第22話 国王の病状

姿を隠し、城内の奥へと入っていく。


王族が居住する宮廷内にたどり着き、そのまま警護の間を通過した。


これほどたやすく侵入できていいものかと思ってしまう。


俺だけでなく、魔族やエルフの中には似たようなことをできる奴らがいる。


つまり、王族を襲撃するなら堂々と忍び込めるということだ。


まあ、俺には関係のないことである。


ただ、今の国王は王弟とは違い賢王との呼び名が高い。


天災時の対応も早く、他国からの侵略に関しても未然に防ぐなど、即位してから10年に満たないとは思えないほどの功績があった。


インペリアル・ロイヤルガードに関しては腕の立つ者を揃えている。しかし、呪いや毒を用いた搦手でこられた場合の対処は、彼らに限らず後手に回ってしまうものだ。


騎士出身の者にそれらの知見は薄い。


教会の大司教クラス以上なら、もしかすると国王の容態に異常があることを見抜いたかもしれない。


さらに、宮廷魔法士に聖属性魔法に詳しい者がいれば或いはといったところか。


そう、国王は呪いによって床に伏せている可能性が高いのだ。


エドワードから聞き出した病状は俺の知っているものに似ていた。


時折胸が締めつけられるような激痛が数分程度起こり、さらにみぞおちや肩、背中や奥歯にも痛みがあるという。


一般的な考えでは心臓の病だろう。激務による精神的な負担が影響しているのではないかと宮廷医師は言っているらしい。


確かにその可能性も否めない。しかし、国王は俺とそれほど変わらない年齢で、かつ頑健な体をしていた。酒もあまり飲まず、宮廷が抱える食医が食生活をサポートしているとも聞いている。


心臓に病を抱えるには少し早過ぎる気がした。


漠然とした考えで確証は何もない。しかし、実際にこの目で見ることで、本当に病気なのかどうかを見抜けるかもしれないのだ。


精霊眼は世の理におけるイレギュラーを見抜く特性を持っている。


ティックが勇者の器だというのも人間の普遍性からすれば変則的なことなのだ。邪神という存在を特異点として対になるのが勇者だと考えると、本来は世の理に必要とされていないものということである。


呪いも同じだ。


本来は存在することのないものの力を借りて行う邪法である。


毒に関しては自然に存在するものであるため精霊眼には映らないだろう。しかし、宮廷医師が国王を亡き者にしようとする勢力でなければある程度は見抜けたはずだ。


もし呪いではなく毒による症状の場合、宮廷医師でも見抜けない類のものかもしれない。その場合はエルフの妙薬を試すこともできる。俺には薬師としての才はないが、妙薬はストックしていた。


どちらにせよ、俺が国王の前に立てば可能性を探れるのである。


通路を巡回するロイヤルガードに気づかれず素通りした。


国王の居室は宮廷の最奥にあるはずだ。


そこを訪れたのは随分と前のことになるが、警備のことを考えると場所を変えてはいないだろう。


迷うことなく通路を突き進み、やがて国王の居室の前へとたどり着いた。




「お父様···」


血の気のない顔で荒い息つぎをする国王の前で、まだ十代前半の少女が泣きそうな表情をしていた。


王女のビクトリアである。


「殿下、今日はもう遅うございます。お休みになられてはいかがでしょうか。」


傍らに立ち、ビクトリアを気づかうのは凛とした女性騎士である。


「そうよ、ビクトリア。そんな顔をしていては陛下もご心配されますよ。」


「お母様···」


国王には側室はいなかった。


国王派の貴族からは、世継ぎの件もあり側室を娶るよう要望されていたのだが、政務で多忙を極めていたことを理由に今に至る。


幸い、5年前に王子が生まれたことにより、以前ほどはうるさく言われなくなっていた。しかし、この件に関しても、王弟が影でそういった意見を押さえ込んでいたことはあまり知られていない。


側室の件はともかく、国王自身は弟の愚行を逐一見張るよう側近に指示を出し、裏でいろいろと画策しているであろうことには気づいていた。


だが、王弟として一定の勢力を貴族内に持つこともあり、表立って動きを牽制することは難しいというのが実情なのである。


下手に王弟の動きを抑え込もうとすると、各省の重要な役職にいる王弟派の貴族たちが揚げ足をとる。あからさまでないにしても、政務の妨害や国王派の貴族の罷免を企てることもあるため対処しにくかった。


そして一年ほど前から、国王の警備を担うインペリアル・ロイヤルガードもふたつに分裂していたのである。


国王派と王弟派に別れ、表面上は何もないような体裁を保っているものの不穏な空気が続いていた。


「ハワード卿、彼には連絡がついたのかしら?」


「いえ。ですが、グライケル卿に封書を預けてあります。必ず彼を探し出してそれを手渡すでしょう。ご心労が尽きないでしょうが、もうしばらくご辛抱ください。」


インペリアル・ロイヤルガードの首席であるエイル・ハワードは、まっすぐに王妃を見つめてそう言ったのである。




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