使っている間に攻撃を受けることになるだろう。


すぐに結果がわかった。


異常があるのはやはり心臓付近である。


毒の類ではない。


血流を阻害する何かがある。


"開扉アンギオ"


気になる部分をさらに解析する。


「···やはり呪いだな。」


心臓に連なる血管の一部が圧迫されていた。


徐々に効果を発揮するように仕向けたものだ。


「呪い···」


王妃が悲痛なつぶやきを吐いた。


これは巧妙な呪いといえるだらう。


微量の魔力でかけられているため、腕の立つ魔法士でも見抜くことは難しいはずだ。


そして、このような魔法を扱える者は人間にはいない。


おそらく魔族が関わっている。


「···助かる?」


王女が涙目で聞いてきた。


「大丈夫だ。」


俺は安心させるように笑顔を見せた。


ただ、解呪にはかなりの集中がいる。


もしかすると地竜ドライアスを討伐するよりも厄介かもしれなかった。



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