第21話 侵入

実家を出てかなりの年月が過ぎた。


家の格式やら何だとうるさく言われ、俺は冷遇されてきたといってもいい。


その根本には、ワンサードであるというのがあった。


この国はもともとが人族至上主義なのだ。


エルフの国と和平条約を結んだことを機に、表面上は交流が盛んになった。その当時、外遊でエルフ国に出向いた父親が母を見初めて結婚を申しこんだのである。


両国を取り巻く状況を考えれば、ふたりの婚姻は歓迎すべきことだったのかもしれない。


しかし、この国に来てからの母は生活や食習慣の違い、そして思想の異なる環境に身を置くことで、心労がつのって床に伏せるようになった。


彼女が他界したのは俺が6歳の時である。


その頃にはやはり両国で様々な摩擦が生じており、和平条約は有効であるものの互いに干渉しないということが公然の事実と化していた。


そもそも、人族とエルフでは寿命も違えば、考え方も雲泥の差があったのだ。


やがて父は自国の貴族令嬢と再婚し、しばらくして弟が生まれた。当然のごとく継母は自らの子を跡取りへと推し、俺はしだいに家族や家に仕える者と距離を置くようになったのである。


家を出たのは10歳の頃だっただろうか。


貴族たちが通う学舎へと進み、そこで様々な阻害を受けるようになった。その相手グループの中心にいたのが今の王弟殿下である。


最初は無視し続けていたのだが、あることがきっかけで俺は王弟を殴り倒した。


そのときの周囲の反応を見て、俺は国を出ることを決意したのだ。


因みに、その学舎にはインペリアル・ロイヤルガードのエドワードや現首席も在籍しており、どちらかといえば俺の肩を持とうとしてくれていた。


しかし、相手は王弟殿下である。


あの場で反目していれば、彼らにも何らかのお咎めがあったに違いない。


父親に事情を告げ、廃嫡を申し出た。


それですべてが丸く納まったのだ。


ただひとりを除いて。




王都に到着し、夜を待ってから王城に忍び込んだ。


今の俺には城内に立ち入る権限はない。


アダマンタスの特権は、あくまで冒険者活動の妨げとなったときに治外法権が発動するだけである。それもすでにどうなっているかはわからない。


インペリアル・ロイヤルガードの首席が召喚したとしても、特例などは許されないだろう。


魔力を読むことで衛兵たちの配置は手に取るようにわかる。宮廷魔法士が城内の気配や魔力を外部から読めないよう結界を張っているようだが、稚拙な術式だった。


実は結界には欠点がある。物理だろうと魔法だろうとおかまいなしに弾くものもあるが、そのすべてが相手の魔力に反応するという点で共通しているのだ。


この世界の生命体は個体ごとに強弱はあれど、そのすべてが魔力を保有している。体を動かすだけで微弱な魔力を放出し、物理による攻防や魔法の発動時には急進的にそれが甚大化するというのが一般的だ。


結界はその魔力に対して反応し、適切な防御や迎撃を行う定例化された術式なのである。


それを逆手にとれば、自らの魔力を外部に漏らさないようにするだけで結界を素通りすることも可能だ。


ただ、この加減が難しいため、実行できる者が極端に少ない。


こういった背景により、結界はなかなか改良されることがないのである。


俺は外部に漏れる魔力を別のものに置き換える換装レトロフィットという古代魔法を使うことができるため、結界は魔力を感知できず機能することはなかった。


原初魔法とも呼ばれる古代魔法は、現代魔法の基となったものである。


当然のことだが、こういった結界を無力化する手法ははるか昔に開発されていた。現代魔法が古代魔法の劣化版と呼ばれる所以はこういった所にもある。


しかし、換装レトロフィットにも欠点があった。


魔力を誤魔化している間は別の魔法が使えないのである。ただ、結界はあくまで外部からの侵入や攻撃を防ぐ意味合いが強いため、城内に入ってしまえば換装レトロフィットを解除しても問題はない。


外部から衛兵の魔力や気配を読み取ることに自らの魔力を使う必要はなかった。内部に入ってしまえば高火力の魔法を使わなければ侵入者と知覚されることはないのである。


因みに、魔力を読み取るには体内にある擬似魔法器官を使えば気配と同じように読み取ることが可能だ。これに関しては日常生活で使う以上の魔力は使わないため、不審者とは判断されにくい。


城内に侵入し、幻術イリュージョンで光学迷彩を施した。光学迷彩は光を曲げるレンズの様なものを幻術で生み出すことで可能となる。これは一定の範囲内にいる人間の視覚···厳密にいえば、視神経につながる脳に干渉することで実現するものだ。


仕組みを知っていればそれほど難しい魔法ではないが、術式が一般的に公開されていないため使える者は世界的にもわずかしかいない。


もとは妖精たちが外敵から姿を隠すために開発された魔法であり、俺はエインセルから共有してもらったのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る